時空の勇者は魔王を討伐した後、王国を滅します。

人類無敵

プロローグ

プロローグ1 初代勇者の生まれ変わり

 この世界は、人以外に様々な種族が存在する。

 獣人、鬼人、魚人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、名を出せば数多くいるため幻の種族だって、伝説の種族だっているわけだ。


 世界の南に位置するレグシップ国の片田舎の騎士爵家に生まれた俺、ユニス=ド=アーガネス14歳は今日この日を待ち望んでいた。


「ユニス、今日は成人の儀よ、きちんと盛装しないとね」

「もう、母さんそろそろもういいよ、どのジャボ(ネクタイ)だって変わらないよ」

「こら動かない、もうあなたのお世話をするのも最後になるかもしれないんだから」

 切なさそうに表情で母、アナリヤはユニスの首のジャボ(ネクタイ)を整えた。

「大袈裟だよ!」

「だって母さん、ユニスちゃんがこんなに立派に育ってうれしくて……」


 母アナリヤは涙を零していた。


「ああ、もう母さん泣かないでよ。ミリヤも何とか言ってよ」


 ミリヤという女性は、ユニスの2つ下の妹だ。

 生まれつき体が弱く、日中は車椅子で生活している。

 だが、誰よりも明るく、世話好きな所がある。愛らしい妹だ。


「お兄様がまたお母様を泣かせました!」

「ああ、もう!なんでだよ!」


 これは、俺たちアーガネス家の日常だ。

 世界には魔王なんて言う恐ろしい存在がいるがここ、南の国レグシップは、他の国に囲まれているので、魔族領とは隣接していないのだ。

 だからこそ、14歳まで平和に過ごせた。

 

