ma・chi
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そこは、忘れ去られたおもちゃ箱のような街だった。
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道路はまったく舗装されていない砂利道だし、電信柱はコンクリート製ではなく木製。
駅からまっすぐ伸びるメインストリートと思われる道の両側には、さまざまな店が軒を連ねて商店街をつくっているけれど、どの店も閑散としていて、人の気配どころか生き物の気配もない。
何だか……、おもちゃ箱みたいな街。
きちんと区画整理された碁盤目状の道路や壁に囲まれている街の風景は、まるで箱庭のようだ。しかしそれ以上に、人の息遣いをまったく感じないこの街全体の空気が、そう思った一番の要因だった。
それは、廃墟とは違う。
活きていた面影すら感じられない、忘れ去られたおもちゃ箱のような物悲しさ。
一生ここに閉じ込められるなんてゴメンだ。
街を眺めているうちに冷静さを取り戻した私は、何とかここから出ようと、今度は強い気持ちで街の中に足を踏み入れた。
この街には、車というものが存在しないらしい。
商店街をどんなに進んでも、道端に停めている車もなければ、道路を走っている車もない。
錆びた自転車が一台、どこかの店の前に停められていたのを見たが、それだけだ。
誰かいる……。
人の息遣いを感じないこの街で、初めて何かが動く気配を感じ、私は、期待と不安の入り交じった気持ちで目を向けると、通り左側に面した書店の前に人影が見えた。
――えっ……?
全身の血が凍るとは、このことなのだろうか。
それは、人間とは言い難いものだった。
太陽が生み出す影法師がそのまま命を持ったかのような、まさに『影人間』。
全身真っ黒のそれが、まっすぐ私を見ている。
見ている、というのは正確ではないのかもしれない。真っ黒でのっぺらぼうの顔を、こちらにまっすぐ向けている。少なくとも私にはそう感じた。
恐怖に立ちすくんでいると、道端の影人間が、赤い表紙のスケッチブックを開いて私に向けた。白い紙には、赤い絵の具で文字が書かれていた。
≪ 直進→ ≫
その文字から感情を読み取ることはできないけれど、それを持つ影人間からは、私に対し、何かを期待するような思いを感じた。
……とりあえず、直進してみよう。
私に何を伝えたいのか解らないけれど、どうせこのままここにいたって何も変わらないから、影人間が示した通りに直進することにした。
何が待っているのか分からない恐怖心と戦いながら足を進めると、また、スケッチブックを手にした影人間が姿を現した。
≪ ビルヂング→ ≫
どうやらこの先にビルがあるらしい。
駅前が商店街なら、この先にあるのはビジネス街なのかな。それとも、何かの商業施設なのかな……。
そんなことを考えながら、影人間が指すほうへ歩みを進めた。
四階建ての『ビルヂング』は、大通りの突き当たりのちょっと開けた場所にポツンと建っていた。ビルと呼べるような建物は目の前にあるものだけだから、まあ、ここで間違いないんだろうけれど、ビル街のようなものを想像していただけに、むしろ不安になる。
きっとここにもいるはずだと思い、影人間を探した。思った通り、ビルの入り口の横に影人間が姿を現した。そして、赤いスケッチブックを開き、私に向けた。
≪
やはり間違いないようだ。
私は、影人間に会釈をして『ビルヂング』の中に入っていった。
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