偽の恋人であるはずの幼馴染がいつまで経っても別れてくれない

くろい

第1話幼馴染に彼女の振りを頼んだ結果

 高校1年生の冬。

 さらに具体的に言うと12月5日の夕方。

 俺は幼馴染である霜月しもつき雪菜ゆきなを話したいことがあると自分の部屋に呼んだ。

 そして、雪菜はいつも通りに呼び鈴なんてならさず、俺の部屋に入ってきた。


「で、何の用?」


 雪菜は落ち着いた様子で俺に話しかけてきた。

 俺はこれから彼女になお願いをするつもりだ。

 あせる気持ちが先走る。俺はわざわざ呼び出しに応じてくれた雪菜に突拍子もなく、土下座をして頼み込んでしまった。


「俺の彼女の振りをしてください!」


 頭を下げて必死に頼み込むに至った経緯はというと……。

 最近、俺の周りで女の子と付き合い始めた、もしくは付き合っている男友達が増えてきた。

 そんな中、彼女持ち共が俺を馬鹿にして煽ってきたのだ。

 お前は彼女を作らないのか? と憎たらしい顔で。

 負けん気が強い俺はものの見事に煽られてしまい――

 

 本気を出せば彼女の一人くらいは作れる!


 と威張ってしまった。

 ……のだが、彼女ができないままあっという間に1か月が経過し、2カ月目に入ろうとしている。


 周りの奴らは俺を小馬鹿にしてくる。まだ彼女はできないのか? とか、今良い感じの女の子はいるのか?とか、本当にしつこい。

 俺は馬鹿にしてくる奴らをどうにか見返してやりたい。

 というわけで、俺は幼馴染であり、割とというか、かなり可愛い部類に属する雪菜に恋人の振りを頼んだわけだ。


 さて、頭をそろそろ上げてもいい頃合いだろう。


 土下座していた俺は恐る恐る顔をあげて、雪菜の顔を見た。

 うん、俺の予想通りで苦虫を噛み潰したような凄い顔をしてるな……。


「あのさ、普通に嫌なんだけど……」


 きっぱりと断られてしまうも、こうなることは俺も承知であった。

 俺は財布から1万円札を取り出して、雪菜に献上する。


「これでお願いします。レンタル彼女を雇おうと思ったら、規約で他人に本当の彼女みたいに振る舞わせたり、紹介したりするのはNGな上、そもそも高校生は利用不可だったんです。もう頼みの綱は雪菜しか……いないんです!」

「いや、見栄張るためにレンタル彼女を使おうとかドン引きなんだけど……」


 雪菜の顔は引き攣っている。

 だがしかし、彼女なんて出来ないと馬鹿にしてきた奴らを俺は見返したい。

 短めのボブヘアーが似合っていて落ち着いた雰囲気の美少女である雪菜。

 そんな誰もが羨む女の子を彼女だと紹介して、俺を煽ってきた奴らの歯を食いしばらせたいのだ。

 

「そこをなんとか!」

「てか、なんで私に彼女の振りを頼むか教えて。ま、どうせくだらないことだろうけどさ」

「えっと、かくかくしかじかで……」

 

 土下座しているときに頭で考えていたことを、そのまま俺は雪菜に伝えた。

 すると、雪菜は呆れたように俺に言う。


「馬鹿なの?」

「いや、だって、馬鹿にされ続けてムカついてるわけで……。雪菜は顔だけは凄く可愛いというか綺麗だし、彼女として奴らに紹介したら絶対に悔しがるわけで……」

「あっそ」


 俺の話には興味なさそうな雪菜だが、俺の手にある1万円には興味はあるらしく、さっきからチラチラと俺の手元にあるお札を見ている。


「あと5千円までなら出せます」

「……1万5千円」


 雪菜はごくりと生唾を飲む。

 そりゃあ、俺が提示したお金は高校生にとっては大したものだからな。

 俺はバイトをしていて、懐にそれなりに余裕はある。

 だが、雪菜はバイトをしていない。そんな彼女にとって、俺からの提案は美味しいものなのには違いない。


「まあ、相手に無理強いはできないしな……」

 

