レベルアップ

ダンジョンから出てきた燐は、『特区第一ダンジョン』近くにある大型ショッピングセンターに来ていた。

繁華街の中心であり、時刻も夕方ごろということもあり、とても混雑していた。

燐は店内案内のマップを見て、4階へと逃げる。

ダンジョン近くということもあり、ワンフロア全て冒険者向けの店舗が入っている。


中には、完全オーダーメイドで武具を作る高級店なども存在するが、燐には到底手が届かない。

燐が向かったのは、『ASAMIYA』と呼ばれる冒険者向けの武具や雑貨を取り扱う店だ。

上はオーダーメイドの高級品から下は駆け出し向けの装備まで。

幅広い品ぞろえと確かな品質で、冒険者からの支持が厚いメーカーだった。


『創業者が元冒険者らしいぞ』

『へー』


燐がうんちくを披露すると、アリスは興味の欠片も無い返事を返した。


燐は店内に入り、ナイフのショーケースを見る。


『高いわね!』


燐の視界を通してショーケースを見たアリスが驚愕する。

彼女の意識の先には、値札に0が多く並ぶナイフがあった。


『下層の鉱石素材を使って精錬されたナイフらしいな。竜に踏まれても折れないらしいぞ』


生憎燐にはこのような高級品を買う予定はしばらくない。

燐は視線をそらして、安いナイフを見る。


(一番安いのは数万ほどで買えるけど……)


燐の感覚からすれば数万のナイフでも高級品だ。

だが安すぎればすぐに壊れるのではないかという懸念が、それを選ぶことを躊躇わせていた。


『オーダーメイドとかは作らないの?』

『………今はそこまでの品はいらないかな。もしいい素材が出れば、頼むかもしれないが』


「うーん、どうしようか」

「ナイフをお探しですか?」


思い悩む燐に、店員が声を掛ける。

集中していて気付かなかった燐は少し驚き、素直にそうです、と答えた。


「サブウェポンとして一本持とうと思ってるんですけど」


そう言われた店員は燐の服装を見る。

初心者向けの防具に、長物を納めたケース。


(低層で手数に困った、という感じでしょうか)


店員は、燐がどうしてナイフを求めるかまで、推測した。

彼は長年様々な冒険者を見てきたため、冒険者の需要が分かる。


「でしたら、こちらのナイフがおすすめです」


店員の男は、比較的安価なナイフを数本指さした。


「結構華奢な感じのがいいんですか?」


店員が指さしたナイフは、どれも薄い刃で刃渡りも比較的短いものだった。

燐の持っている解体用のナイフと比べれば、すぐに折れそうで心もとなく見える。


「長物をお使いなら、懐に入られた時の取り回しの良さを重視しました。スキルや魔法が付与されている品ではございませんが、ダンジョン産の鉱石素材で作られていますので、頑丈さも十分です」


燐の懸念を察した店員が、武器の性能を説明する。


燐は悩んだ末、一つのナイフを指さした。


「これにします」

「ありがとうございます。準備しますので、少々お待ちください」


店員は、ケースの中から一つのナイフを取り出す。

革の柄に、灰色がかった刀身を持つ短めの片刃のナイフだ。

タグには、『石蜻蛉』と書かれている。

石のように固く、蜻蛉のように早い、という意味だ。

安直だが武器の性能をよく表しているな、と燐は感心した。


そして10万を超える金額に顔を引き攣らせた。


『買えるの?』


アリスが心配そうにする。燐の冒険者としての稼ぎは、ゴミだ。こんなナイフを変えるような収入は無い。

だが燐には貯金があった。


『両親の保険金とか相続財産があるから、金は結構ある』


冒険者としてダンジョンに潜り、そして子供もいた彼方と凛音は、高い保険料を支払い、生命保険に加入していた。

それに加え、2人が稼いだ金がある。


『成人するまでは暮らせるぐらいはあるんだよ』


だが冒険者として暮らす分には十分とは言えない額だ。

冒険者は金がかかる。ダンジョン探索は怪我が付き物なため、治療費や回復薬代は必要になる。それに加えて装備のメンテナンスや新調にも、下手な車を買うよりも金がかかって来るだろう。


