第5話 初夜
十二月二十四日。午後九時。
漆黒のコートを着込んでも冬の夜はまだ寒く、漆黒のマフラーに漆黒の手袋、漆黒の眼帯で何とか凌いでる。
僕は今、大型デパート前に来ている。
そこには人見先生とくれぼんもいる。
僕たちはこれから吸血鬼を狩りに行く。目的の吸血鬼は現在、地下駐車場の中にいると先生から聞いてる。
ここに来るまでにいろんな男女を見てきた。笑顔に泣き顔、怒鳴り散らす声もしばしば、至る所がライトアップされていてクリスマスツリーも立っている。
そう、今日はクリスマスイブ。一年で最も熱い夜だ。
これから始まる性の六時間。僕たちにとってはこれから聖なる力を使った、生を賭けた時間が始まる。
なんだか、先生に仕組まれてるような気もする。わざわざこの日にちのこの時間。まあ、吸血鬼は夜に動くからわからなくはないけども。
意図的にやってるとしか思えない。
まあ、特に問題は無いけどね。
覚悟を決めたのか、くれぼんはコートを脱ぎ出す。
「随分気合い入った格好だな」
「まあね。形から入りたかったから」
そう言うくれぼんの格好は決まっていた。
黒のハイネックノースリーブインナーに肘手前までを覆う黒のピッチリロンググローブ。
ハイウエストの黒いショートパンツにロングブーツ。
(寒そう)
くれぼんに倣って僕もコートを脱ぎ捨てる。マフラー手袋眼帯も外す。
「ぶっ!アンタも相当気合い入ってんじゃん」
「当然。なんたって今日はクリスマスだからな」
白のワイシャツに赤いブランケット。赤いズボンに茶色のブーツ。
(戦闘服クリスマスバージョン!)
「それでね、最近腐鬼を見ないんだよ。だから吸血鬼になっちゃうけど二人なら大丈夫だよね」
「「は、はい!」」
「中に二体の吸血鬼がいるからその二体を狩ってくること」
「「はい」」
「外で待ってるから何かあったら呼んでね。でもできるだけ自分たちで解決すること、良い?」
「「了解」」
「それじゃあ、二人とも準備は良い?
行ってこい!」
「「いってきます!!」」
僕たちは先生に背中を押されて、大型デパートの地下駐車場に降りていく。車の入口部分のゲート横を通って入っていく。
電気はついてないけど、非常口の蛍光灯で何とか周りが見える。
((コツコツ…))
自分たちの足音以外何も聞こえないのが不気味だ。吸血鬼の気配なんてこれっぽっちもわからない。
とにかく端から順番に歩いて見ていく。何台か車が止まってて死角になってるのが不安要素だ。もしかしたら車の影に隠れて機会を伺ってるかもしれない。
「くれぼん平気か?」
「なにが?」
こんな所でも平静なくれぼん。
(あらヤダ、かっこいい!!)
「見つからないな」
「まあ、広いからね」
((コツコツ…))
「ギャハハハハッ!!」
「「ッ!?」」
(び、ビビってねーし)
奥から聞こえてきた下品な笑い声。柱に隠れて隣のくれぼんと顔を見合わせる。
「見えた?」
「いや、まだ位置がわからない」
「おう」
そこからは慎重に進んでいく。
そこはちょうどデパートの入口部分で非常口の蛍光灯でそいつらは照らされていた。
段差に腰掛けて何かを食べてる男とそいつのそばで何かをいじってる男。
目配せして、その場からなるべく情報を探る。
「こいつ財布に十万も入れてんだけど!」
「まじ?ラッキーじゃん。こいつ筋肉質で歯ごたえあって良いわ。お前も食う?」
「俺潔癖だからパス」
「もったいねぇ。潔癖とかまじ損してるわ!まじで!」
「損とか無いし。潔癖じゃない俺なんてのはそもそも存在しないから、潔癖じゃなかった場合っていうありもしない仮定が生まること自体おかしいんだよ。よって、損得は発生しない」
「そ〜ですか〜」
「それより早くしろよ。帰って風呂入りてぇ。服に匂いついたからよぉ」
「待ってろって。俺、味わうタイプだから」
「おっ、レアキャラ当たった!」
「まじ?おっ!織田信長じゃん!俺課金したのに出なかったんだよなぁ」
「うおっ!汚ねぇ!血ぃ飛ばすなよ」
「わりぃわりぃ。こいつの前腕ナイスバルクしすぎだわ!ハハッ!」
これ、確実に吸血鬼だろ。疑う余地無しですわ。人食ってるし。
「行くか?」
「うん」
「それじゃあ僕は左をやる。くれぼんは右のやつで」
「了解」
「三、二、一…ゴー」
柱の両側から一斉に走り出す。気づかれる前にできるだけ近づいておきたい。
「おうおう、こんな日に聖童師か?しかもガキかよ。俺たちもナメられたもんだなぁ!」
「お前ら吸血鬼でいいんだよな」
「なんだ、わかんないのか?もしかして吸血鬼は初めてか?ハハッ!」
「どれだけ人間を殺した?」
「どれだけって言われてもなぁ。最近始めたばっかだからまだ十匹くらいだな。
食べ始めてからは我慢できなくてよ。人間を前にしてるとヨダレが止まらねぇんだよ。だから仕方なく殺して食べるんだ。夜まで我慢するのが大変でよぉ!
