第2章 何故か突然隣国に

第1話 予期せぬ再会

「リア……?」


 聞き覚えのある、少し低めの声が頭上で響き、びくっと体が揺れた。


「まさか……。何故、君がここに?……これは……夢、なのか……?」



 え……?

 ……この声って、まさか……。



「ギルっ!?」


 驚いて顔を上げると、そこにはギルが……隣国の王子、ギルフォードの姿があった。

 彼も驚いているようで、大きく目を見張り、私をじっと見つめている。



 しばらくは、時が止まったかのように見つめ合っていた。

 目の前で起こっていることが、現実だなんて、とても思えなかった。



 だって、ギルは今、ルドウィンにいるはずで……。

 だから、こうしてここに……ザックスにいるはずがないのに。



「う……うぅ――っ」


 瞬間、シリルの苦しそうな声が、私を現実に引き戻した。



 ――そうだ。


 ギルがどうしてここにいるかとか、今はそんなこと考えてる場合じゃない!

 シリルが助かるかどうかの瀬戸際なのに――!



「ギル、お願いっ! シリルを――この子を助けてあげてっ!」


「……え?」


 夢から、たった今覚めたかのように、数回まばたきすると。

 ギルは厳しい顔で近付いて来て、シリルの前にかがみ込んだ。


「この少年は? 何故、こんな大怪我を――?」


「私の――っ! 私の新しい護衛なの! シリルっていって、すごく良い子なの! 私をかばって、こんな目に……。だから、どうしても助けたいの! お願いギル! ギルの力で、この子を助けてあげてっ!?」


「……リア……」


 一気にまくし立てると、ギルは呆然と私を見つめて……辛そうに目をそらし、ため息をついた。


「リア、君は肝心なことを忘れている。私の力が通じるのは、始祖しその血が、ほんの少しでも流れている人間だけだと――確か、以前話したはずだ。それに、ここまで深い傷を負った人間を治癒した経験など、私にはない。申し訳ないが……私にはどうすることも出来ないよ」


「――っ!……そんな……」



 ああ……そうだ。

 そうだったっけ……。


 ギルの治癒能力は、同じ血を引く人にしか……。


 でも……でも、諦めたくない――!!



「お願い! どうしてもこの子を助けたいの! ギルの力が通じないなら、他にお医者様――傷の治療が出来る人でも誰でもいいの。ここへ連れて来てっ!? お願いっ!!」


「……リア。君は――」


「お願いっ! お願いしますッ!! この子を助けられるなら、何でもする! 何でも言うこと聞くからっ!! だからっ、だからお願い!!……この子を……シリルを……っ」


 気が付くと、私は泣いていた。シリルをギュッと抱き締めながら。


 ……こんなに小さな子が苦しんでるのに、何も出来ない自分が悔しくて。

 何の関係もないギルに、すがることしか出来ない自分が、情けなくて……。


 この時ばかりは、どうしても、涙を堪えることが出来なかった。


 そんな私を、ギルはしばらくの間、悲しげに見つめてたけど……。

 ふいに後ろを振り返ると、こんなことを言った。


「ウォルフ。私のベッドにこの少年を運ぶ。手伝ってくれ」


「はい。かしこまりました、きみ



 ……えっ?


 ギルのベッド?

 ウォルフ……?


 それに『我が君』って……。



 唖然あぜんとする私の前に、その『ウォルフ』と呼ばれた人(?)がやって来て、


「失礼致します、リナリア姫様。この少年を、しばしお預り致します」


 ドキッとするような甘い低音で告げると、シリルの体を気遣うように抱き上げ、部屋の奥へと歩いて行った。



 ……え、部屋――?



 ハッとして辺りを見回すと、そこは立派な調度品が備えられた、広くて豪華な印象の部屋で、今の『ウォルフ』さん共々、私をますます混乱させた。



 な……なんで?

 私さっきまで、森の中にいたのに……。


 なのにどーして、こんな部屋に……立派な部屋にいるの……?


