第15話

 これ以上の取り調べは不要、と洸次郎は警察署から出された。

 署の前で待っていたのは、クモ、金之助、清兵衛。そして、みどりだった。

「洸次郎殿!」

「みどりさん」

「帰りましょう。またお風邪を召されてしまいまする」

 みどりは、ちらりと署の方を見た。藤田がみどりに会釈をした。みどりは無表情で頭を下げた。

 もう日暮れだ。ガス燈が点り始めた。

「皆さん、すみません。僕はこれで」

「金之助殿、我々に付き合って下さって、ありがとうございました」

「金の字、今日は悪かった」

「金之助さん、迷惑をかけて、すまなかったです」

「いえ、そんなことありません。洸次郎さんも、今度一緒に野球をやりましょう」

 金之助を見送り、姿が見えなくなった後、みどりは眉根を寄せてクモを見上げた。

「兄上!」

「申し開きもござらんです」

 クモは口調こそおどけているが、両手を上げて申し訳ない表情をしている。

「徹夜明けで無茶なさらないで下さいませ!」

「うるせえな、納期おばさん。絵は間に合ったし、モノは退しりぞいたし、御の字じゃねえか」

「申し開いてるではありませぬか! でなくて、『おばさん』は良くても『納期』とは何ですか! でもなくて、ええと……徹夜明けで無茶なさらないで下さいませ! 心配致しましたのですよ。兄上も、洸次郎殿も……あっ、鹿島屋様も」

 清兵衛がデレそうなものだが、反応が薄かった。

「夕餉の材料でも買ってゆきましょう。何か食べたいものはございますか? 何なら、洸次郎殿の里の料理でも」

「いえ、俺の村には、特にこれといった料理は」

 結局、昨夜と同じ、豆腐乗っけ丼になった。

 四人とも、無言で箸を動かし、最初に箸を置いたのは、クモだった。

「寝る」

「歯を磨きなさいませ」

「起きたら磨く」

「お布団敷なされ」

「無理」

 クモは、ごろんと横になって目を閉じてしまった。

「洸次郎さん、あの」

 清兵衛は何か言いかけたが、口を閉ざしてしまった。みどりも箸を止め、次の言葉を待つ。

 鹿島屋の者が清兵衛を迎えに来てしまい、清兵衛が何か話すことは無かった。

 その夜、洸次郎は再び熱を出した。まぶたの裏には、モノの記憶と感情が貼りついている。モノを煽り、家族と村が焼かれることになったのは、自分なのだ。償わなくてはならないのに、受け入れられない。

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