第26話 久しぶり





  月曜日がやってきた。



「・・・ちゃんとできたのが2回」


 1つはもちろんこうたくんにあげる。

 もう1つはお父さんにあげた。


 もちろん失敗したのはお母さんに。


 失敗したといっても味がおかしいとかそういうものではない。ただ僕がなんとなく納得いかなかっただけだ。


 お父さんに言われたのが悲しかったのか、お母さんは僕が作ったブラウニーを「美味しい」と言って食べてくれたけど、もしお父さんが居なかったら絶対横からうるさくちょっかいかけてきそう。



「忘れ物はなし・・・で、」


 ちゃんと包装はしておいた。流石に可愛らしいものだと引かれそうだったから無難に友達に送る用だ。



  (緊張する・・・)



 そして荷物を全部持ってまたお母さんに何か言われる前に、ドキドキする心臓をおさえながら早々に僕は家を出た。


「行ってきまーす」


 

 返事なんか聞かず、靴も中途半端にかかとをつぶしたまま外に出て、背中越しにゆっくり閉まるドアを待ちながら朝の寒い澄んた空気を少し吸ってから振り返ってかけたのは家の鍵。




  「・・・・さむっ」


 その後少ししゃがんだ僕は指を靴とかかとの隙間に入れ込んでちゃんと履き直してから足を踏み出した。



 冷たく吹いている風はそのままだけど、少し時間が経てば陽に照らされたコンクリートからの照り返しで気温は上がるから寒いのは朝と夜だけだ。


 (もうこのまま冬に突入しそう)



 学校が近づくにつれて落ち着きがなくなってきた僕は、頭の中でシミュレーションを繰り返していた。


 いつ渡すかは決まっているけど問題はそれが無難に成功するかどうか。朝の他の生徒が来てない時間帯にこうたくんも来ることが多いからその時に渡したい。


(・・・・あぁ~、ドキドキする。お腹痛くなりそう)






 ◇◇◇





 校内に入って階段を上り自分の教室を目指していると、生徒がちらほら登校してくる様子が廊下の窓からうかがえる。


「ふぅ~・・・・」


 多分僕が一番とは思いながらも、先に誰かいたら嫌だなと自分の教室についてドアを開けるその瞬間まで微妙に緊張していた。


 金曜日に来てれば週明けの月曜日にこんなに緊張なんてしない。でも金曜日に休まなければこうたくんが家に来ることもなかった。



 ガラガラッと音を立ててゆっくりドアを開けた。


 「・・・」


(一番だ・・良かった)



 まだ誰も来ていない。

 金曜日休んだだけなのに異様に懐かしく感じる。土日を挟んでるからだろうか、自分の席に着いてカバンを机に置いた。



「ええっと、こうたくんのノートに・・・あとは」


 別の袋に入れて渡そうかと思ったけど、包装したブラウニーとノートを少し大きめの袋に入れて持ってきた。ちゃんと入ってるか中を確認して椅子に座るとまた頭の中でシミュレーション。


(いつ来るんだろ・・・・)


 静まり返った教室に1人でいると音が気になる。ドアを見つめながら落ち着かなくて立ち上がろうとしたその時スマホがなった。


 ~♪~ 


「あっ、ヤバ」


 

 スマホの音を消し忘れていた。慌ててカバンから取り出し画面を確認すると差出人はお母さんから。


(・・・・なに?忘れ物とかしたかな)



【昨日ごめんね】



「・・・・・は?」


そこに書かれていたのはなぜか謝罪のメッセージ。


(朝言うだけ言ってそのまま家出たからかな・・・)


 お母さんのことだからもう何にも考えてないと思っていた。何に対するごめんなのか具体的に良くわからないけど、すぐに返信できるほど僕は人間ができてない。


「・・・・マナーモードにしよ」



 こうたくんはまだ来ない。

 お母さんのメッセージに気を取られて少しばかり僕は緊張感がゆるいだらしく、ドアが開く音には反応しなくて、そのかわりに入ってくる生徒の話し声に顔をあげた。



(・・・・こうたくんじゃない)


 そんなに上手く計画どおりになってくれるわけじゃないとため息を心の中でついた僕は持っていたスマホをポケットにしまい込んだ。


 時間が過ぎてぞくぞくと生徒が入ってきている。さっきスマホを確認した時もこうたくんからの連絡は特に入っていなかったから、休むわけではなさそうだけど何かあったのだろうか。




(・・・遅いな)


 我慢できなくなった僕は思わずノートと作ったブラウニーが入った袋を端に寄せて、そのまま机に伏せてしまった。




「あれ?こうた髪切ったの?」

「う~ん、冬になるし」

「なんだそれ、普通逆じゃね?」


 多分伏せてから数秒ぐらいしか経ってないと思う。



「いや~、タイミングがね」

「タイミング?誰かに告白でもすんの?」

「うるせえ」

「・・・え、なに?まじで?」


 

 近くから冗談まじりの会話に笑い声が聞こえてくる。

 僕のすぐ後ろで聞こえてくるその会話は月曜日の朝だとは思えないほど元気な声だ。


 (・・・・)



「にしてもかっこいいね~、昔に戻った感じだな」

「あぁ~、まあね。っていうか早く席に戻れよ、俺等時間ギリギリ」

「はいはい、そうだった。あ~、それとさ今日の昼奢ってやるよ、特別な日だからな」

「まじ?じゃあ遠慮なく頼むわ」

「任せとけ」



 短いけど、会話に出てきた名前と声でこうたくんが来たんだと認識する。



(・・・・起きるタイミング・・・見失った)


