姉と一緒に
惣山沙樹
01 姉
姉が居なくなった子供部屋の二段ベッドの上で、わたしは天井を見上げていた。姉の
そりゃあ、毎日顔を付き合わせていれば、それなりに喧嘩をすることもあった。姉の受験勉強のときはとりわけ気を遣った。
しかし、本当に居なくなってしまうと、半身を失くしたようで、身体に力が入らなかった。
「次の土曜日そっちに行ってもいい?」
そう連絡した。返事はすぐにはこなかった。きっと荷解きで忙しいのだろう。そのうちに、母に夕食だと呼ばれ、わたしは一階におりた。
家族三人だけでの夕食。シャケが三切れ並んでいた。父は元々口数が少ない。スーパーでのパートの話を母が延々としていて、父もわたしもそれに相槌を打つばかりだ。
「
何の脈略もなく、母にそう言われた。
「わかってるよ。でも受験までまだあるでしょ」
「奈津子は二年生からしっかり対策してたわよ。それであんなにいい大学行けたんだから。真智子も頼むわよ」
なめこの入ったみそ汁をすすり、わたしはこっくりと頷いた。姉は今頃、何を食べているんだろう。大学合格後、母から料理を教わっていたのを見たが、今日くらいはコンビニなんかで済ませているのかもしれない。
姉から返信が来たのは、わたしがお風呂からあがってからだった。
「いいよ。駅で待ち合わせね。迎えに行ってあげる」
わたしは肩甲骨まで伸ばした髪を拭きながら、時間を指定した。午後の三時にした。姉がお気に入りのモンブランを買って持っていこう。そう決めた。
春休みは短い。そのくせ宿題はあった。わたしは数学の問題集を解き、ふわぁとあくびをした。時刻は夜中の一時になっていた。姉の居ない部屋で眠るのは今夜が初めてだ。わたしはあえて下の段のベッドにもぐった。姉の残り香がした。
十五分早く駅に着いた。手には二つのモンブランを提げて。保冷剤は多めに入れてもらったから大丈夫だろう。改札を抜け、目印のクレープ屋の前に立った。メニューを見る。甘い系以外にも、おかず系のクレープも充実していて、いつか食べてみたいと思った。
目の前にはロータリーがあって、バスやタクシーが行き交っていた。向こう側に大きな桜の木があり、花びらを散らしていた。姉が入学する頃には葉桜になってしまっているだろう。今年の開花は早かった。
「ちこちゃん」
時間ぴったりに姉は現れた。スッキリとしたショートヘアー。パーカーにデニムというラフなスタイル。いつも通りの姉だった。家にお邪魔するだけなのだ。私もロング丈のワンピースというゆるい服装をしていた。
「なっちゃん、久しぶり」
「もう、お姉ちゃんが引っ越してから四日しか経ってないよ。それ、ロアール?」
「うん。モンブランだよ」
「気にしなくてもいいのに。まあ、嬉しいよ。じゃあ行こうか」
姉はロータリーをぐるりと回り、ファーストフード店や本屋が入っている商業施設に入った。ここを通り抜けると早いらしい。それからいくつか横断歩道を渡り、どんどん坂道をのぼっていった。
「ちこちゃん、宿題終わった?」
「なんとか。ここのところ、ずっと勉強ばっかりやってたよ」
「数学とか苦手でしょ。二年生になったら、一気に難しくなるからね。復習はちゃんとしておくんだよ」
受験勉強という山をこえた姉は、より一層大人になったと感じた。それでなくても、姉は凛々しい顔立ちをしていて、実年齢より上に見られがちだった。
対するわたしは、姉と違って背も低いし童顔だし、未だに中学生と間違われるのだった。そのうち背が伸びるから、と与えられたセーラー服も、大きめのままだ。
コンビニが見えてきた。その手前の道を姉は右に折れた。そうして見えてきたのが、白っぽい外壁の古そうなマンションだった。姉が言った。
「外はこんなんだけど、中はリフォーム済みで綺麗なの。一応オートロックだしね。さっ、着いてきて」
エレベーターで六階まで上がった。姉の部屋はワンルームだった。入ってすぐに小さなキッチンスペースがあり、部屋の奥の窓際にシングルベッドが置かれているのが見えた。
「ローテーブルのところにクッションあるでしょ。そこで座って待ってて。コーヒーいれてあげる」
わたしはガラスのローテーブルにモンブランの箱を置き、言われた通り丸いクッションに座った。すっかり片付けは済んだようで、段ボール箱なんかはなかった。
姉の部屋のインテリアは白で統一されていた。カーテンもシーツもカラーボックスも白。
姉からすればすでに実家、になったあの部屋は、母のセンスで組まれていた。だから、それとはまるで違うことをしたかったのだろうとわたしは思った。
「はい、ちこちゃん。ブラックでいいよね」
「うん」
マグカップを置いた後、お皿とフォークも持ってきて、姉は向かい側に座った。
「ああ、美味しい。やっぱりケーキはロアールのに限るね」
そう言いながら、姉は上品な仕草でモンブランを口に運んだ。姉の後ろには扉があり、備え付けのクローゼットだろうと思った。それを見ていると、なぜか胸騒ぎがした。
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