営業という仕事

山田貴文

営業という仕事

「お願いしますよ。社内手続きに見積書がいるんです」


「あっ、料金は前回と同じです」


「いや、御社の社印と今月の日付が入った見積書が必要です」


今どき社印かよ。どれだけ時代遅れなんだ。


「ではファイルで、PDFでいいですか?メールで送りますけど」


「申し訳ないです。うちは社内手続きに紙の見積書が必要なんです」


本当にめんどくさい客だぜ。


私はとあるメーカーの営業マン。大型機械を販売している。ある分野において、我が社は性能と価格の安さで他の追随を許さない。今、電話をかけてきた顧客はそのビッグユーザーだ。今年はちょうど新しいモデルへ更新の時期にきている。このタイミングで担当営業になった私は運がいい。大きな売上が見込めるので、ありがたい限りだ。


顧客の担当者は最近着任したばかりで、この機械にまだ詳しくない。だから私にあれやこれやとたびたび問い合わせしてきて、迷惑この上ない。取引先の営業をパパかママだと勘違いしているのではないか。


結局、私が社印つきの見積書を担当者に送るまで、5回の催促を受けた。怒ったり、泣き落としにかかったり。でも、私が焦ることはなかった。この機械がないと、顧客は何もできないのだ。


正確に言えば、ライバル会社も同種の機能を持つ機械を提供できる。だが、価格が高い。我が社は機械の最重要部分に自社で特許を取った技術を使っているので、とても安価に製造できる。他社は真似したくても不可能だ。


「私を含め、何名も機械に不慣れな者がいます。なんとか操作の勉強会をお願いできませんか?」


担当者はすがりつくような声を出した。


「まわりに経験者の方がいらっしゃると思いますが」


「みんな忙しすぎて、私たちに教える時間が取れないのですよ」


「マニュアルもわかりやすく書いてありますし」


「読んではいるのですよ。ただ、理解が十分か不安で」


「有料ですが、研修コースもありますよ。しばらく予定ないみたいですが、見つけたらお知らせします」


勉強会の依頼について私はのらりくらりと担当者の依頼をかわし、結局やらずじまいだった。馬鹿馬鹿しい。使わざるを得ないのだ。自分でがんばってもらおう。


「おい、クレームがきているぞ」


ある日、私は上司から注意を受けた。


「あの担当者め」


「逆ギレするやつがあるか。メールの返事は遅いし、電話折り返すと言ってしなかったりしたそうじゃないか」


「それはすみません」


「最近、他社の営業がよく来ているそうだぞ」


「たぶん、あそこですね。大丈夫ですよ。あのお客はうちの機械を買わざるを得ないのですから」


他社の何とも風采が上がらない営業の顔を思い浮かべた。せいぜいがんばってくれ。どうやったって他社の機械で採算が取れるはずはない。それなのに我が社へ文句を言ってくるなんて。私は真剣に腹を立てた。


その日以来、私は意識的にあの担当者を無視したり、連絡を後まわしにするようになった。うちの機械がないと何もできないくせに。


「そういうわけで、今回は御社の機械導入を見送ることになりました」


目の前が真っ暗になった。


上司と二人で取引先に呼ばれ、いきなりそう通告された。目の前にはあの担当者とその上役がいる。聞いてみると、やはり出入りしていたライバル会社の機械を採用するらしい。確かに機能は何とかなるとしても、そんなことが。


「弊社の製品の方が、かなり安価なはずですが」


「それはその通りです」


私が何とか口から言葉を絞り出すと、担当者は能面のような表情で応えた。


「ただ、いくら値段が高かろうが、自分の財布から出るわけじゃありません。そんなものはどうにでもなります」


「えっ?」


「他の製品やサービスと一緒に購入して全体で値段を抑えるとか、方法はいくらでもあります。要は会社を納得させる理由があればいいのです」


「・・・・・・」


担当者の上役が口を開いた。


「私たちは御社の機械だけを購入しているわけではありません。自分の会社だけではできない仕事を手伝ってもらうために御社とお付き合いをしているのです」


「と、言いますと」


放心状態になっていた私の上司が、かろうじて言葉を発した。この巨額取引を落としたら、上司と私は会社からどんな扱いを受けても文句が言えない。


「その中には見積書の提出や勉強会の開催も含まれます。ないと仕事が先に進まないのです。それだけではありません。メールの返事や電話の折り返しを早くもらわないと、私たちの業務はそこで止まってしまいます」


担当者の声には感情がこもっていなかった。この状態から何とか挽回できるだろうか?私は必死に答えを探したが、何も出てこなかった。逆に頭の中で、絶望という文字がだんだん濃くなってくる。


「私たちは仕事さえ円滑に流れれば、どこから何を買おうが関係ありません」


担当者が低い声で言った。


「あの会社の営業は親身になって、私たちの仕事を前に進めてくれました。それに比べて、あなたは」


彼はまるで石でも見るような目をして私を見た。

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