第12話 体は子供、中身も子供

 八歳を過ぎても、ひたすら経験値稼ぎの日々が続く。孫の人こと烈栄殿(化身持ちの招かれ人は様じゃなくていいらしい)の取り巻きも全員跳狼持ちになった。

 侠剣殿よりだいぶ遅れたのは、最初の化身が縁野干だからだろう。太守一門なのと親父様のパワーレベリングは相殺でいいと思う。


 利爪は紅ヤンマと比べてしまうと戦闘力はかなり落ちる。子供は全員介添えをしてやると約束して、蒼班猫には吼猫を獲るように言う。

 隠猫を獲るのが面倒臭いからじゃない。

 十六になった鋼棘にも吼猫を獲らせた。リポップするしあまり獲るものがいないとはいえ、ガナリガモは災難である。


 懸河一門の食堂では、深層の野菜もたっぷり入ったガナリガモのつみれ入りスイトンが、いつでも食べられる。江戸時代に鴨鍋無料みたなものじゃなかろうか。

 太守一門との繋がりが太くなったせいで、用も無いのにやって来る者が増えた。

 食材を卸しに食堂に行くと、知らない女によく挨拶される。


「若様、お邪魔しております」

「ごゆっくりどうぞ」


 女が立って配膳口に行く。


「若様からお許しが出たので、もう一杯頂戴」


 誰だよお前。あ、いかん、うっかり女にお前って言ったら一生面倒見させられる。

 前世の癖はなかなか抜けない。


 二身格の魔獣を二人で獲れるようになって、鎧と武器が増える。化身持ちには武器があればいいので、最初の化身獲りに二身格の鎧が渡せるようになった。

 革鎧は他人が使った物を着けると、使用者に触られている感覚があるので、基本は下賜になる。二身格の下賜なんて太守一門でも佐官以上じゃないとない。

 

 十三歳になった猟蜂が、坊ちゃま関係者で自分だけ生身だとアピールしてくる。背追い役なんて役職はないが。

 親父様ですら十二歳だったのだ。二身格装備なら、吼猫にいくら噛まれても平気なので、身の程を教えるために背負って行ってやる。


 武器はジャマダハル二刀流。こっそり逃げようとする吼猫の耳の穴を撃つ。鼓膜が破れたって走って逃げるだろうと思ったのに、猫はよろけた。三半規管やられたのか?

 飛び掛かって首を突いて切り上げると、血が噴出した。頚動脈いったな。的中恐るべし。

 倒れてじたばたしていたが、喉に闘気弾を受けて動かなくなった。

 琥珀色の玉が出ると、猟蜂が動かなくなる。

 