 すると、廊下の方からドカドカと足音を立て、俺の部屋のドアを豪快に開けた。

 その男は、森から現れたゴリラかと思うぐらいの筋肉質で、腰には立派な剣を下げていた。

 父ドラグだ。


「そろそろ、教会に行くぞー、って何をしてるのだ?」

「お兄様がまたお母様を泣かせたのです!」

「何だと!こら!ユニス!女性には優しく接しろとあれ程言っただろうが!」


 父ドラグはユニスの頭に拳骨を下した。


「いってぇー!!何でー!」


 俺が殴られたことにより、母アナリヤは父ドラグをキッと睨み、俺に抱きついた。


「ちょっとドラグ!私の可愛いユニスちゃんに何やってるの!」

「え!?それはユニスがお前を……」

「だからって殴ることないじゃない!そこに直りなさい!」

「はいー!」


 そうこれが俺の家族だ。

 いつも騒がしく、使用人も笑い、賑やかな場所だ。

 このいつもの光景に、俺は内心幸せを感じていた。


「ご主人様、そろそろお時間ですぞ」


 父の後ろに仕えていたご老人は、長年、アーガネス家を支えてきた筆頭執事のセバスだ。


「そうだった、ユニス準備ができたなら行くぞ。アナリーもそろそろユニスから離れなさい」

「えー嫌だ嫌だ、私もユニスちゃんと行くー」


 母は俺から離れるそうにない、父は母を溺愛している。そして母は俺に溺愛している。

 父は時折俺に嫉妬している。

 息子に嫉妬しないでほしい、それで訓練とか厳しくなるのは辞めてほしい。

 母は使用人達に無理やり剥がされ、俺は父ドラグと共に、成人の儀のため教会に向かった。



 教会は王都にしかないので、実家から約三時間かけたどり着いた。

 馬車で移動したためお尻がジンジンするが、それを忘れさせるほど王都は多くの人で盛り上がっていた。

 実家の方にはない、屋台や宝石店、武器店、目が踊ってしまう程の人の数。


「おい、ユニス離れるなよ」

「あ、うん」


 教会に一直線に向かう父ドラグの後を着いていくのがやっとで、あまりじっくりと屋台を見る余裕がなかった。


「成人の儀が終われば、好きなだけ観光できるのだ、それまで我慢しなさい」


 見透かされてしまった。

 何年ぶりの王都で緊張と期待が大きく出てしまった。

 落ち着かなければ、本日は成人の儀だ。


 成人の儀とは、14歳の年になった貴族達が王都の大聖堂に行き、女神からスキルを与えられる。

 貴族にとっては重大な儀式である。

 平民に関しては、近場の教会に行くことが多いが、そこではスキルを与えられない。

 ちなみに、スキルは後天的に得ることは出来るが、女神からもらうスキル、これをギフトと呼ぶ。

 このギフトは後天的に得るスキルとは別格の物だ。

 上級ランクの物になると、すべての魔法を扱える魔導王、また、一振りで岩を微塵にしてしまう剣聖などがある。

 このギフトのランクにより、貴族としての存続や陞爵が約束されることもある。

 それ程大切なことなのだ。


「父さんは、当時、貴族ではなかったから女神様からギフトをもらったことはないが、ユニスならきっといいギフトを頂けるはずだ」

「うん、でも、普通でいいよ。あまり目立ち過ぎるのも肩身が狭くなっちゃうからね」


 うちは、一代で騎士爵に上り詰めた家系だ。

 騎士だった父さんの功績を称えられ、国王様から騎士爵の位を頂いた。

 でも、正直騎士爵は、貴族世界の中では、少し金がある平民のようなものだ。

 だから、そこであまり目立ち過ぎると本物の貴族様に目を付けられてしまう。

 今の平和を望むなら、女神様どうか俺には普通のギフトを与えてください。


「さて、着いたぞ」


 大聖堂は、王都の西にあり、北に聳え立つのは王城だ。


「デカいね」

「ああ、いつ見ても立派なものだ。この大聖堂は、王城ができるずっと前からあるらしい。歴史と伝統があるものだ。だから、大聖堂にある物には触るなよ」

「触らないよ。俺を何だと思ってんのさ」


 周りには、俺と同じで14の歳の貴族たちだろうか、派手な格好を着飾っている。

 父ドラグと共に、大聖堂の正門に入る。

 父が受付で手続きをしている間、俺は、大聖堂の中を見渡していた。

 高そうな美術品や、壺が飾られており、全てレンガで建てられているのか、昔ながらの匂いを醸し出していた。


 女神様からのギフトは、一人一人祭壇に上がり、祈りをすることでギフトを与えられる。

 近くには、鑑定スキルを持っている聖職者がいるため、その場でスキルを発表される。

 既に、成人の儀は始まっており、皆ほとんどが中級スキルを与えられていた。

 俺も貰うなら中級!一番欲しいのは、中級ランク『豊穣』!

 これがあれば村の稲や野菜が季節を関係なく、ぐんぐん成長する。

 このスキルがあれば、将来困ることはない!


 そんな風に俺が想像している時に、祭壇の方が騒がしくなっていた。


「公爵家ソーレイ=マットレイ 上級スキル 賢者!」


 賢者といったら、大昔に勇者パーティの仲間として活躍した方以来じゃないか!

 賢者のスキルは、あらゆる事柄の知識を持っており、魔法理解度も高く後天的に、スキルをどんどん会得していく者だ。

 賢者のスキルの熟練度が高くなれば、大賢者の称号を得ることだって可能だ。


 賢者のスキルを得たソーレイ=マットレイは、さも当たり前のような反応だった。

 彼自身きっと知識が高いのだろう。ドンと構えた姿勢は、公爵家ゆえのものか。

 近くに座っていた教皇が拍手をしていた。

 それに釣られ、周りの聖職者や貴族たちは拍手喝采だった。


「次、ユニス=ド=アーガネス、こちらに!」


 まさかの俺かよ。 

 賢者の後に出るのは少し緊張するな。

 俺が前に出るが、周りの貴族たちは公爵家のソーレイに夢中だった。

 ソーレイの周りには人が集まり、俺の周りには聖職者の方と父さんだけだった。


「ユニス!ほら祈りなさい!」

「うん」


 どうか女神様普通の、中級スキルでお願いします。

 膝をつき女神の象に祈りを捧げた。

 すると、女神像から光が差し、俺の体の周りに光が纏わりついた。

 俺の魔力と女神様が繋がれているような、こういう感覚なのか。

 少し心地いいかも、まるで、春先で青芝生に寝ころび、木の中に住むリスと共にうたた寝をするような気持ち。

 すると、微かに女性の声が聞こえた。


『ユニス……お主が初代勇者の生まれ変わりかのう』


 初代勇者?何のことだ?


『ならば、彼と同じギフトを其方に渡そう。また魔王を討ち取るのだぞ』


 同じギフト?魔王?なんの話をしているんだ?女神様なのか?眩しすぎて形しかわからない。


「女神様!僕は普通のスキルでお願いします!」


 俺の声が届くころには女神様の姿はなかった。

 そして俺を包み込んでいた光は徐々に薄れ、消えていった。

 ギフトは貰えたのかな?