 それに、今の『ウォルフ』さんって、やっぱりあの――前にギルが話してた、ルドウィン国に仕えてるってゆー……『神の恩恵を受けし者』?



 部屋の奥にあるベッドに、シリルをそっと横たわらせ、ギルと話し込んでいるその人を、私はただただ呆然と見つめていた。


 人――って言っていいのかは、よくわからないけど……。


 だってその人は、セバスチャンと同じ『神の恩恵を受けし者』なだけあって、姿から。


 体はセバスチャンと違って、普通の人っぽいんだけど……。

 顔だけ、普通じゃなかった。


 彼の顔は、人間のものではなく……。

 あれは……あれはたぶん、前いた世界の動物で言えば、おおかみ――。


 そう、狼。

 狼の顔をしていた。



「それはなりません、我が君――っ、いえ、ギルフォード様!」


 急にウォルフさんが大声を出し、私はビクッとして身をすくめた。


「その方法では、ギルフォード様のお体に、かなりの負担が掛かってしまいます。私は……その方法を取ることは、賛同致しかねます」


「おまえが賛同しようがしまいが、私には、この方法しか思いつかないんだ。……やるしかない」


「おやめください! こう申しましては、差しさわりがあるとは存じますが……この少年は、すでに虫の息です。あなた様が、そこまでの危険をおかしてまで、救う価値があるなどとは、とうてい思えま――」


「黙れッ!!――リアが、この少年を救うためなら『何でもする』と言っているんだ! 愛する人にそこまで言わせて……見て見ぬふりなど出来ると思うかっ!?」


「……我が君……」


 ギルの一喝で、ウォルフさんは黙り込んでしまった。



 危険……?


 危険って、どーゆーこと?

 シリルを救うために、ギルは何をするつもりなの?



「ギル、待って!」


 私は怖くなり、慌てて立ち上がって、二人の元に駆け寄った。


「ギル、危険ってどーゆーことっ? あなたが危険を冒さなきゃ、シリルを助けられないの!?……まさか……まさか、ギルの命に関わるとか、そーゆーんじゃ――っ?」


「落ち着いて、リア。ウォルフは少し大袈裟なんだ。……心配いらない。そこまで危険なことではないよ」


「でもっ!」


「――リア」


 ギルは私の頬に手を当て、優しく微笑むと。


「君は、この少年を助けたいんだろう? そのためなら何でもする。そう言ったね?」


「……言った、けど……」


「だったら、大人しくしておいで。絶対に助ける――と言えるだけの自信はないが、出来るだけのことはする。約束するよ」


「ギル……」


 どこまでも優しい眼差しに、私の胸はキュウっ締め付けられる。


 自分で言ってしまったことだけど……。

 ギルにもしものことがあったらって考えたら、言ってしまったことを、後悔せずにいられる自信はなかった。



「ここからは少し、時間を必要とする。待たせることになると思うから、その間、隣の部屋で休んでいてくれ。――ウォルフ」


「はい。こちらです、リナリア姫様」


「えっ?……あの、でも……っ」


「心配ない。あとは私とウォルフに任せて、ゆっくりしていてくれ」


「ギル――!」


「さあ、リナリア姫様。こちらへ――」


 ウォルフさんに促されて、少し迷ったけど……。

 結局私は、大人しく従うことにした。



 ギルがこれから何をするつもりなのか、私にはさっぱりわからない。

 でも、今はこれしか――こうするしか、シリルを救う道がないと言うのなら、任せるしかなかった。



 案内された隣室のソファに座り、両手を組み合わせて、ひたすら祈る。

 ザックス王国の神様。可愛らしい……寂しがり屋の神様に。



 どうか、シリルが助かりますように。

 そしてギルが……無理しませんように。



 小さなランプの点いた、豪華だけど薄暗い部屋で。

 私は一心に、その二つだけを祈り続けた。

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