第13話 なんてこった

 二泊三日の合宿が終わって日常が戻ってきた。

 冷蔵庫が空っぽだからスーパーに買い物に行く。そこで偶然弾間と遭遇する。

 買い物を終わらせて話しながら帰る。


「あのさ、今朝見ちゃったんだけ」

「うん」

 帰り道で弾間がそう話をきりだす。

「団地から綺麗な女性と一緒に出てきてたよね。なんなのあの人。もしかして彼女だったりする?」

「いや、ただの隣人だよ」

「そ、そうだよねー。いやー、やっぱり。ははは、びっくりしたよ。兵頭君に彼女ができたのかと。

 しかもめちゃくちゃ美人の」

「最初は挨拶程度だったんだけどさ、だんだん話すようになったんだよ」

「ずるいよ兵頭君。隣が美人だなんて。しかも少しエロいし。

 俺なんて。俺なんて両隣おじさんだよ!

 右隣はお節介焼きのおじさんで左隣はキャバクラ通いのおじさん!

 どうして俺たちにはこんなに格差があるんだよ!神様はいないのか!」

 弾間はいつも女の話題になると饒舌になる。

「そんなこと僕に言われても」

「そもそもなんで君はイケメンなんだ!

 転校初日からずっと思ってたけど、なんだよ金髪ハーフアップって!オシャレ上級者か!」

「そんなこと言われても昔からだから」

「なんだってぇ!さぞおモテになったでしょうな!」

「全くモテてないよ。友達もいなかったし」

「そ、そうなのか……。同士よ。

 それにしてもいいなあ。隣に美人が住んでるって。俺だったら既に付き合ってるよ」

「振られない前提か」

「振られることを考えてどうすんのさ。妄想が進まないじゃないか。

 妄想の中での俺は百戦錬磨。今まで何人もの女性と付き合ってきたさ」

「……」

「そんな目で俺を見ないでくれ。

 それにしても火隣って珍しいよね」

「苗字知ってるんだ」

「ちらっとね。ちらっと表札見ただけだから」

「弾間も相当珍しいでしょ」

「あー、もう着いちゃったよ。火隣さんの話はまた今度」

「まだするのか。それじゃあね」

「バイバイ」

 弾間と別れて階段を上る。


 ドアの鍵を開けようとした時。

(ガチャ)

 隣のドアが開いて火隣さんが出てきた。

「あ、おかえり」

「ただいまです」

「あ、そうだ!ちょうど良かった。知り合いがみかんたくさんくれたんだけどさ。一人じゃ食べきれない量で困ってたの。持ってかない?」

「いいんですか?いただきます。

 僕みかん好きなんですよ」

「そう、良かったぁ。

 あ、あがってあがって。」

(ごくり)

 別に興味があるわけじゃないけど、女の人の部屋に入るのはどうにも緊張してしまう。


 部屋にあがらせてもらうと大人の部屋って感じで綺麗で落ち着いてる。あんまり派手な色の家具じゃないんだ。

 全体的に白で統一されてる。

 と、ダンボールいっぱいにぎっしりと詰められたみかんがあった。

「遠慮しないでいっぱい持ってってね」

「はい」

 それで十個くらいもらったけどぎっしり具合は全く変わってない。果たして無くなるのだろうか。

「うーん。全然減らない。もっと持ってっていいんだよ?」

 そう言われてさらに十個持たされた。

「ありがとねー」


 自分の部屋に戻ってビニール袋いっぱいに詰められたみかんを冷蔵庫に押し込んだ。




 日曜日のお昼、僕は今弾間に誘われてファミレスに来ている。

 昨日の夜に突然弾間からお昼を誘われた。


「で、突然どうしたの?」

「驚かないで聞いて欲しい。

 実は彼女が出来そうなんだ」

「良かったじゃん。て、出来そう?」

「そう。出来たわけではない。出来そうなんだ」

「なにがあったの」

「それでは語らせてもらおう。運命の出会いを」

「お、うん」

 弾間はそう言うと、テーブルに両肘を立てて手を組み、そこに顎を乗せて目を閉じた。


「あれは今日のように雲一つない青空満天の晴れの日で健やかな風が吹いていた昨日の話。


 俺は習慣となっている『ぶらり週末出会い見つけるぞ散歩』をしていた時。

 ドリンク片手に人通りの少ない路地を歩いてたら後ろから車が来たんだ。そこは狭い道だから歩道と車道の段差は無く、白線で区切られていた。当然俺は車を避けるために白線の内側に入った。