 押してダメなら引いてみろ。

 それは予想以上に効果的面であったようだ。


「……別にやらないとは言ってないし」

「えっと、彼女の振りしてくれるのか?」

「まあ、冬休み前にお小遣いがちょうど欲しかった。ただ、あくまで彼女の振りをするだけだから勘違いして調子に乗らないでよ?」


 雪菜は少し圧の籠った声で釘を刺してきた。

 調子乗って俺が色々としでかしたら、本当に殺されかねないな……。

 

「わ、分かってるって」

「じゃ、彼女の振りをしてあげる。あ、男友達に彼女として会ってくれとかは無しで。私が彼女っぽく見える写真を撮らせてあげるくらいで良いでしょ?」

「元よりそのつもりだ。会わせろって言われても、絶対に会わせるつもりはない。という訳で、付き合ってる感じに見えるような写真を撮らせてくれ」


 雪菜の説得は無事に成功し、俺の彼女っぽく見えるような雪菜の姿が収められた写真を撮らせて貰うことになった。

 おうちデート中に彼氏がそれとなく撮った彼女の姿というシチュエーションみたいな写真を撮るべく、俺はスマホのカメラを雪菜に向ける。

 だが、ショートカット寄りのボブヘアーが似合う雪菜の表情は固く、少しむくれたような顔にも見える。


「雪菜。もうちょっと笑顔で頼む……」

「なんで?」

「俺に嫌々と写真を撮られてるみたいな顔にしか見えない」

「……わかった」


 お金を貰うからには雪菜も俺の言うことはしっかりと聞いてくれるらしい。

 雪菜は俺の方を見て、ニコッと笑ってくれた。

 いつも俺にツンツンとしている雪菜の気さくな笑顔。

 小さい頃は無邪気に笑っていたけれども、いつの間にか雪菜の笑顔はそんなに見ることは無くなっていた。


 久しぶりに見た幼馴染の微笑み。


 それはなんというか、どこか心をざわつかせるような魅力を持っている。

 、俺は気が付けば笑ってしまった。


「……なんで笑ってんの?」

「いや、だって、雪菜が微笑んでるのが何かおかしくて……」

「はぁ……。そういう奴だからモテないんじゃない?」


 雪菜は呆れた様子で俺に言う。

 そして、写真を撮ったのを確認すると、俺の財布から5000円だけを抜き取った。


「それだけでいいのか?」

「写真1枚だけで1万5千円も貰うのはね……」

「俺に強く当たってくる雪菜にも良心というものがあったんだな」

「そこは普通に感謝してくれていいんじゃない?」

「ん、そうだな。マジで助かる。ほんと、ありがとうございました」

 

 本当に助かったのは事実だ。

 俺はしっかりと雪菜にお礼を言った。


   ※


 無事、微笑んでいる雪菜の写真を手に入れた次の日。

 教室で俺のことを馬鹿にしてきた野郎どもに、優しく微笑むボブヘアーが似合っている落ち着きのある美少女である雪菜の写真を見せつけた。

 すると、信じられないという顔で俺の友達は震え出した。

 ふっ、勝ったな。

 心の内で勝利を確信していると、友達の一人である吉野が俺に聞いて来た。


「お、おい。レンタル彼女は本当の彼女じゃないからな?」


 というので、俺は毅然とした態度で答えた。


「馬鹿言うなよ。高校生はレンタル彼女なんて利用できないだろ?」

「いや、でも、晴斗にこんな可愛い彼女ができるわけが……」

「俺のことを馬鹿にし過ぎじゃないか?」


 余裕な態度を見せつけているときだ。

 ちょど俺達の近くを通りかかったクラスメイトの山岸やまぎしさんが興味深そうに俺達の会話に混ざってくる。


「へー、晴斗くんって彼女居たんだね」

「ま、まあな」

「写真み~せて!」


 俺は背中に一気に汗をかいた。

 不味い。本当にこれは不味すぎる。

 山岸さんと俺と雪菜は同じ中学校に通っていたので、俺と雪菜が幼馴染であることを知っている。

 なので、俺達が付き合うような間柄じゃないことを知っているはずだ。

 もしかしたら、俺が雪菜に彼女の振りを頼んだことがバレるかもしれない。

 俺は雪菜の写真が表示されているスマホの画面をそっと手で隠した。

 