 何か女神様変なこと言ってたけど、大丈夫だよね。

 無事儀式が終わると、鑑定に移った。


「では、鑑定」


 どうか中級スキルでありますように、流石に賢者の後だから、上級とかはないでしょう。


「こ、これは!」


 鑑定を行った聖職者は驚いたのか尻もちをついた。


「教皇様!教皇様!」


 聖職者は、腰を抜かし平静を失っていた。


「何だ?騒々しい。はやくその者のスキルを発せよ」


 そうだよ、早く教えてよ。でもこの驚きようだとロクでもないスキルを与えられたとか?もしかして、危険人物になるような!

 固唾を呑み込み、発表を待った。


「騎士爵家!ユニス=ド=アーガネス!最上級スキル 時間操作クロノス!!そして称号勇者!!」


 え、最上級スキル!?ってそれよりも称号が勇者!?

 俺は、状況の理解に追いつけず固まってしまう。

 また周りの貴族連中も俺と同様に固まっていた。

 最上級スキル 時間操作クロノスとは、生物以外の物の時間を操作できるという初代勇者が授かっていたギフトだ。

 使いようによっては、相手の武装を経年劣化で破壊させたり、素材に戻すことができるし、装備以外にも相手の魔法を打つ消すことだって可能だ。

 称号 勇者は、戦闘時に全能力が100%上昇するという恩恵がある。


 教皇様は俺の方にゆっくりと近づき、鑑定者に確認をした。


「本当にこのものが、クロノスを授かり、称号が勇者なのか?」

「はい、神に誓って」

「そうか、とうとう、とうとう、わが国で勇者が現れたのだな。それも初代勇者様と同じスキルを持つものと」

「え?初代勇者?」


 そういえばさっき女神様がそのようなことを言ってた気がする。

 初代勇者の生まれ変わりとか魔王がなんとかと。

 

 すると、先ほどまで固まっていた貴族たちは次々に膝まづいた。


「勇者様だ」

「まさか勇者の誕生を目撃できるなんて」

「おお、彼が勇者様なのか」


 先ほどまで賢者に群がっていた者まで俺に膝まづいた。


「父さん、これは」


 助けを求めるように、父の方に目を向けると、父は何故か涙で上を向いてた。


「まさか、俺の息子が勇者なんて、おお女神よ。何ということだ。これで我アーガネス家は確実に、公爵に陞爵する」


 この人は何を言ってるんだ?このままじゃ収拾がつかなくなってしまう。

 まさか成人の儀で、俺が勇者になってしまうなんてこんなことあっていいものか。

 母さんに言ったら確実に泣いちゃうよな。


「父さんほらいくよ」


 俺は、父ドラグを連れてその場を早々に退散することにした。

 後ろから教皇様の声がしたような気がしたが、きっと気のせいだろうと思い込むことにした。


 成人の儀であんなことになってしまったが、午後は王都を観光することにした。

 気持ちを切り替えて、王都の観光を楽しもうと思う。

 そう思っていたが、俺と父は王城の兵士たちに連れられて、王様のいる謁見の間に向かうことになった。


「おい、ユニス変なことを言うなよ。帰りたいとか勇者やりたくないですとか」

「ダメなの?」

「当たり前だ!」


 父の拳骨が俺の脳天に直撃した。


「いってぇー!もう、母さんがいないからっていきなり殴って」

「母さんは今関係ないだろう!いいかユニス!お前は女神様から選ばれた存在なんだ。選ばれた以上勇者として、責務を全うしなければならない」


 それは何となくわかっている。

 今から王様に会うけれど、魔王を倒しに行けって言われるのが目に見える。

 家に帰って、妹を連れて近くの湖で魚釣りでもしていたい。

 不安そうな顔をしている俺に父ドラグは優しく肩に手を置く。


「まぁ、もしユニスが本気で勇者をやりたくないというのなら、その時は、家族全員で遠くの国にでも行くか、そこで畑でも耕して生活すればいい」

「え?でも、そんなことしたら騎士爵の地位が……」

「そんな物はどうでもいい。お前がどういう事をしたいのかが重要だ、それに……」

「それに?」

「それに、もしお前に何かがあれば、母さんが倒れてしまうだろう?」

「何だよそれが本音かよ」

「バレたか?ガッハッハッハッハッハー!」


 父さんのおかげ少し緊張の糸が切れた気がする。

 父さんはいつも俺に厳しいけど、誰よりも家族思いで俺が本気で嫌がればきっと許してくれるし一緒に責任を背負ってくれる。

 そんな父さんに甘えていてもいいのだろうか?