 

 伏せずにスマホを見とけば良かったと思っても時既に遅し。寝てないし起きてるから意識しなくても聞き耳が立つ。


 そういえば美容院に行くって言ってたっけなんてことは思い浮かばなくて、心臓がドキドキして緊張感が最高潮に達して手に汗をかいてしまった。


(どうしよう・・・)


 

 隣の席に着いたこうたくんが椅子をひいて座った音が聞こえた。いつ起きればいいのか分からず、チャイムが鳴ったらその音で上体を起こそうか迷っていた僕は、こうたくんが貸してくれたノートの科目が1限目の授業にぶち当たっていたことをすっかり忘れていた。




(えっ・・・)


「かずき、大丈夫?先生もうちょっとしたら来るぞ」

「・・・・・」



 そんなことを考えて一人で焦っていると、僕だけに聞こえる声で話しかけてくる人が居た。

 ポンポンと軽く撫でるようにして頭に触れた手の主はもちろんこうたくんで、僕は更に起き上がるタイミングを失った。


 「かずき?」


 

 でも、聞こえてくる声を無視できるほどそんなに忍耐があるわけじゃない。起き上がり方にこんなに悩むとは思わなかった僕は、頭を先に上げてそれからゆっくり体を起こした。


 こうたくんの声がまた聞こえて、少し左を向くと彼の姿が視界の端に微妙に見える。



「まだ体調良くない?」

「・・・・大丈夫・・・です。ちょっとだけ眠くて」

「そっか」


 視線をどこに向ければいいのか分からない。戸惑う僕の耳に次に聞こえてきたのは、教室のドアが開いて先生が大きな声を出して入ってきた音だった。



「おーい、お前ら席につけ~」


(・・・・あ)


 

 そこで、はッとしてノートを返さなきゃいけないことを思い出す。袋には一緒にお菓子も入ってるから何も言わずにそのままお礼を言って渡せば他の誰にも気付かれない。


「お、おはようございます」

「おはよう」

「金曜日はありが・・・・」

 


 いつまでも床を見て話しているのは失礼だ。お礼を言おうとしているのなら尚更そうなる。僕はゆっくりこうたくんの方に視線を向けた。


「・・・・・」


 

 こうたくんはさっき友達と話していた時とは違う柔らかい優しい声色で僕に笑いかけてくる。



「久しぶり」 

「・・・・・」


(・・・・え)


「ひさ・・・え、えっ」

「でもないか。金曜日にかずきの家で会ったもんな」

「・・・あ、は、はい」


(なんで・・・)


「・・・?」

「・・・・えっ・・と」

「なに?」

「の、ノート・・・を・・返却します」

「あぁ~、そうだった。忘れるとこだったわ」



(・・・・どうして)


 

 奇抜で特徴的な髪型というわけでもない。それでも中学生の時に道端で出会った時と同じ髪型だとすぐに気が付いた。こうたくんに似合ってる髪型とでもいうのか、一番かっこよく見える髪型かもしれない。


(昔会ったの思い出したのかと思った・・・焦った・・・・こうたくんの友達が昔に戻った感じって言ってたのそういうこと・・・)


「このまま授業始めるから準備しろ~」


 先生の声がして、慌ててこうたくんに机の上の袋を手渡した。大事なノートが入ってる。お菓子は家に帰ってから開けてくれればいいやと気の利かない言葉を発しながら腕を伸ばした。


「こうたくん・・・ノート・・」

「おう」


 こうたくんが受け取る時に微かにお互いの指先が触れてしまった。一瞬で体が熱くなってすぐに袋から手を離した僕は、下を向いて収集がつきそうにない心を冷やすため机の中に手を突っ込んで教科書を掴んだ。


(・・・・ヤバい)


 適当に机に出した教科書はちゃっかし1限目の科目。

 ノートも出して筆箱を手探りで探しているとポケットに入れたスマホが震える。


 (・・・・ん?)


 

 机の下で画面をタップするとそれはこうたくんからのメッセージだった。隣にいるけど授業が始まったから会話できない。



 【中身なに?】



(・・・・え、・・・いま・・・?)


 

 どうやらノートとは別に包装を見つけてしまったらしい。それはいいんだけど帰ってから中身を確認してほしかった。震えそうな手で間違えないように画面に触れて返信する。



 

【ブラウニーです・・・甘すぎたらすいません】


 

 メッセージの画面を開いたままにしているからこうたくんからのメッセージが来ても通知はこない。



 【まじか】


(・・・・・もしかして、苦手だった?)



 

 なんて返そうか戸惑って前を向いて黒板を見てしまった。答えなんてそこに書かれてるわけでもないのに。



 一瞬視界の左に入ったこうたくんはスマホをもうポケットにしまってシャープペンに持ちかえている。


 

(どっちの意味・・・)


 メッセージだから目からの情報で頭に残る。ただ音がないからどんな意味合いなのか分かりにくい。


 こういう時、隣なのは拷問かもしれない。


 そんなことを思いながらまた下を向いて画面に目をやってしまった僕は、朝からずっと落ち着かない気持ちが、こうたくんからの返事を見ていろんな意味で余計に止まりそうになかった。




 【チョコレートめっちゃ好きだわ】


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