14.動き

深い深い森の中。小さな廃れた教会があった。


暗い森の中で日が当たる唯一の場所。屋根がなくなり、塔も壊れた教会。

教会の内部にはヒビの入った石の椅子や蔦が這う女神像が置かれていた。


そんな教会内の中央に一本の剣が突き刺さっていた。


古びているわけではない、黒色の綺麗な剣。


その剣に一羽の鳩が寄ってきた。

その剣の柄に乗ろうとした瞬間。


一瞬で鳩が灰と化した。


『・・・・・・・・・・』


無言のままの剣が不意に喋りだす。


『・・・お前ではない。我が主人はお前ではない』


剣は怒りを何故か顕わにして言葉を続ける。


『あの方だけだ、我を救えるのは。あいつらを倒せるのはあの方・・・』


そこで言葉を止める。


『いや、あの方も憎い。我を置いていってしまった。誰かまた・・・・もう無理か』


どす黒い感情が剣から溢れ出す。周囲に生えていた草花は枯れていき、木々の葉は落ちていく。地面にヒビが入り、それがどんどん大きくなる。


 ピキッッ――‐――ピキピキピキピキピキッッッッ―――――――ガゴーーーーーンンン


ヒビが教会全体に広がり、壊れかけだった石が崩れる。大きな音を立てて佇んでいた全てが消え去る。


『探さねば。新たな依代を』


剣が浮き上がろうとした時、一匹の魔物が姿を現す。


『グランドベアーか。雑魚だな』


そう呟くと、目にも止まらぬ速さで魔物へと向かう。驚いたグランドベアーはご自慢の前足で倒そうとするが、


『弱い、弱すぎる』


剣が一振りするだけで空気が切り裂かれ、斬撃がグランドベアーを襲う。


 ザクッッッ


巨体の熊型の魔物を一刀両断する。


『力が欲しい。もっともっと』


剣は空へと浮かぶ。そこから辺りを見渡した。


延々と森しか見えない。しかし、剣自身は感じていた。


『あの方がいる。あいつらがいる』


憎しみをもってそちらの方向を見る。


少ししてゆっくりと進む。


あてもなく進むのだった。



◇◇◇



帝立学園の終業式の次の日。


帝都の中央にそびえ立つ城の周囲には大きな屋敷が並んでいた。その中でも一際大きな邸宅で。


 コンコンコン


「入っていいぞ」

「失礼します」


金髪の可憐な少女が部屋へと入る。

綺麗な御辞儀をして、前を向く。


「お久しぶりです、お父様。今日はどのようなご用件でしょうか」


少女は顔に似合わず堅苦しい挨拶をする。


体格の良い男は苦い顔をして答える。


「リーナ、親子なのだからそんな堅くならなくて良いんだぞ」

「・・・分かりました」


ヴェリーナの前に座るこの男こそ、帝国貴族筆頭、アルレンス公爵家当主。そして、この国の宰相、ハロルド・ルーロ・アルレンス。ヴェリーナの父だ。


「お父様、何故私を呼んだのですか」


未だに堅い感じを出しているヴェリーナ。ハロルドはそんな娘を心配しつつ、本題を早速切り出した。


「リーナを呼んだのは他でもない、学園についてだ」


ヴェリーナは何のことか少し考えた。


「ああ、インフィルス子爵令息についてですか?」

「そうだ。家が後ろ盾になった、と聞いてな。宮殿内ではよくその事を聞かれたんだ。本当に後ろ盾になったのか?」

「いいえ、あくまで私が・・彼の味方をしただけです」

「やはりな」


ハロルドは娘が愚かではない、むしろ聡明すぎる子だと思っている。だからそんなことはしないだろうと確信していた。


「どうせ、学園内でその事を言って、勘違いした子達が親に言ったんだろう」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


丁寧に頭を下げる娘を見て、ハロルドは戸惑う。


「そんなに堅苦しく・・・まあ、いい。それよりも、だ」


娘の頭を上げさせて、次の話に入る。


「インフィルス家令息と個人的に会ったと聞いたが・・・リーナから見て、彼はどう見えた?」

「そうですね・・・面白いクズな人間だと感じました」

「面白いクズ?」

「ええ、それはもう本当に面白い。行動自体はクズです。自分の権力を最大限に使い、相手を潰す。しかも優越感に溺れており、相手を徹底的に罵倒して絞り尽くす。ですが、優しいクズです。誰彼構わず潰すのではなく、自分の身の回りの誰かを傷つけた奴を潰す。けっして悪い人ではなく、もしかするとクズという表現も間違っているかもしれません」

「よく喋るな、リーナ」


ヴェリーナの長い評価を聞いてハロルドは言葉を漏らす。あまり人を評価しない娘がこれほど評価をするのだ。


「え、ええ、ま、まさか、い、いや」


父に言われてヴェリーナは慌てる。けっして好きだからとかではなくただ評価しただけなのだが、何故か問い詰められている気分になる。


「ま、まさか!」

「そ、そんなわけないですよ!」


ハロルドとしてレイドに興味を持ったが父親としては無視できない存在。


「と、とりあえず、話はこれだけですね。なら、私は―」

「ま、待て」


話が変な方向に行ったため、切りあげようとするヴェリーナ。ハロルドは慌てて止める。


「まだ、話がある!」


その言葉を聞いて、立ち上がろうとした腰を下ろす。


「お前には悪いが、エルランド大同盟に行ってもらうことになった」

「エルランド大同盟ですか」

「ああ。あそこに住んでいる大叔父が体を崩したようで見舞いに行ってくれないか」

「お父様の大叔父様ですか。分かりました」

「すまんな。本当は私が行きたいのだが、公務が忙しくて」

「いいえ、お気になさらず」


その後、少し話をして、ヴェリーナは部屋を後にした。



◇◇◇



夏だ、休みだ、祭りだ!


