『勇者殺し』の異世界暮らし

Sty

第1話 『勇者殺し』

 剣と魔法。脅威と破滅。神秘と神性。ロマンと現実。

 それらすべてが絡まり合い、現代ではファンタジーと呼ばれるであろう世界【アミニム】。

 魔法と戦火に彩られるその世界で、もっとも巨大な国——『大帝国』。軍事力、技術力、規模や歴史。その全てがこの世界随一の国だ。


 かの国に存在する帝国軍は、六つの部隊を編成している。一つ一つの部隊が他の諸国の全軍に匹敵する規模であり、また実力も他国のそれを大きく上回る。

 帝国が最強と謳われる由縁の多くがこれに起因する。


 ただ、こんなことを嘯く者も存在した。


『かの大帝国には、秘匿されている第七の部隊が存在する』……と。


 十人に届くかもわからない超少数精鋭。

 その実力は、大帝国の六部隊を統合したとしても届かない世界最強。


 入隊資格不明。全貌不詳。圧倒的未知数。

 まことしやかに囁かれる、【帝国第七特務隊】。

 あまりにも不透明故に実在すら疑わしい大帝国の暗部である。


 しかしたった一つ……尾ひれが多分についた噂の群れの中で、唯一誰もが口をそろえるものがある。

 それは、帝国第七特務隊隊長が世界で知らない者がいない大罪人——『勇者殺し』であるということだ。

 実在すら疑わしい部隊の隊長が世界一の有名犯罪者。

 荒唐無稽かつ突飛な情報を信じる者はおらず、より一層第七特務隊の存在の真偽は不明のまま、帝国の闇に触れようとする者は一人もいなかった。



『勇者』。

 そう呼ばれる人間は、世界にたった一人。

 勇者の役割は、大帝国の支援の下、人間を脅かす魔族の長を討伐し人類に光を与えること。

 人知を超えた力、選ばれし才覚。それらを併せ持つ勇者は、全人類の希望を支えていた。


 そんな勇者を危険視した魔族長まぞくちょうは、ある一人の暗殺者に依頼を出した。


「勇者を殺害せよ。報酬は相場に任せよう」


「まいど~。人一人なら金貨二百枚で~す」


 暗殺者に名はない。金さえ出せば、誰でも、どこでも、理由も問わずに依頼を受ける何でも屋。裏の世界では知らない者がいない凄腕だった。

 「勇者を殺せ」という依頼を魔族長から受けているというのに飄々とし続ける青年が提示した金額は、一般人を殺すのと変わらない額。


「それで良いのか? 勇者を殺すというのに」


「これが相場です。相手の身分などは関係ありませんので……人の命に優劣をつけるのは嫌いでして」


 彼は平等を謳う異常者だった。

 人の命に優劣をつけず、金さえあればそれを平気で摘む。



「では、結果をお待ちください」



 そして彼は、勇者を殺した。


 劇的な終わりなどでは無かった。

 血の雨が降る激戦もなく、人類の命運を握る決戦でもない。

 彼はただ勇者の首を剣の一振りで刎ね、人類を絶望の淵に叩き落したのだ。


 人々は悲嘆に暮れ、人の終焉の悪夢を見た。


 そんな中、一人の人間が声を発した。

 大帝国百十三代皇帝アルべード・ガルノヴィヒは、人の終わりに抗うように――勇者を殺した暗殺者に縋った。


「魔族長を殺害せよ」


「——まいど~。報酬は?」


「魔族長は、勇者殺害にいくら払った?」


「金貨二百枚……ですが、元依頼人を裏切るのは信用問題になりますので、出来ればそれ以上は出して頂かなければどうにも……」


「では金貨二百枚と――鉄貨一枚」


 現代日本の価値に換算して、魔族長の依頼より約一円高い依頼料。


「——では交渉成立ということで、結果をお待ちください」


 そして彼は、魔族長を殺した。

 彼はそのたった一円で、世界の均衡を再び傾けた。



「誰も『勇者』なんて求めてないんだよ。民衆が欲しがるのは自分たちを庇護する存在だけ。それがたとえ、「勇者様」を殺した僕であってもだ」



 彼は金のために勇者を殺した。

 だが、彼は人類を救った英雄でもある。


 盛大なマッチポンプだ。

 世界を巻き込んだ自作自演だ。


 しかし人は、彼を英雄と呼ぶ。


 彼が殺したのは勇者という『人物』ではない。

 『勇者』という概念と存在意義……その他諸々を木っ端微塵に破壊したのだ。


 彼の罪業は『勇者殺し』。


 そんな彼は今————。






■     ■     ■     ■





「また呼び出し……今月で何度目だっての」


 帝国帝城の地下を重い足取りで歩くのは、十代半ばの青年だ。

 灰色のくすんだ髪をかき上げながら、めんどくさそうな顔を隠そうともしていない。

 彼の手にあるのは、上官からのペライチの通達。

 やたらとかわいい丸文字で『至急指令室に来い』とだけ。


「あんな冷たい人の文字がこれってのは、可愛げあんだけどなぁ」


 どうせ今日も無理難題を押し付けられるのだろうと、青年に満ちているのは諦観だ。

 地下に入ってからもどんどんと下り続けた道の終点は、鉄の門扉。重厚で冷たい見た目は、まるでここが監獄のような印象を見た者に植え付けるだろう。

 まあ、その印象はのだが。


「じょーかーん、僕でーす」


「————入れ」


 青年の適当な呼びかけに返ってくるのは、怜悧、冷然、冷淡な素気のない女の声。

 声の調子でわかってしまう面倒ごとの気配に肩を竦め、自身が纏っている真っ黒の軍服を整えた。


「失礼しま~す」


 扉がガチャリと一息に開かれた。

 太陽光の届かない部屋には魔法の光によって冷たい明りが満ちている。

 扉から対面にある執務机。そこには青年とは正反対の真っ白な軍服に身を包んだ女性が万年筆片手に頬杖をついていた。

 見た目は十代から二十代前半のように見える彼女は、その若さに見合わない威厳と威圧感を醸し出していた。

 真っ白な軍服と濡れ羽色の髪とのコントラストが青年の目を惹き、金色の目が長めの前髪の隙間から覗き、彼を穿つ。

 そんな上官の威容と美貌に怖じ気ることなく青年は扉を閉め、彼女の机の前に足を運ぶ。


「何の御用で?」


「前置きは挟まん。本題からいこう」


「はー」


「第七特務隊隊長、『勇者殺し』。お前には――に侵攻してもらう」


「……あ?」

 







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