特に筋肉質の男だ。女は脂肪が多くてダメだな。俺の相手がお前で良かったぜ。あっちの女は美味しくなさそうだ。お前はちょっと筋肉が足りないがまあ及第点だ。一片残らず美味しく食ってやるから安心して死んでくれや。ガキ」
「そうなんだ。興味無いけど」
「初めてなんだ。名前を教えてよ」
「いいぜ。俺は坂本(さかもと)。お前は?」
「僕は兵頭。嵐を呼ぶ男だ」
「ハハッ!おもしれえじゃん。お前が吸血鬼だったら仲良くなれてたかもな」
「僕はそうは思わない」
「そうかよ!!」
僕は駆ける。風の無い夜に風よりも速く。光より遅く。
坂本は手に持っていた骨を投げ捨て構える。僕はそこに躊躇うことなく突っ込んだ。
「でぃやあっ!」
「フッ!」
右ストレートは簡単に躱され、反撃の右ストレートをうってきたが、その腕を掴んで後ろに投げ飛ばす。
「フンハッ!」
坂本は空中で体を捻って地面に着地した。
そこから繰り出された拳をガードするが、予想以上に重い拳は僕を仰け反らせた。
「がはっ」
拳がお腹にめり込むが気合いで耐える。
腕を掴んで投げ飛ばす。
その先で柱を足場にして跳んできた。
「ぐっ」
今度はしっかりと受け止める。掴みに行くが警戒されて懐に入ってこない。
中距離からのパンチが飛んでくる。
パンチの引き際に合わせて距離を詰めたが、膝が顎に入った。
「がっ!」
天井に足が着いた瞬間、天井を蹴って坂本に体をぶつけた。
「はあっ!」
「ふんっ!」
寝技に持ち込むが力で負ける。体格でも坂本の方が上だ、正直分が悪い。
すぐに体勢を整えられるが攻め続ける。
少しだが、確実に効いてるのは間違いない。
少し、動きがオーバーになった右ストレートを避けて、深く沈みこんだ体勢からの右拳の突き上げが坂本の腹に深くめり込んだ。
「だぁっ!」
「ごふっ、オエェッ!」
坂本は体をくの字に折り曲げ、口から何かを吐き出した。
そう、気づいた時には既にそれが振るわれた。口から出てきたのは人間の肋骨。
下から振り上げられ、僕の脇腹から反対の肩まで切り裂かれた。
「いあっ!」
僕の血飛沫が坂本に降りかかる。
それだけにとどまらず、突き出した肋骨は容易に僕の胸を貫いた。
「くはっ!」
「俺の勝ちだ」
坂本は僕の胸を刺したことで緊張状態からほんの一瞬気が抜けた。
顔に浴びた返り血を手で拭う。
(すっ…)
この一ヶ月、ナイフの扱いは驚く程に成長した。今やペン回しもとい、ナイフ回しすら手元を見ないでできるほどだ。
音もなく腰から抜いたナイフは逆手持ちから純手持ちに握り返し…。
(ザシュッ)
「がぁっ!」
同じく胸を刺された坂本は目を見開き、後ずさる。
勢いよく刺しすぎたか、僕の手の半分ほどまで坂本の胸の中に入り込んでしまっていた。
「フンッ」
棒は胸から手を引き抜く。ナイフの柄は完全に体内に入り込んでしまっていた。
「ぐっ。こんなガキにやられるかよ」
「…」
僕の体も力が入らず後ろに倒れそうなのを必死で耐え、後ずさり柱に寄りかかる。
「胸刺されて反撃してくるかよ普通」
坂本も倒れまいと柱に寄りかかる。
(喋る気力すら無いよ)
何とか柱に寄りかかって立てているがいつ倒れてもおかしくない。
両者、胸に突き刺さる骨とナイフ。
「地獄で会おうぜ兵頭。そしたら仕切り直しだ」
ぐったりと柱を背に座り込む。
僕も柱に寄りかかりながら力無くずるりと座り込む。視界がぼやけて、耳鳴りが酷い。
(おいおい、嘘だろ?こんな所で僕が死ぬのか?まだ序盤も序盤だぞ!
