3
暑い。
日が昇ってきて、遮る物もない海のど真ん中で干物になりそうだ。
ベンさんは持ってきた釣り竿に餌をつけて、魚をどんどん釣っては無造作に網の中に入れている。
シリルは最初からやる気がなかったのか、ゴムボートに寝そべり、顔の部分に麦わら帽子を置いて寝てしまっている。
僕はと言うと、ベンさんに教えて貰いながらも釣り糸を下げているが、全く動く気配がない。
ベンさんは気を使って、場所を変えてくれたり、餌を変えたり、色々手をかけてくれたが釣れる気配もない。
すっかり飽きてしまった僕は、シリルが持ってきてくれたクーラーボックスに手をつける。
中には大量の缶のコーラが入っていて、他には入っていなかった。
「何でだよ!」
その声にシリルが答える。
「だって別に、お前何も入れなかったから」
だって、まさか海のど真ん中に連れていかれるとは思わなかったし、水着以外何も買ってない。
「それより一匹ぐらい釣れたのかよ」
「うるさいな」
もうちょっとしたら釣れる予定だよ。
そうは言っても海は静かで、波すらもたっていない。
僕はコーラを開けて一気に流し込むが、喉に甘さが張り付いただけだった。
きっとベンさんも帰りたいだろうに、僕が釣れるのを待ってくれているのがわかる。
焦っても魚が食いつくのは運みたいなものだから、仕方ないと分かっていても気まずい。
ベンさんが何を言っているのかも、相変わらずわからないし。
気を取り直して、また海へと向かい合う。
すると、釣り竿がわずかに引かれる感じがした。
慌てて掴む。
ほら見ろ。
待ってれば僕にだってチャンスは来るんだ。
シリルも、おっと目を輝かせている。
そして引き上げようとした。
最初は小さい抵抗で、持ち上げられそうだった。
「ほら、頑張れ」
「頑張ってるよ!」
その抵抗がいきなり大きくなった。
竿まるごと海の中に引きずり込むような大きなしなりに、突然変わったのだ。
しゃがんだ状態で慌てて踏ん張る。
だけど、魚は全く浮きあがってこず、逆に僕を思いっきり引っ張る。
シリルが僕の後ろから竿を掴んだが、全く変わらない。
ベンさんが訝しそうに僕らの方を見た時に、いきなり抵抗がなくなり、僕らは尻もちをついた。
衝撃で小さなゴムボートが揺れる。
竿の先には針すらもついていなかった。
「これじゃあもう続けられないな」
結局一匹も釣れないのか。
僕はガッカリした。
けどさすがにお腹も減ってきた。
「それにしても、糸が切れるだなんて、どれだけ大きな魚だったんだろう」
「釣れなきゃ意味ないだろう」
確かにそうだ。
釣れないのに言ったって、負け惜しみにしかならない。
僕は釣り竿を貸してくれたベンさんに謝り、片付けを始めた。
そこで異変に気がついた。
さっきまで静かだった海に、少し小波が立ってざわついている。
ゴムボートがユラユラと揺られる。
思わず僕はしがみついた。
こんな所で放り出されても、僕は泳げない。
そして見てはいけないものを見てしまった。
水面からグレーの三角形のものが、スイスイと僕達のゴムボートへと向かってきている。
まさか、あれって。
シリルも気づいたようで、顔を顰めている。
三角の何かはゴムボートへとゆっくりと近づき、浮かび上がった。
「サメだ!!」
僕が叫んだのと同時に浮かび上がり、巨大なサメが牙を剥き出しにして、ゴムボートへとかじりつこうとしてくる。
ベンさんが手元を操作して、ゴムボートを急発進させる。
サメは何も齧る事なく、口を閉じた。
噛み合わさった牙が、ガチンと嫌な音を立てる。
獲物が逃げて苛立ったのか、サメはまた水面に潜り、ゴムボートへと向かってくる。
さっきのような様子見のゆっくりな感じではなく、物凄いスピードで。
すると、陸へ向かっていたゴムボートがいきなり止まる。
「何で止めるの!」
僕は思わず叫んでいた。
「ウーウー」
ベンさんが何かを言っているが、わからない。
「わかった。ロイ、しっかりゴムボートに捕まってろ」
言葉が分からない以上、シリルの指示に従うしかない。僕は振り落とされないようにしっかりと捕まる。
サメが目の前まで迫ってきて、口を大きく開ける。
食べられる。
ベンさんは、僕たちを守るようにサメの前に立ちはだかった。
その手には魚を捌く為に持ってきていたであろう包丁が、握られていた。
サメの広げた口を左手で掴んだベンさんは、包丁を握った右手でサメを滅多打ちにし始める。
サメは逃げよう口を閉じようとするが、ベンさんは掴んだまま離さない。
そのままゴムボートをひっくり返そうとサメは押してくるが、全く進まない。
逆にシリルが操作版をいじって、サメに向かっていかせようとしている。
何度目かに振りかぶった包丁がサメの目に当たったようで、痛いとでも言うように体をくねらせ形振り構わず抵抗しようとする。
その度にゴムボートが揺れるから、僕は必死になってしがみついた。
抵抗が少なくなったとみたベンさんは、サメの背中に乗り、更にサメを滅多打ちにする。
サメはベンさんをふり落とそうとするが、背びれにがっしりとしがみついているようで落とす事は出来ないようだ。
そのうちサメは抵抗をなくし、動かなくなった。
「ウーウー」
サメの返り血を浴びたベンさんが、得意げに何かを言う。
「確かに、今日一番の大物だね。さすが父さん」
え、これって普通なの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます