Amayadori
ノーネーム
第1話 雨の道を這ってる蜥蜴みたいに
雨の停留所。目的地へのバスが来るまで、私はここで雨宿りをしている。
土砂降りの雨が止む様相は今のところ見えない。
「ふぅ…」
そこへ、ひとりの男性が、雫を滴らせながらやって来た。
男性は露を払うと、
「すいません。隣、いいですか」
と私に聞いた。
「あっ、構いませんよ。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
男性は、少し間を置いて私の隣に座った。
…しばし、二人、停留所で過ごすことになりそうだ。
「俺、旅をしてるんですよ」
唐突に、男性が話し始めた。
「旅…ですか?」
「ええ。こう見えても俺、まだ19でして。」
「そうなんですか? 学生さん…かな?」
「いえ、なーんもしてない人です」
「へぇー。実は私も、似たようなものです。」
「?」
「休職中で。復帰の目途が立ってなくて。
今日も街に買い物に行くだけで終わりそうです。」
「いいじゃないですか。一日中寝て終わるより。」
「はは、本当は寝てたいんですけどね。」
初対面だからこそ、気兼ねなく話せる、ということもあるものだ。
「今日は、街にもあまり人がいないでしょうね。」
「と、思いますよ。気楽でいいですけどね。」
「失礼ですけど、なぜ旅に?」
「すべてから逃げたかったから、かな。自分をやめようと思って。そんなことできっこないんですけどね。」
「自分をやめたくなる…か。」
「なんかすんません、いきなり暗い話してしまって。」
「いえ、私も。」
私は懐から、薬の入った瓶を取り出す。
「はは、今日は快晴で海がきれいっていうから。でも、こんな雨。
天気予報じゃ言ってなかったのになぁ。」
「あれ、海って、舟見の海ですか?」
「あっはい、そうです。」
「俺も同じこと考えてました。最初から、船見を旅の終着点に決めてたんです。」
「そうなんだ。」
「昔、一度だけ親父とガキの頃に来て。あそこの海をやたらよく覚えてて。でも…」
「「「雨。」」
口が揃う。
「はは。こんなことで躊躇うなんて。
ほんとは私、人生終わらせるつもりなんてないのかな。」
「実は俺も今、この雨で傘がないことの方が気になってます。」
「なんかそれ、聞いたことありますね。」
「ですよね。」
なんだかこの青年とは話が弾む。
その時、向こうからバスがやって来た。
「お、来ましたね。」
「そうですね。」
「なんだか、旅を始めて初めて、胸の内を言えた気がします。」
「私も初対面なのに。なんでかな」
バスの扉が開く。私は提案する。
「なんか食べ、行く?」
「じゃ、中華で。」
俄かに柔らかくなった雨の中、バスは私たちを乗せ、街へと走り出した。
Amayadori ノーネーム @noname1616
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