「こ、これの、化身玉!」


 はいはい、洗いますよ。現出ですね。

 なんでだろう、化身の顔がちょっと子猫っぽい。育ちきってない感じ。体は普通に十代後半。

 異様に早く終わったので、沢山果物を採って帰る。


「どう言う事だ」


 なんで親父様怒ってるんだろう。ボク悪くないです。ちなみに僕は王家に仕える者だけ。


「三半規管と言いまして、体の均衡を司っているものがあるんです。耳の奥に。それに当たってまともに動けなくなったようです」

「どこにあるのだ」

「獣だと耳の穴よりちょっと下の奥なんですが。穴に当たってもそこまでいかないはずだったと思います」

「しかし、当たったのだな。猟蜂、何をした」

「少しでも奥に入るように斜め下を狙いました」

「狙ったって、猫の耳は普通前向いていますよね。撃つのに溜め作ったのに気付いて耳だけがこっち向いたとか、ほんとに偶然じゃないと起きない事のはずです」

「そうか。余程の幸運があった、と言う事だな」

「はい」


 運が良かっただけ、で終わらせようとしたのに、鋼棘が食い付いて来る。


「その、なんとかは、外からだとどの辺りあるのでしょう」

「耳の付け根の奥くらいか。少しだけ下か」

「絶叫を横から撃ったのではだめでしょうか」

「やってみないと判らないが、絶叫じゃどうだろう。刺突入りなら兎も角、孤狼は毛も厚いから」

「やらせてみてはどうか。危なければそなたが討ってしまえばよいだけだ」


 親父様としても少しでも楽な採り方が見付かればいいのだけど、帰って来た時のあれは、今までの苦労はなんだったんだ的な。

 条件がまったく違うとはいえ、十五枡が傑物と一歳しか違わずに化身持ちじゃ、お気持ちは判りますけどね。


 絶叫は面なので当て易いだけで威力は無いので、的中があるから闘気弾で狙うことになった。武器は刺突と射撃に適した細身の槍。

 背負って縁まで行って、再確認する。


「向こうの攻撃が掠りでもしたら助太刀に入るぞ。今日獲る必要はないからな」

「心得ております」


 貴凰が見つけて指を差し、横に動く。吾も反対に離れる。

 走りこんだ鋼棘に威圧の咆哮を放とうと開けた口に、絶叫が先に当たる。動きが止まった孤狼の横に回り、闘気弾で左目を一撃。

 いやがって顔を背ける。

 完全に横に回り込んで、耳の下を撃つとよろけた。脇の下を直接刺すが、浅い。


 噛もうとして首を曲げた顔に絶叫を浴びせて離れ、再び左目を撃つ。当たっているのだけど、眼底までは届いていないようだ。

 やけくその絶叫を浴びせて、直接目を突いた。突くと言うより槍を構えて体当たり。

 後ずさりして尻持ちをつき、横倒しになって痙攣している孤狼の頭に、動かなくなるまで闘気弾を撃った。


「勝った……」

「胸を切り開いて」

「はい」


 採集もせずに帰って親父様に報告。


「どうであった」

「獲れましたが、的中と絶叫なら、絶叫で牽制して目を狙った方が確実です。一回耳の下に当たってよろけたのですが、その後の動きは普通でした」

「猟蜂は、たまたまの幸運か」

「そうですね。翡翠と同じです」


 それで終わればよかったのだけど、高志くんと化身獲りに行くと幸運に恵まれるなどと意味不明の噂が立った。


 一門のローティーンがそわそわし始めたので、介添えの化身獲りは十五歳からと決めた。猟蜂は背追い役だったから特別。

 翡翠が太守一門に刺突持ち十五歳がいると言ってきた。お前はどっちの味方だ。や、お前じゃない。そち。うぬでもいいか。

 刺突絶叫持ちが増えれば対下り物の安全性が高まるので、引き受けないわけにも行かない。


 当然女の子なんだけど、ハニトラ要員とは思えない地味な子がやって来た。Bカップか。武人としては小柄。

 両親は蹴狼と蹴猫なんだけど十五枡。名前は亨隼きょうしゅん。種類じゃなくて小さい鷹が隼。

 

「確認したいが吼猫でいいのかな。与力組の刺突持ちで大狐獲った者は、仕留め役として活躍している」

「はい、自らの心よりの願いです。懸河の若様にはお判りになると伺いました」


 本心ではあるんだけど、生まれ付き主役には向いてないから、名脇役を目指そうって感じなんだよね。だけど、本人の希望を無視するのも違うだろう。


「判った。では、行こうか」


 武器と鎧は一身半格の物を用意して来ていた。霊気量も低いわけではなく、質は問題ない。

 吼猫は見付かっていないつもりでこっそり逃げようとするので、先手で闘気弾を撃てる。刺突入りの闘気弾は、一発で百キロ程の豹顔の猫を転げさせた。

 何発か撃てば終わるのだけど、走り寄って頭を一突き。そっちの方が早いよね。


「どうする。孤狼探すか。獲れると思うよ」

「は?」

「武器を二つ持ってなければ、予備のをあげる」

「はい?」

「一旦収納して転身してから出せるけど、生身と化身両方持ってた方がいい。化身がふえたら全部に持たせる」

「あの、これから孤狼狩り、ですか」

「うん」


 突きでも手持ちのより威力がある二身格の長葉槍を渡して、生身に戻らせたところで貴凰に肩を叩かれる。

 

「あのな、一度戻るぞ」

「なんで」

「兄者人に怒られるぞ。この者はお前や此の方とは霊力が違う。獲れるとしても一日に二匹化身狩りした者などおらん。どうなるか判らんぞ」

「ああ、そうか」


 たまに、ゲームやってるみたいな感覚になるな。一人で来てたらやばかったな。

 帰って貴凰が孤狼を獲らせようとしたのをきっちり報告したので、もの凄く怒られた。


 亨隼を十日休ませてから、もう一度挑戦させる。五日目にはなんともないから行っても良いと言い出したんだけど、流石にこっちが連れて行けない。

 その間に二身格の羚羊を獲って、刺突用の槍を用意した。


 万全の体制で挑んだ孤狼戦は、絶叫を顔面に浴びせてから、無理に目を狙わず眉間へ闘気弾の一撃、左目を狙った突きは首を振って避けられたが、横に回り側頭部に突き。

 崩れ落ちた後もう一度側頭部に突き。離れて闘気弾を頭に三発撃って終わった。

 どことなく大人しい、犬っぽい化身が現われる。


「まさか、二十歳前に双身持ちになれるとは」


 なんだか凄く懐かれてる。感謝じゃなくて懐かれたの初めてだな。


「双身持ちは、閨に入れて頂けると伺いました」


 誰が言ったんだよ。


 帰って報告すると、刺突が強力なのではなく、吾の存在が大きいと言われたのだが。

 二身格の武器防具を半身獲りに渡すことはなかった。ご大父様はお袋様に三身格を獲って来てくれたんだけどね。

 霊気の消費がないように、背負って深層まで連れて行く者もいなかった。


 他家では隠猫は獲れないが、吼猫は獲れている。刺突吼猫の組み合わせは吾の死後も続けられるはず。

 介添えは隠猫を獲れなくとも、隠行を望む者が増えればなんとかなるんじゃないだろうか。

 吾と貴凰がいる今はボーナスステージなのは確かだけど、死んでも元に戻りはしないと思う。

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