 しかしなにかがおかしかった。

 後ろから来た車はかなりをスピードを出していて、しかも右に左にジグザグに走っていた。

 だが、気づいたのが遅く避けようと走り出すために前を向こうとした時、俺は電柱にぶつかった。

 はっ、としたよ。気づいた時にはワゴン車が猛スピードで俺に突撃していた。

 そして俺は電柱とファーストキスを交わした。恐ろしいよ。俺のファーストキスが電柱だなんて。冷たいしザラザラしてた。おかげで唇を少し切っちゃったよ。

 キスってもっと暖かくて柔らかいものだと思ってたからさ。


 ワゴン車と電柱に挟まれた俺は直ぐにワゴン車を押し上げて運転手に怒鳴りに行ったんだ。

 そしたらどうだ。運転手はシートベルトをしてなかったみたいで気を失っていたよ。助手席に座ってた人も。エアバッグが出てたけどシートベルトしてなくちゃ当然そうなる。

 後ろの席にも人影が見えたから後ろを覗いたんだ。後ろには二人いた。


 一人はシートベルトをしてなかったみたいで前の二人同様気を失ってた。で、問題の最後の一人。


 奇跡的にシートベルトをしてたのか無傷だった。しかしおかしいのがその女性は手足が縛られて口にガムテープをしてたんだ。見れば他の男三人は黒ずくめでいかにも怪しかった。

 その女性の拘束を解いたら全部説明してくれた。


 路地に入ったところでその男たちに車に載せられて拘束、拉致されたってね。


 よくよく見るとその女性は見覚えがあったんだ。

 そう、最近テレビでよく見る女優、武田(たけだ) 絵麻(えま)だったんだ。月九ドラマで人気に火がついて今やバラエティにも引っ張りだこ。俺が見間違いをするはずがない。

 俺は雷に打たれた。それほどの衝撃だった。


 とりあえず救急車と警察を呼んでそれからマネージャーさんも来てね。

 それからは話がトントン拍子に進んで今度改めて会うことになったんだ。食事に誘われた。

 あれは絶対俺に惚れてるよ。吊り橋効果で絶対好きになっちゃってるよ。俺の事白馬の王子様に見えちゃってるよ。結構自信ある。

 ちなみにマネージャーさんもめちゃくちゃ美人だった。いかにも仕事出来そうなビシッと整えられた黒髪で黒縁眼鏡。スーツが似合う人だったなぁ。

 とまあ、昨日の奇跡みたいな運命の出来事はおしまい」

 長い長い語りが終わった。


「良かったじゃん」

「反応薄くない!?こんなにドラマみたいな展開。実はドッキリじゃないかって疑ったよ!でもまだネタばらしされてないってことはドッキリじゃないってことでいいんだよね!」

「仮にドッキリだとしたら車で引かれてるのはおかしいでしょ」

「そ、そうだよね。よし!」

「もっとおかしいのは車に轢かれて無傷な弾間だけど」

「無傷じゃないよ。ほら見て!唇ちょっと切ってるでしょ。おかげで笑ったりすると痛いんだよ」

「まあ、好印象なのは間違いないと思うよ。仮にも命救ってるからね。

 まあ、お金払われて終わりにならないことを祈るよ」

「そう…だからさ、これからデートの予行練習に付き合って欲しい」

「これから?まだ付き合ってもないのに?」

「そう、これから。付き合ってもないのに」

「まあ、暇だからいいけどどこ行くの?」

「ずばり水族館!」

「遠くない?」

「バスで行けばすぐでしょ」

「まあいっか。しばらく行ってないし。前回行った時の記憶ほとんど無いな」

「よし!」

 お昼を食べてからバスに乗り込む。


 バスで二十分。恐らく小学校の遠足以来の水族館。


 中は暗く、ひっそりと落ち着いた空間。

 大きな水槽の中には何種類もの魚が共存している。

 小さな水槽にはクラゲやクマノミ、カニなんかもいる。


 やっぱり目立つのはみんなの前で得意げに泳ぐペンギン。堂々とした入水とテコテコと歩く姿は人の足を止める。


 そんな中で僕の目を奪ったのはタコだった。自由気ままな形をとってのそのそと地面を歩く姿は男爵家の主催するパーティーに現れる伯爵家の者のように堂々としている。

 泳ぐ姿はなんとも仰々しい。ぷにぷにの体を触りたい。

 魅せられてしまった。


その後イルカショーを観て水族館を出た。

 ついつい勢いでタコの人形を買ってしまうぐらい好きになった。

 帰ったらタコの動画を観よう。そう思った。


「今日はありがとう。進展があったら報告するよ」

「デートの予行練習ならいつでも付き合うよ」

「兵頭君……」

「じゃあね」

「朗報を期待しててね。バイバイ」




 タコの夢を見た気がするが、寝苦しくて目が覚めた。まだ日が昇り始めた時間。

 寝ぼけているのか、天井にベッドが置いてある。それ以外の物も天井に……。なにかがおかしい。そして気づく。




 僕は天井に立っていた。それも下半身はタコの足になって。



 僕は新しい力を手に入れた。

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