嘘だろ…僕の人生短編ドラマかよ。こっからなんだよ、楽しくなるのは)
いつの間にか決着が着いてたのか、くれぼんが駆け寄ってくるのを横目に捉えた。
「大丈夫!!ねぇ!すぐに先生呼んでくるから!待ってて!」
体を揺するが痛いからやめてくれ。
走っていくくれぼん。
「はぁ…」
胸に刺さった骨を引き抜く。
(ドバドバ)
体を伝って大量の血液がコンクリートに流れていく。服は斜めに切り裂かれ真っ赤になっている。
(あー、なんかすっきりしてきたかも。これ、このまま死ぬのかな。
なんだこれ…あ、これが走馬灯ってやつか。そういえば…ははっ懐かしい。実家に帰ってないから最近は会えてないな。
僕が産まれる前から家にいたウーパールーパー。ギザラギ…元気かな?何故かギザラギとは心を通わせられてた気がする。僕の勘違いじゃなければだけど。
それと、ああ…これは中二の時だ。
校舎から飛び降りた時のか。そうだ、何でかわからないけど死なない確信があったから飛び降りたんだ。
気づいた時には地面が真っ赤な血溜まりになってたけど僕は無傷だった。そういえばあの時、ウーパールーパーが僕の周りを飛んでたんだ。幻覚かと思って無視してたけど…。
で、今目の前にいるウーパールーパーたちは幻覚か?軽くなった手で触ってみるとしっかりと感触があった。
うおっ!生きてんのか?)
ふよふよと空中を漂うウーパールーパー。
そこに二人が駆けつけて来た。
「ちょっ!なにこれっ!!って、そんなこと気にしてる場合じゃない!
ねぇ!兵頭くん!大丈夫!?意識をしっかり!」
「せ、先生…」
「急げばまだ間に合う!傷はどこ?この大量の出血はどこからなの!!」
「胸を刺されました」
「胸…胸!?ちょっ!満ちゃんどういうこと!」
「いや、私もなにがなんだかわからない…」
「え…何言ってるんですか。ほらここ、穴空いてるでしょ?」
刺された部分を手で撫でる。
「あれ、感覚おかしくなったかな。全然痛くない。
それになんか、意識がはっきりしてきた」
「もしかして。このウーパールーパーは何?」
「僕にもわかんないんですよ。でも前にも一回見たことがあります」
「ほんとに刺されたの?」
「はい。確実に」
「私も見ました」
「ということは治ったってこと?この短時間で?わからない。あるとしたら兵頭くんの童質が関係してるのかな。このウーパールーパー空飛んでておかしいし。
とりあえず聖童師の治療を受けてそれからかな。無事ならそれでいいんだけど。立てそう?」
「あっ、はい。なんかもう元気です」
「えっ!」
「そう。それなら治癒師のところに行こうか」
「へー、治癒師なんているんですね」
「童質が治癒系統の人がそう名乗ってるの。珍しくて数が少ないんだよ。ちょっと待ってて、電話してみるから」
「はい」
いつの間にか、坂本の姿は無くなっていた。
「ねぇ、あんたなんで平気なの」
「さあ、僕にもさっぱり」
「はあ、心配したのになんか損した気分」
「そう言うなって。とりあえずくれぼんも狩ったんだろ?」
「うん。危なげなく」
「そうか。いえーい!」
「は?」
「いや、ハイタッチだよ。ほらっ、いえーい!」
「い、いえーい」
(ぱちんっ!)