特にソロで無所属の燐には、それらの費用を肩代わりしてくれる者はいない。より慎重に資金の使い道を決める必要がある。

無駄な装備やアイテムに使う金はない。

だがナイフは役立つものだと自分に言い聞かせることで、ナイフの購入を決めたのだ。


燐はナイフを受け取り、店を後にした。

今日の予定は終わりだと意識した途端、どっと疲れが出てきた。

過去最多のモンスターと戦い、歩き回り、初めて重傷を負った。

あと、変わった少女と出会った。


14歳の身体に酷なほど負担がかかっていたことに、燐は今気づいた。


そして明日は学校だ。燐はそっと息を吐いた。


□□□


――1か月後――


それから一月、5月の半ばになった。春の柔らかな温かさは纏わりつくような初夏の暑さに移ろうとしている。

新緑の葉が揺れて、都市の鉄の基盤が熱を帯びる。気の早い観光客たちが、海水浴に興じているのがアパートの近くの海岸沿いから見える。

もうすぐ夏だな、と燐は見慣れた光景に時間の経過を感じる。


5月は穏やかな季節だ。春の華やかさはあらかた散って、青々とした生命の気配を色濃く漂わせる。それはこの人工島も例外ではない。ゆるりと時間が流れていく。

それは、中学生という燐だから感じるのかもしれない。

クラスの人間関係も出来上がり、授業にも慣れてきたころだ。燐は相変わらずのボッチだが、それでもストレスなく日々を過ごしている。

それに、冒険者業も順調だ。


燐はあれから日曜日のみダンジョンに潜り、平日と土曜日はまるまる戦闘訓練に当てるようになった。

短槍の刺突攻撃はほぼマスターとしたと言ってもいい。少なくともゴブリン相手なら狙った場所に当てられるようになった。

そして斬撃の訓練は苦戦していた。

訓練メニューのシステムが言うには、間合いの見切りが甘い、とのことだった。

少しでも踏み込み過ぎれば槍の内側に敵を招くことになる。離れすぎれば届かない。


斬撃の衝突点が剣や拳と比べて遠いからこそ、槍は完璧な間合い管理が求められる。

燐は多少槍を使えるようになって、槍の奥深さと難しさを知った。


そして今日、燐はダンジョンに潜っていた。

足元には二体のゴブリンが転がっている。燐がすでに始末したゴブリンだ。


『GiGiGiGI……!?』


そして最後のゴブリンに接近する。

苦し紛れに振られた石斧をゆるりとかわして、順手で握ったナイフ『石蜻蛉』がゴブリンの首を切り裂いた。

頸動脈を断たれたゴブリンは即死した。


そしてその瞬間、燐は自身の内から湧き出す何かに気づいた。


「―――ッ!?これって」


己の力が増すような、感覚が鋭くなるような独特の感覚。

それは燐が待ち望んでいたものかもしれない。


「アリス!鑑定!」


興奮した燐は、アリスを呼び出して、【ステータス】を使わせる。

燐の脳内に、自身の情報が映し出された。


―――――――――――――――


Name:遠廻燐 Lv.2 Job 【呪術師Lv.9】

Ability

生命力:300 SP:314 MP:283

力:200 敏捷:264 器用:320 耐久:194 精神:200 魔力:125 幸運:110


Job Skill:

【初級呪術Lv.13】:『呪い』『アウェイクン・カース』『カース・バインド』『付与:泥の靴マッド・ブーツ

【耐呪Lv.1】

Race Skill:

Unique Skill:【右方の調律】(デクシア・レクトル)


―――――――――――――――


「よっしゃあああ!上がってる!!」

「やったああ!燐がレベルアップしたあぁぁぁあッ!」


待ち望んだLv.2の文字に、燐とアリスは手を握り合って喜ぶ。

何度もダンジョンに潜り、一階層でゴブリンを倒し続けた成果がようやく出たと、燐は今までにない達成感を感じる。


レベルは2に上がり、ステータスも軒並み上昇した。一足飛びに300の大台に突入した『器用』と、ジョブ補正を受けてなお頭一つ劣る魔法関係のステータスが目に映る。


「【呪術師】のアビリティ補正って、『MP』と『魔力』だよな?」


明らかに呪術師のステータスでは無かった。


「呪術師のレベルがカンストすれば、器用と同じぐらいにはなると思うわよ、多分」


ジョブレベルが上昇すれば、アビリティへのプラス補正も高くなっていく。

呪術師のレベル上限は50。そこまで行かなければ伸びない魔法関係のステータスが低いのか、潜在ステータスAの『器用』が素晴らしいのか。燐は深く考えないことにした。


「ジョブレベルもスキルレベルも上がったな」


【呪術師】はLv.9に、【初級呪術】はLv.13に上昇した。呪術師のジョブレベルは、【初級呪術】レベルが上昇することで上がる。

そして【初級呪術】は、呪術を使用して熟練度が上がれば上昇するようになっている。


レベルが上がりやすい下級職とはいえ、10回程度のダンジョン探索で、ジョブレベルがこれほど上がるのはかなりのペースだ。

そしてそれだけ呪術を使ってきたということが分かる。


「だけど、やっぱり俺には魔法職の適性は無いな」


燐は調べた【呪術師】の情報と自身のステータスを比べて、それを確信する。


「【発展系統】が無い」


【発展系統】とは、全ての人間がレベル上昇とともに習得する【基礎系統】とは違い、習得に適性や才能、特殊な条件を満たすことが必要なスキルや魔法のことだ。


呪術師でいえば、【初級呪術】や【耐呪】といったスキル、【呪い】、【カース・バインド】等の燐が今覚えている魔法が【基礎系統】にあたる。

それらは誰もが【呪術師】になることで覚えられ、習得するものだ。


「呪術適性があれば、レベル5で【共感】スキルを覚えて、魔法数も俺の倍はある」


燐にはそれらの【発展系統】が目覚めなかった。

その寂しいステータスが、燐の才能の無さを示していた。


「転職できるジョブは出たか?」


燐はアリスに問いかける。

それらの情報は燐の元には見えていなかった。


「ええっと、【槍使い】、【戦士】、【学徒】とかはあるけど、呪術師派生は無いわ」

「そうか」


燐は軽い失望を覚える。まだ出ていないとは思っていたが焦る気持ちはある。


普通の冒険者なら、初回か二回目の探索時にはすでにレベルアップをして2階層へと降りていく。燐は今日で10回目の探索。

『種族レベルアップ必要経験値10倍』のデメリットの通り、燐は10倍の時間をレベルアップにかけている。


「燐、焦らないで。次の階層で変わるわ」

「…………ああ、そうだな」


燐はレベルアップをして、二階層の適正レベルに到達した。

次から燐の活動場所は、二階層に移る。


そしてそこには、燐が求める『特殊領域』が存在する。


「『ゴブリン村の戦場』。呪いの武器が生まれる場所」


上層で唯一、ダンジョン産の『呪いの武器』が生まれる場所であり、燐の目的地であった。

アリスもまた、その地を待ち望んでいた。

燐の焦りによる無茶な行動は今のところ出ていなかったが、その片鱗は見え隠れしている。

早々に『呪いの武器』を手に入れ、スムーズにレベルアップできるようになれば、それも収まるかもしれない。


2人は同じようで少しずれた理由で、レベルアップを喜んだ。

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