第3話 『親切な泉の精霊』

 泉の精霊がいるという森の中でひとりの木こりが斧で木を切っていました。木こりは勢い余って斧を手から放してしまい泉に落としてしまいました。


「おお、なんということだ。これでは仕事ができないではないか」


 頭を抱え大仰に木こりが嘆いていると、斧を投げ入れた泉から光が溢れ中から精霊が現れました。精霊は手に金色の斧と銀色の斧、そして頭には木こりが投げ入れてしまった斧が突き刺さっていました。


「あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」


 精霊は言います。精霊は頭から血を流していても笑顔でいました。木こりにはその表情が本当に笑っているのか、怒っているのかわかりません。


「わ、私が落とした斧は……」


 木こりはこの泉の精霊の逸話を知っていました。なので正直に話せば金と銀の斧が手に入ることはもちろん知っています。しかし、精霊の頭に刺さった斧を見て正直に言うのが躊躇われます。


「私が落とした斧は金と銀でございます」


 そう木こりが応えると泉の精霊は顔をしかめ、


「あなたは嘘吐きの卑怯者です。なぜ、あなたのような者が平然と生きているのでしょう。恥を知りなさい。恥を。そして死になさい」


 と口汚く罵り両手の斧を抱えて泉の中に消えていきました。


 木こりは仕事道具を失ったうえ、千載一遇の機会を逃し、あまつさえ暴言を吐かれてしまい、ほとほとに疲れた様子でした。木こりは泣きながら家に帰りました。


 そして別の日、とある若者は亡き妻の死体を抱えて泉を訪れました。逸話の話を知ってのことでしょうか。その若者は妻を泉に投げ入れ満足したような顔を浮かべています。まるで憑き物が取れたかのような表情です。


 そして泉の底から光が溢れ出し、例の精霊が姿を現しました。


「あなたが落としたのはこの金の妻ですか? それとも銀の妻ですか?」


 泉の精霊は妻の亡骸を抱え、両脇にメタリックな輝きを放つ彼の妻を召喚させていました。どちらも仁王立ちで羅刹のような顔を浮かべています。


「おお、なんということだ!」


 若者は頭を抱えて叫びました。


「私は殺した妻の遺体を隠すために泉に来たのです! こんなことはあんまりではないですか! しかも二人!」


 若者がそう嘆く中、泉の精霊の両脇に立っていたメタリックな彼の妻二人は彼に罵詈雑言を浴びせながら囲んでボコボコに殴り始めました。


 泉の精霊は居た堪れなくなり、彼の妻の遺体をそっと置いておくとそのままメタリックな彼の妻を残して泉に帰っていくのでした。

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