 俺はアーガネス家の跡取りだ、父さんが積み上げてきた実績を俺のわがままでドブに捨てるわけにはいけない。

 覚悟を決めろ、ユニス=ド=アーガネス。

 魔王を討ち取り平和な世界に、俺の家族や住民が笑って過ごせる世界にするために俺は、勇者になるべきだ。


「父さんありがとう、でも覚悟は決まった。俺、父さんに負けないぐらい強くなって、魔王を倒すよ!」

「おお、それでこそ、俺の息子だ!」


 頭をガシガシと撫でられた。

 父さんは、この大きく傷だらけの手で俺達家族を守ってきたんだ。

 次は俺の番だ。


 そして、俺は王様の勅命で仲間たちを連れて魔王討伐の冒険に出立した。



6年後



「ああ、ユニスちゃん見ない間にこんな大きくなって」

「お母様ずるいのです、私にもお兄様を譲ってください」

「こらこら、ユニスが困っているだろう」


 俺は、6年の冒険を経て、とうとう、魔王城に侵入することになり、最後、家族に会うため一度実家に戻ったのだ。


「でも、ユニスちゃん今まで以上に危険な所に行くのでしょう、私心配で心配で」

 心配する母に父は寄り添った。

「ユニスは勇者として成長したのだ、今の俺じゃ相手にもならないだろう、だから、そう心配するな」

「そうだよ!母さん、パパっと行って魔王なんて一瞬で倒してみせるからさ」


 俺は、母の心配を解こうと強気なことを言ったが、内心かなり不安だ。

 きっと今まで以上に死闘を繰り返す事になる。

 そのためにこの数年間、スキルを磨き、迷宮ダンジョン、塔のダンジョン、魔族領での修行をしてきたんだ。

 能力パラメータも限界値まで突破できた、もうやるべきことはして来た。

抜かりはないはず。

 内心不安を抱えた俺に、車椅子をこぎ妹が近づいた。


「お兄様、これを」


 車椅子の妹は、丹精込めて作られた厄除けのお守りを差し出した。


「おいおい、もうこれで何個目だよー」


 6年前から実家に帰るたび妹が作ってくれた。

 冒険の最中、このお守りが心の支えになっていた。

 ミリヤには感謝している。


「私には、これぐらいしかできませんので……」


 ミリヤの表情は暗くなり、遠い目をしていた。

 妹ミリヤは生まれた時から車椅子生活で誰かに支えられながら生活している。

 自分の存在がアーガネス家の汚点だと思っているのだろう。

 その上、成人の儀の際に、ミリヤがいただいたギフトは、中級スキル『瞬速』移動速度が速くなるスキルだ。

 足の弱いミリヤにとっては、何の役にも立たないスキルだった。


 俺は、膝をつき、車椅子に座るミリヤの目線に合わせた。


「お兄様?」

「ミリヤ……無事魔王を倒したら、またお兄ちゃんと釣りにいこう。それと東のシューリング共和国にでも行って美味しいもん食って、王都を観光しよう」

「はい」

「俺はな、ミリヤと一緒に遊んだり、飯食ったり、ミリヤの車椅子を押しながら、散歩するのが好きなんだ」

「……はい」

「それと今まで大けがせずにやってこれたのも、ミリヤのお守りのおかげなんだから」

「……」

「お前は、俺のかけがえのない妹だ」


 ミリヤの瞳から涙が溢れた。

 ミリヤの立場による肩身の狭さ、自分の不甲斐なさ、女神に救われなかった事、それらの心にこびり付いた不の感情を、ミリヤは涙と共に流した。

 ミリヤは涙を零しながらも、俺に笑顔を見せてくれた


「はい、私はお兄様の妹です!」


 必ずこの笑顔だけは守って見せる。

 俺を心配する母のため、俺に期待してくれる父のため、俺の心を支えてくれる妹のため、そして人類の勇者として国民のため。


「おーい、ユニスそろそろ行くぞー!」


 仲間の騎士ダンケンが馬車に寄りかかり俺を呼ぶ。


「今行く」


 俺の仲間は、前衛を騎士ダンケイ、後衛を僧侶ミレイユ、中衛に、魔導士ジュピター、そして賢者ソーレイだ。

 賢者ソーレイはあの日、同じ成人の儀をおこなった者で、彼は公爵家で賢者のスキルを与えられたので、魔王討伐に助力してくれている。

 彼の知識がなければ今頃野垂死んでいただろう。


 家族とはこれでお別れってわけではない。

 必ずこの場所に戻ってくる。

 別れの挨拶に『さよなら』は違うよな。


「それじゃ皆、行ってきます!」

「「「いってらっしゃい!」」」


 家族と使用人に挨拶をして俺は魔王討伐に向かった。 

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