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お、美味しかった。
僕がチョコレートパフェを食べ終わる前に、アップルパイを食べ尽くしたシリルは、コーラの中にガムシロップを入れていた。
もしかしてまだ甘いのが必要なの?
「食べ終わったか?」
「う、うん。美味しかったよ。ありがとう」
シリルは無言で、三個ガムシロップをコーラに入れた。
飲むのかと思ったら、何かを言おうと迷いながらストローでコーラをゆっくりとかき混ぜている。
すっかり温くなってしまったカフェラテを、一口飲んでからソーサーへと戻した。
カチンという音がやけに大きく聞こえた。
ストローの回転が止まったと同時に、シリルが口を開いた。
「ロイは、この町についてどれだけ聞いてる?」
思ってもみない質問だった。
「どれだけって、母さんのお姉さんが住んでいる場所。っていうぐらいしか知らないよ」
僕の答えに、シリルは大きなため息をついた。
「ロイはホラー映画とか、見たりするか?」
いきなりの問いに僕の頭にハテナが浮かぶ。
趣味についての話とかかな?
「ホラー映画は、あまり見ないかな」
「そうか。ホラー映画に出てくる、殺人鬼や怪物のモデルって知ってるか?」
「知ってるも何も、脚本家の人の想像でしょ?そりゃ実際の人物も居るかもしれないけど、エイリアンとか作り物だし……」
「それは半分正しくて半分間違っている」
シリルはストローに口をつけて、味わうように一口飲んだ。
見てるだけで、僕の口の中まで甘くなったような気がした。
「ホラー映画に出てくる殺人鬼の半分のモデルはこの町の住人だ。この町はいかれた昔の映画監督が作った培養装置みたいなもので、映画のモデルになりそうな住人を常に探している。採用されると、一生働かなくても困らないぐらいの大金が入ってくる。ここには大金目当てのイカれた怪物ばかりが、住んでる町なんだ」
僕はびっくりしてしまった。
「モデルになった怪物の血族達は、例外なく同じような行動を取る事が多い。血の味を覚えた怪物は厄介だから、一つの所に集めておこうとしたんだろう。そして、怪物の欲を満たす為に、この町では殺人が合法的に認められている。なんせ住んでいるのは怪物の子孫、そして庇護者が扱いに困った自殺志願者が大半だからな。死んでも心が傷まないような奴らばかりを、一ヶ所に集めてるのさ」
「そんなバカな」
「お前に声をかけた婆さんな」
あの優しそうな老婦人の事だろうか。
「あの婆さんのご先祖様は、若い女の血を浴びれば自分も若さが保てると、何人もの女を殺した殺人犯だった。もちろん、その異様さを買われて映画のモデルにもなっている。あの豪邸は、その時入った金で買ったらしい。そして、あの近所では今でも時々子供が居なくなる。庭に埋まっているんじゃないかと、有名だ」
「嘘だ」
「じゃあ戻ってみろよ。でも、もうオレはお前が干からびようが、助けないぞ」
信じられないけど、シリルも嘘をついてるような様子もない。
「そうだ。じゃあ何で子供が居るの?シリルの話しじゃ問題のある人や自殺志願者が多いって事は子供なんて居ないはずでしょ?」
「は?殺人鬼だって恋愛ぐらいするだろ」
ご尤もです。
「どこにでも血筋を重視する人は居る。そういう人達にとっては怪物の血をひいてるっていうだけで死んでもいいと思っているんだ。怪物の血がよその場所で目覚めたら困るからな」
「そんな、だって子孫は関係ないんじゃ。目覚めないかもしれないし」
「だから18歳までに人を殺さなければ、この町から出られる。この町には至る所に監視カメラもあるからな。チェックは常にされている」
「シリルも?」
僕の問いに、シリルは片方の唇を上げただけで答えなかった。
「わかったか。ここは一回入ったら、出るのは難しい危険な町なんだ」
「じゃあ僕みたいに外からきた人はどうなるの?」
「基本的に外から来た人は、中まで入ってこない。審査の段階で弾かれるからな」
「じゃあ何で僕は」
「ただし、中から招かれて、招かれた人も了承してれば話は別だ。その時点で話は通っていると見なされる。出るにも外からの干渉なしでは難しいだろう。つまり、お前の親が迎えに来ない限りは、お前も外に出れない。その間は、この町のルールに適用されてしまう」
そんな。
「それにお前の来た時期も悪い。七月、十月、十一月はこの町の死亡人数が跳ね上がる。だから母さんにも反対したんだ。母さんはこの町のルールが良くわかってないみたいだからな。そういう住人も結構居る。外から情報を制限しているから、大半の人がこの状態が普通だと思っているんだ」
氷の崩れる音がやけに大きく聞こえた。
頭の中は混乱していて、よく理解できていない。
「てっきり聞かされてると思ってたけど、知らなかったか」
「僕、どうすれば……」
カフェのレジ前がいきなり騒がしくなる。
黒い覆面を被った人が、銃をウェイトレスへと向けている。
ウェイトレスは不機嫌そうに男に「何名様ですか?」と聞いている。
覆面を被った人は天井に向けて銃を撃った。
「死にたくなければ金を出せ」
強盗だ。
何でこんなこじんまりとした何でもないようなカフェに、強盗なんて来るんだ。
「お客様じゃないんですか?」
「うるせえ、殺すぞ!」
「それでは失礼します」
ウェイトレスの言葉と同時にウェイトレスの顔が変形していく。
ムクムクと大きくなっていく姿は、明らかに人間とは思えない。全身が灰色で恐竜のような大きな口を持つ怪物に変わった。
覆面をした男は叫びながら、ウェイトレスだったものに銃を撃つが、全く何とも思ってなさそうだ。
ウェイトレスの手だったようなものが男の体を掴み、持ち上げる。男は逃げようとするが、全く意にも介していないようだ。そのまま鋭いキバの生えた口が、覆面男を頭から食べ始めた。ボキボキ、グチャグチャと音を立てながら、覆面男の体はなくなっていった。
体が無くなると、恐竜のような頭をもった怪物だったウェイトレスは人間に戻り、カウンターの裏で制服を着てから何事も無かったかのように出てきた。
そして、立て掛けてあったモップで、飛び散った血を掃除し始めた。
あまりの事に僕は体が動かなかった。
シリルは何事もなかったかのようにコーラを飲んでいる。
これが日常なの?
僕、生きて帰れるの?
さっきまでシリルの話しなんて嘘だと思ってたけど、信じるしかなかった。
「僕は、どうすれば……」
「どこかに行く時には、俺が一緒に行ってやる。それ以外はあまり外に出るな。守ってやれなくなる」
僕は必死になって頷いた。
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