第23話 甘い香り 2
「お母さん、お父さんってどこ行ったの?」
「ん~?ちょっと用事」
「用事?」
(なんだそれ・・・休みに用事?)
リビングに入るとお母さんが鼻唄を歌いながら機嫌が良さそうにお菓子を食べているのが目に入った。いつもならこの時間帯はお父さんも家に居ると思っていたけど僕の勘違いだろうか。
「そうそう」
「・・・そっか」
「どうかした?」
「いや、ちょっと気になって」
普段は全く気にならなかったけど、この前話しかけられていつもより長めの会話をしたからなんだかお父さんのことが気になる。
多分、こうたくんの存在が直接お父さんの目に触れたからなのもある。
(あそこで出くわすとは思わなかったな・・・)
「あんたが気にするとか変ね」
「う~ん」
(・・・僕もそう思う)
そうは言っても、お父さんはそこまで勘が鋭いとは思えない。この不安感はなんだろう。
「ご飯何かある?」
「ご飯?え、なに、もう夜ご飯食べる?」
「うん。お腹すいたから・・・とあと、勉強するから早く食べて部屋にこもるよ」
「あら、そう?じゃあ作るから待ってて」
「うん」
「あ、ごめん、やっぱり手伝って」
「・・・・・・はい」
そう言われて、渋々手伝おうとして冷蔵庫を開けるとその中になぜかチョコレートがあることに気付いた。かなり大量のチョコレートだ。
「・・・・お母さん、何このチョコレート・・・量多くない?」
「ん~?なに?どれ?」
横から乗り込んでくるように僕の身体を押してきたお母さんは両手が濡れている。
(拭けよ・・・っていうか押すなよ)
「あ~、これね。ちょっとブラウニー作ろうかと思って」
「は?ブラウニー?なんで?」
「食べたいから」
「・・・お母さんが?」
「そうよ。この前テレビ見てたら美味しそうで、我慢できなくて。でも買うってなると買ったその日に食べなきゃいけないから、材料だけ買っとこうと思ってね~あんたも食べる?」
「・・・・・・」
「いらない?あんた甘いの食べないもんね」
「・・・・・」
「ちょっと、無視しないでなんか答えたら」
(ブラウニー・・・・)
「・・・食べるっていうか、僕も一緒に作っていい?」
「・・・・は?あんたが?なんで?」
「・・・いや・・・なんとなく」
「え、なに?もしかして彼女できたの?それとも好きな子にあげるとか?」
「・・・・・いや、違うけど」
お母さんは、僕が通ってるのが男子校で女子との接点は皆無なのを知っているはずだ。調子にのって会話に乗ると最後はやっぱりこんなめんどくさいやり取りで終わる。
本当に勘弁して欲しい。楽しそうな声の裏側でからかうように笑いを混ぜてくるからなおさら嫌になる。
「なによ~教えてくれたっていいじゃない、ほんとケチなんだから」
「・・・ただのお礼だよ」
「お礼?」
「うん・・・助けてくれた友達に・・甘いもの好きだって言ってたから」
「ふ~ん。まぁ別にいいけど。いつあげるの?」
「・・・・・月曜日」
「じゃあ明日作る?もう全部揃ってるからいつでも作れるわよ。っていうか私の分も作っといてよ。作り方分かる?」
「・・・・・・はいはいはい」
矢継ぎ早に言われると何に対しての「はい」なのか分からなくなるけど、とりあえず作ることは決定したから何も考えないようにした。
「あんたお皿出しといて」
「はい」
ちゃっちゃっと慣れた手付きで簡単そうに作っていくお母さんは調味料なんて計ってない。全部目分量。
「・・・・ねえ、」
「ん?」
「お弁当作るのって大変?」
「なによいきなり」
「え?・・・・いや、ちょっと気になって」
お弁当も自分で作れるようになれば、もしかしたらこうたくんにお昼ご飯を誘われた時にお弁当を分けてあげることができるかもしれない。
僕はものすごいあり得ない妄想をブラウニー製造計画の過程で膨らませてしまった。
(・・・・こうたくん、お昼どこで食べてるんだろ)
「大変よ~・・・まあでも慣れればたいしたことないかしらね。1人分だし、冷凍食品も使ってるから」
「・・・そっか」
「なに?あんた作ってくれるの?」
「・・・・き、気分が乗れば・・」
「なによそれ」
ブツブツ言い合いながら隣で手伝って、少ししたら夜ご飯が完成したので1人で先に食べた。
「ごめんよ、ありがとう。ごちそうさま」
「はいよ~。お皿お水につけといてね」
「うん」
そして言われたとおりに流しに持っていき水に浸す。
お母さんはソファに座ってテレビを見ていて、僕の耳には水の流れる音と、テレビで誰かが話してる声が混ざって聞こえていた。
(・・・・・)
何気なく、何も考えずに流れる水をボーッと見ているとそんな混ざった2つの音が遠くの方でしているような感覚がして、突然勝手に口が動いた。
「・・・・あのさ、」
「ん~?」
本当に何か考えていたわけじゃない。
「・・・・・お父さんの書斎にある写真の人って・・・誰か知ってる?」
「・・・・え?」
本当に何も考えてなくて、ただ口から出てきてしまった。
「・・・・あ、ごめん。なんでもない」
やばいと感じてすぐに平然を装って謝ったのは、言ったあとに視線をお母さんに向けると、僕の質問で振り返った彼女の顔が少し固くなっていたからだ。
「今から勉強するから部屋に戻るよ。ごめん、テレビの邪魔して。気にしないで」
「・・・・・」
「ごめんよ。特に意味はないから、そんな怖い顔しないで」
「・・・見たことあるの?」
「え?・・あ、う、うん」
「・・・・そう」
(なんで?もしかして聞いちゃダメなやつだった?)
「・・・・知ってるけど私からは言えないわ」
「えっ・・・お母さん知ってるの?」
「うん。まぁ・・・言えないというか、全部知ってるわけじゃないから、下手にペラペラ喋れないわね。それに私のことじゃないから。お父さんから話すタイミングがあれば教えてくれるんじゃないかしら」
「・・・・・」
お母さんは僕にそう告げると、少しだけ寂しそうな表情をして僕に背を向けた。
(タイミングって・・・・)
「・・・そっか」
何にも言わずにそのままリビングを出るのは気が引けて、だけどまた話しかけるのはちょっと違う気がしたから、テレビの音にかけ消されるくらいのボリュームで声を発してしまった。
ドアを静かにあけてリビングを出ると廊下が少し寒いから、また鳥肌が立つ。
(・・・・なんか危うかったな、でも本当に誰なんだろ)
頭にハテナを浮かべながら部屋に戻ったけど、伏せて置いておいたスマホが視界に入った途端に、気持ちがすぐにこうたくんの方に向かった。
「そういえば返事・・・・返って」
タップして画面をみると通知が1件。
「・・・・きてる」
【甘いもんは好きだけど甘党ってわけじゃない】
(・・・・)
普段は食べないと言っていたにも関わらず、なぜかブラウニーを作って月曜日にノートと一緒に渡そうと考えてしまっている。
(クッキーだとなんか、普段用な気がするけどブラウニーだと特別な感じが・・・・)
【そうなんですね。それじゃあ誰かから急に甘いもの貰ったら困りますか】
送ったあとに読み返すと違和感があるけど、言えない気持ちを別の方法で表そうとすることはギリギリセーフだと思いたい。
「月曜日どうしよ、ノートと一緒に袋に入れて渡したら変に思われるかな・・・・あっ返事」
【人によるけど。なんでそんなこと聞いてくんの?】
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