「よくやるね。こんな状態なのに」
「それとこれとは別。こっからだよ、面白くなるのは」
「変人」
「くれぼんに言われたくないな」
「はあ?」
「鏡みたらわかるよ。頭から盛大に血を被ってるから」
「あぁ、そゆこと」
「連絡ついたから今から行こうか」
「こんな日のこの時間に大丈夫なんですか?」
「そこはまあ、聖童師だからね」
「あ、そっか」
「それじゃあ行こうか」
「はい」
「私はどうすればいいですか」
「あー、一人で帰らすのはあれだから一緒に行こっか。ついでに満ちゃんも診てもらおう」
「わかりました」
「で、どこに行くんですか?」
「学校に呼んどいたから」
「「えっ」」
「大丈夫、大丈夫。近いから」
「なんか申し訳ないですね」
「気にしないで!」
「は、はい」
学校に向かって歩きだす。
「で、先生今回って給料出るんですか?」
「一応出るよ。お風呂掃除した時くらいの小銭だけどね」
「よっしゃ、今日はささやかな贅沢しちゃいますか!」
「いいねぇ、モチベーションは大事だよ」
学校の入口に二人の男が立っていた。
「やあやあ、君たちが新入り君かい?」
「そうだ。ついさっき初めての狩りに行ってきたんだ」
「そうか、そうか。大変だっただろう。
あ、俺は阿僧祇。で、こっちが━━」
「俺は那由多だ」
(なんか子供っぽいお兄さんと渋いお兄さんだ)
二人の傍らにはバイクが二台並んでた。
「で、治癒すればいいんですよね。どっちですか?」
「念の為二人ともお願い」
「高くつきますよ?」
「えー、サービスしてくれないの?」
「俺は誰が相手でもどんな状況でも公正なんで」
「だよね。もちろんわかってる」
「それじゃあ二人ともやっちゃいますか。
蓮華ざ…こほん!」
「「ん?」」
「聖気を送るが気にするな」
阿僧祇さんの手から光が漏れて僕とくれぼんの体を包み込む。
(暖かい)
じわーっと全身に温かさが広がっていく。まるで湯船に浸かってるみたいだ。
「終わったぜ」
「特に何も変わらないですね」
「私は体が軽くなった気がします。それに打撲も治ってます」
「坊主は怪我してねーな」
「そうですか」
「んー。兵頭くんはやっぱり治癒系統なのか?でも詳しくはわからないな」
「なに?坊主、治癒系統なのか。珍しいな」
「それがまだわからない。これから調べないとね」
「はい。あ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「いいってことよ。これからよろしくな。怪我したら遠慮なく言ってくれよ。高いけどな」
「その時はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「二人ともこんな時間にありがとね」
「いいっすよ。ちょうど海の風に当たりに行こうと思ってたんで」
「そっかそっか。それじゃあ、ありがとね」
「いえいえ」
「「さよなら」」
「じゃあな。頑張れよ」
二人はバイクで坂道を下って行った。
「それじゃあ帰ろっか」
「「はい」」
「あ、僕コンビニ寄っていくんでここで」
「そうなの?それじゃあ気をつけてね」
「はい。さよなら」
「じゃあね」
交差点で二人と別れてコンビニに向かう。
コンビニで天ぷらを買って家に帰る途中、路地裏で目撃してしまった。
「あのー、人間って美味しいですか?」
「っ!!」
「あのー…」
「なんで俺の正体を知って、いやっ、お前聖童師か」
「そうですけど質問に答えてくれないんですか?」
「うるさい!」
「えー、吸血鬼と話す機会なんてそうそう無いから気になったんですよ」
「お前、狂ってるのか」
「嫌だな、知的好奇心じゃないですか」
「気色が悪い」
「それ、あなたが殺したんですか?」
「そうだと言ったら?」
「あなたを狩ります」
路地裏に座り込んでた男は人間を手放し、ゆっくりと立ち上がると僕に飛び込んできた。
「うおっ!」
間一髪で避けて背中を掴んで地面に叩きつける。
「とうっ!」
「ぐはッ!」
実践を経験して死線を超えたからか、感覚が鋭敏になってる。
背中越しにナイフを刺し込み捻る。
「ぐあぁッ!」
その叫びを最後に男は散り散りになり、消えていった。
(吸血鬼ってああやって消えるんだ。便利だな)
それからは何事もなく無事に家に帰ることが出来た。お風呂に入って夜ご飯を食べる。
ベッドに入り目を瞑る。
(今日はいい夢が見れそうだ)
瞼を閉じると先の戦いを思い出す。
(しまった!首を切り落とすとどうなるかやっとけばよかった!さっきのやつは弱かったからいろいろ試しておけばよかった。
ああ、後から反省が溢れてくるぅ)
倫理観の欠如、道徳心の欠落、悪意無き邪悪、悖理(はいり)的欲求。
この世界に混沌を望む者。
兵頭(ひょうどう) 入(はいり)は悪である。
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