「いや、あんまり彼女を他人に自慢するのはちょっとな……」

「男友達に見せといて、それはなくない?」

「いや、まあ、その……」

「で、どんな子なのかな?」

「……こ、これです」


 山岸さんは悪くない子だ。

 きっと、俺が友達に馬鹿にされたくなくて、幼馴染である雪菜の写真を彼女として紹介したと察してくれるに違いない。

 俺はそれを信じて、山岸さんに雪菜の写真を見せた。

 すると、山岸さんは俺の肩をポンポンと優しく叩いて来た。


「おめでとう」

「え、あ、え?」

「幼馴染で仲良さそうだし、晴斗くんと雪菜はいつか付き合うんだろうな~って思ってたのに、高校は別のところになっちゃったし、自然消滅しちゃうんだろうな~って思ってたけど、とうとう二人は気持ちが通じあったんだね……」


 しみじみとした表情で山岸さんは語る。

 そんな彼女に俺は恐る恐る聞いた。


「……付き合ってるって信じてくれるのか?」

「え、信じるよ? だって、お似合いじゃん」

「よく言い争いしてるのに?」

「喧嘩するほど仲が良いってやつだね」

「……お、おう」

「んじゃ、ばいばい」


 山岸さんはそそくさと去っていった。

 思いがけない評価を受けていた俺は何とも言えない気分になってしまった。

 いや、俺と雪菜がお似合いって……。

 山岸さんの目は節穴すぎやしないか?

 などと、思っていたのも束の間、俺と山岸さんのやり取りを聞いていた奴らは俺に質問をしてくる。


「山岸さんも知ってるお前の彼女って何もんなんだよ」

「あー、中学校まで同じクラスだった幼馴染ってやつだな。」

「幼馴染ってことは……。俺達に馬鹿にされて悔しくて彼女の振りを頼んだって線も……、と思ったが、山岸さんの雰囲気からして付き合っててもおかしくはないくらいに仲が良さそうみたいだからなぁ……」