インフィル領に来て早十日。毎日魔物狩りばかりだった。


特に娯楽が多いわけでも無いこの領で、開かれたのがお祭り!


このレギオン地方で行われるのが浴衣祭り。全員が浴衣を着て楽しむというものだ。


この浴衣祭りの起源は前世の俺とされている。

当時世界中を周っていた俺が、干ばつが酷かったこの地域に来た時、俺が浴衣を着て踊ったことで雨が降った事が始まりとされている・・・


が、断じてそんな良心的な話じゃない!


当時少し日本が恋しかった俺は、綿栽培が盛んだったこの地域に着て浴衣というものを教えて作らせた。

代わりに少し農業の手伝いをしただけだ。


雨乞いをしたわけでも、何か祈願者たわけでもない。


とりあえず、そんな浴衣祭りが今日も行われる。


行き交う人々全員が浴衣を着て歩いている。けど・・・何だか仮装パーティーにしか見えな今。


仮面を被ってる者やマントを羽織ってる者、尻尾と耳を付けているやつ。


全員人間だ。


これで良いのかよ、とツッコみたくなる。


俺はと言うと、白と青の浴衣を着ている。白い表面に流れる川をイメージしたものだ。


「レーくん!」


街の広場で待っていた俺にイーリスが声をかけてくる。


声がした方を振り返ると思わず驚きの声を上げる。


「似合ってるじゃん」


こちらはピンクと薄い桃色の帯の赤い浴衣。ピンクの表面に薄い桃色の花が咲き誇る。

髪はいつもとは違い後ろに纏め、前髪をヘアピンで止めている。


「ん?どうしたの、レーくん。行こうよ」

「あ、ああ」


思わず見入ってしまった。いかんいかん何考えてるんだ、俺は。


「行こう」

「うん!」



俺らが少し進むと屋台が並んでいる通りに入る。屋台と言っても日本の言い方で、露店が並んでいるだけの場所だ。


この祭りは日本みたいに神輿を担いだり踊ったりするなどは無く、ただ浴衣を着て露店で食べ歩くというものだ。


けれど多くの人々が通りを行き交い、普段よりも活気に溢れていた。


「見て見て、あれ美味しそうな匂いがするけど何?」

「ああ、あれはプールポ焼きだよ」


【プールポ】はタコ型魔物で、地球に存在するタコの頭に角を生やしたような見た目をしている。プールポ焼きは、完全にたこ焼きだ。


「ねえ、食べていい」

「ああ、いろいろと食べていいぞ。婆ちゃんからお小遣いは貰っているからな」

「やったー!」


はしゃぎながらイーリスは買いに行く。


さて、俺も何か買うか。



しばらく俺とイーリスは屋台を回りながら楽しんだ。


美味しい食べ物を食べ、射的などで遊んだ。


「はぁ〜楽しかった!」


一頻り楽しんだ俺らは近くの公園のベンチに座る。


「イーリスが楽しそうで良かったよ」

「えへへ」


学園では色々とあったものの、ここ数日は楽しかった。

魔物を狩って、強敵を倒し、祭りを楽しんだ。


「明日からも楽しみだな」

「うん、ワクワクしている。初めての外国だもん!」


嬉しそうにイーリスは言う。


そう、今日でインフィルス領とはおさらば。


夏休み前にイーリスが行きたいと言っていたエルフの国、エルランド大同盟に旅行しに行くのだ。


「どうだった、ここインフィルス領は?」

「楽しかったよ!初めて魔物を狩って、強敵を倒して。祭りも今エンジョイしている!」

「そうか、良かったよ」

「街の人も、インフィルス家の人々も優しいし」

「うん、そうだな」


そこに婆ちゃんが含まれていないことを願う。


「少し寂しいよ」

「まあ、一応俺の実家だし。機会があれば気軽に来ていいよ」

「本当?ありがとう!」


頬を上げ、ニッコリとするイーリス。


「今度はフラウド領にも行ってみたいよ」

「私の家?結構遠いけど・・・」

「いつか、行きたいと思っただけだよ」

「そっか!」


その後の会話が続かない。俺は咄嗟に別の話題を出す。


「そういえばイーリスは花火を見たことがある?」

「はなび?」


そうか、無いのか。


「綺麗な爆弾?て言えばいいのかな。火魔法と土魔法を組み合わせて上空で爆発させるんだよ。色とりどり。凄く綺麗なんだ」

「へぇ〜見てみたい!」

「今日、特別に打ち上がるんだ。イーリスの為に」

「え、本当!」

「ああ、婆ちゃんが準備してくれている。そろそろだと思うけど―」


 ヒュッ―――――――ドーーン


大きな音と共に赤とオレンジの綺麗な花火が空に咲き上がる。


「凄いキレイ!」

「だろ?」


俺からして流石に本場の日本で見たものよりは見劣りするが、それでも懐かしく感じる。


「レーくん、ありがとう!」

「いいや、婆ちゃんが計画したことだし」

「それでもありがとう」


気恥ずかしさで頬を掻く。


「これからも勇者になるためいっぱい努力しろ。俺もサポートするから」

「うん!」


大きく頷くイーリス。


「ただ、明日からは旅行だ。精一杯休みを満喫しろよ」

「もちろん!」


学園では色々あったが、旅行を満喫するぞ!


俺は意気込んだ。



◇次の日



「出してくれ!俺は無罪だ!!!」


牢屋の中で俺は叫んだ。


「何で囚われなきゃいけないんだよ!出してくれ!」


鉄格子にしがみつき見張りに訴えかけるが無視される。


「どうしてこうなった!!!!!!!!」

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