ka・mi・ka・ku・shi

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 社員たちの息を感じる廃墟だった。


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 四階建てのビルを見上げた。

 商店街の印象とは、何か大きく違う。

 ビルが纏っている雰囲気と言えばいいのだろうか。そういったものが、大きく違う。

 私は、一度、深く深く呼吸をして、心を整えた。そして、ビル入口の両開きドアを見据えて近づいた。


 ガラス製のドアは透明度を失い、プラスチック製の取っ手は色せ、ところどころ欠けている。


 開けても大丈夫かな……。


 力を入れたら壊れてしまいそうな取っ手に手をかけた。脆くなったプラスチックが、キシッキシッと音を立てて泣いている。


 もう少し頑張って……。もう少し、耐えて……。


 取っ手に声をかけながら慎重にドアを開けて中に入ると、そこは、左手に受付カウンターが置かれたエントランスホールだった。

 私は、まっすぐ受付カウンターに近づいて内側に回り込んだ。思った通り、スケッチブックから破り取った画用紙が貼ってある。


 ≪ 階段 ≫


 赤い文字だ。階段をのぼれという指示であることは、容易に想像できた。


 それにしても……。


 私は、受付カウンターの上を見回した。

 そして、商店街とは明らかに違う点がハッキリと分かった。


 壊れそうなドア、埃だらけの窓口、ひびだらけの壁、蜘蛛の巣だらけの天井、そして、乱雑に散らかったままのカウンター。


 商店街は、『古き良き昭和の時代』というタイトルのジオラマの中にいるかのような感覚を覚えるほど不自然な綺麗さがあり、まるで忘れ去られたおもちゃ箱のような印象を受けた。

 だけど、この建物は絵に描いたような廃墟で、あきらかに人の息遣いを感じる。かつて、ここでたくさんの人たちが働き、このエントランスも様々な人たちが行き交っていたんだと思う。


「それにしても…。」


 私は、カウンターの上の投げ出されていた黒電話の受話器を戻した。


「これじゃ、まるで……、」

 まるで、仕事中に社員たちが『神隠し』にでも遭ったみたいだ――。


 このビルが自分の物語の結末を表しているようで、すごい勢いで血の気が引いていく音を聞いた気がした。



 階段は受付カウンターのすぐそばにあった。壁には、赤い文字で書かれた例の画用紙が貼ってある。


 ≪ 三階 ≫


 この文字を見ると、不安が心をスッと横切る。そのたびに、首を横にブンブン振って自分を奮い立たせた。


  このままここにいたって、いい結果なんて待っているはずがないじゃない。

 もしかしたら、このビルみたいな運命をたどるのかもしれないけれど、もしそうだとしても、このままここにいて来るあてのない救助を待つよりはずっといい。じっとしているのは耐えられない。


 私は、深い深い呼吸をして、階段を上った。

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