 山岸さんの登場によって、いい感じにカモフラに成功したらしい。

 俺を馬鹿にしてきた奴らは本当に雪菜のことを俺の彼女だと信じてくれたようだ。

 うん、雪菜に彼女の振りをしてくれって頼んで正解だった。

 しかし――


 偽の彼女になってくれと頼んだことを後悔することになるのをまだ知らない。


   ※


 放課後、特に用のない俺はあっという間に自宅のある最寄り駅まで帰ってきた。

 駅のホームを出ようとすると、ぽつぽつと雨が降っている。

 カバンに入っていた折り畳み傘をさして、駅から家に向けて歩き出そうとした時だ。

 背後から、女性にしては低めの声が聞こえてきた。


「いいモノ持ってるじゃん」


 声の持ち主。

 それは小中と全部同じクラスだった俺の幼馴染であり、偽の彼女になってくれと頼んだ相手である雪菜であった。

 後ろから話しかけてきた雪菜の方を向き、俺はわざと憎たらしい感じで聞いた。


「その様子からして、雪菜は傘を持ってないな?」

「まあね。でも、大丈夫」


 と言って、何食わぬ顔で雪菜は俺の手にしていた傘をひったくる。

 雪菜の装いはブレザーの制服の上に暖かそうなダッフルコート、首にはマフラー。

 さらに、厚めの黒いタイツを履いてる。

 見てわかる通り、雪菜はかなりの寒がりだ。

 雨に濡れて体温を奪われたくないわけで、俺の傘を奪ったというわけだ。


「窃盗犯め……。俺が風邪を引いたらどうしてくれるんだ?」

「へー、可愛いが雨に濡れてもいいんだ」

「……彼女って?」

「私達、昨日から付き合ってるの忘れたの?」

「あくまで振りを頼んだだけだ」

「でも、彼女は彼女でしょ。だから、傘を貸してくれてもいいんじゃない?」


 まあ、確かにそうだな。

 ここは男らしく偽とはいえ彼女に傘を譲ろうと決心し、駅の軒下から飛び出ようとしたときであった。

 雪菜は俺に傘を突き返してきた。


「ごめん。さすがに横暴すぎだったかも」

「お、おう」

「……それじゃ」


 雪菜は雨の中へ向かって歩き出そうとする。

 そんな彼女が雨に濡れないようにと、俺は傘を雪菜の頭上に持っていった。


「全部は貸せないけど、半分だけなら貸してやる」


 つまり、一つの傘を二人で仲良く使う相合傘をしようというわけだ。

 俺の申し出に対し、雪菜はうげっとした顔つきになる。


「普通に晴斗と相合傘するの嫌なんだけど……」

「おまっ、俺の親切心にケチをつけるってか?」

「……あー、ごめん」

「で、俺と相合傘は嫌か?」

「……まあ、しょうがないか」


 俺達は肩を寄せ合い、一つの傘を仲良く使って家に向けて歩き出す。

 折り畳み傘ということもありサイズは小さいこともあり、お互いに雨に濡れないようにと、俺達の距離は肩と肩がぶつかるくらいに近かった。

 そんな風だから、俺は雪菜に冗談めいた感じで軽口を叩いてしまう。


「本当に恋人みたいだな」

「……気持ち悪いこと言わないでよ」

「だな。雪菜なんかと付き合うのはちょっとだし」

「それはそれでムカつくんだけど」


 確かに、雪菜は普通に綺麗で可愛い。

 それは俺もしっかりと認めているのだが……。

 ただやっぱり、幼少期を一緒に過ごす機会が多かったというのは影響が大きい。

 

「そりゃ、今日みたいに俺の傘を奪おうとしてくる。綺麗で可愛いからって俺を小馬鹿にしても許されるだろうみたいな振舞い。今になっては暴力的じゃないが、昔は気に食わないことがあるとすぐに手を出してきたしな」

「……そこら辺に関しては悪いと思ってるけどさ。そっちこそ、私に文句を言える立場なの? 色んなイタズラを私に仕掛けてきたでしょうに」

「……まあ、それもそうだな」


 ちょっと辛気臭い雰囲気になる中、マフラーで口元が隠れている雪菜はボソッとした声で俺に聞いてくる。


「そろそろクリスマスだけど、晴斗は好きな人っていないわけ?」

「先月、好きな人には告白してフラれてるからなぁ……。で、綺麗にフラれて踏ん切りも着いたのか特に未練もなくてな……」

「簡潔に」

「あー、今は好きな人はいない」

「ふーん。じゃ、遠慮しなくていっか」


 ぞわっとした悪寒が俺の背筋に走った。

 嫌な予感がしてならない。

 気のせいだと信じたかったが、それはモノの見事に打ち砕かれた。


「偽とはいえ、晴斗の彼女なんだしクリスマスプレゼントは期待してるからね」

「いや、もう俺の彼女の振りは終わりでいい。というわけで、クリスマスプレゼントはやらないぞ」

「ふーん。そういえば、山岸さんから連絡来たんだよね。恋人になったんだって、おめでとう! って」

「……ん?」

「で、彼女の振りはもう終わりでいいんだっけ?」


 ここで、終わりでと言ったらどうなるかは容易に想像できる。

 雪菜は即座に山岸さんに対して『あいつが煩いから彼女の振りをしてあげただけ』と返事をするに違いない。

 で、俺が幼馴染に彼女の振りを頼んだお調子者だと、山岸さんが周りに言いふらす可能性も無きにしも非ずなわけで……。


「もうちょっとだけ彼女の振りをお願いします」


 幼馴染に彼女の振りを頼んだのが間違いだったようだ。

 傘を半分貸したり、プレゼントやらをねだられたりする羽目になるとはな……。

 こうして、偽の彼女にいい様に扱われる俺の生活は始まるのであった。

 

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