討ち取りたいのは愛のため! おっとり悪魔と恋敵

胡麻桜 薫

第1話 ケルベロスの登場

 十月上旬の土曜、夕方六時。


 今日は町の神社で例大祭れいたいさいが開かれており、ちょうど今、神輿みこしの一団が町を練り歩いているところだ。

 誰もが足を止め、絢爛けんらんたる一団に目を奪われている。そんな中、神輿には目もくれず、一団とは反対の方向へ歩いていく女性の姿があった。


 黒いパンツスーツに身を包んだ、小柄で凛々りりしい女性だ。年齢は二十代前半くらいだろうか。

 髪は短く、瞳はキリッとしている。髪も瞳も、スーツと同じ黒色だった。


 やがて、女性は小さな公園の前で立ち止まった。

 薄暗い公園は一見、誰もいないように見える。だがよく見ると、高校生くらいの少女が一人でブランコに座っていた。


 パンツスーツの女性は公園に足を踏み入れると、まっすぐ少女のもとに向かい、声をかけた。


「君が新しい・・・で間違いない?」


「あ、は~い、そうでぇす!」


 少女は嬉しそうに答えると、揺らしていたブランコを止め、ぴょんっと立ち上がった。


 パンツスーツの女性よりも、少しだけ背が高い。

 ミントグリーンの髪はセミロング。

 可愛らしいれ目の持ち主で、瞳の色は髪と同じ。

 おっとりした雰囲気の顔つきで、いかにも柔和にゅうわそうだった。


 服は長袖ながそでの白いワイシャツに、プリーツの入ったこん色のミニスカート。ワイシャツの上にはニットベストを合わせている。

 そして、背中には──。


 女性は、やや呆れた表情で指摘した。


「君、つばさが出ているよ」


 少女の背中からは、漆黒しっこくの翼がぴょこんと飛び出ていた。翼の形は、コウモリのそれにそっくりだ。


「え!? ほんとですかぁ!? ごめんなさぁい、気ぃ抜いちゃってました〜! うむむむぅ〜・・・」


 少女は目をつぶり、どこか気の抜けた声でうめいた。

 すると、翼がポンッと引っ込められた。

 不思議なことに、ワイシャツの背に穴は空いていない。


「・・・地上では、翼は隠しておいてね」


「はぁい、気をつけます! それじゃ改めてぇ・・・わたし、新任としてやって来ました、ケルベロスですぅ」


「ケルベロス・・・」


 少女は照れくさそうに笑うと、のんびりした口調で言った。


「えへへ〜伝説の『ケルベロス』のように強くなってねぇ〜っていう意味で名付けられたんですぅ。ちょ〜っと長いので、ベルって呼んでくださぁい」


「・・・わたしは支援担当のエボニー。君を迎えにきた」


「エボニーさんっ、よろしくお願いしまぁす」


 ケルベロス──ベルはぺこりと頭を下げた。


「・・・うん、よろしく」


 ベルの独特なペースに、エボニーは面食らってしまった。


(またずいぶんと、のんびりした子が来たものだな・・・まあ、わたし達の任務なんてのものなんだから、問題はないか)


 エボニーは気を取り直し、ベルに言った。


「それじゃあ・・・君を拠点に案内するよ」



────────────



 エボニーは来た道を戻り、ベルを目的地に案内した。神輿はもう見えなくなっており、通りは先程よりもガランとしていた。


「ここだよ」


 二人の前にあるのは、三角屋根の一軒家だ。二階建てで、外から見る限り変わったところはない。

 エボニーは玄関扉に手をかけ、そのままガチャリと開けた。鍵はかけていないらしい。


 扉を開けた先には、靴を脱ぐためのもなければ、廊下もなかった。

 入ってすぐ広い部屋になっており、その空間の中に、必要最低限の家具が味気あじけなく並べられていた。

 部屋の隅には二階への階段があり、奥には間仕切まじきり用の引き戸がある。


「ただいま、連れてきたよ」


「あら? おかえりなさい」


 ダイニングテーブルで雑誌を読んでいた女性が、スッと腰を上げた。


 エボニーと同い年くらいの女性だ。

 髪と瞳の色は茶色。

 長い髪をゆるめのポニーテールにしており、切れ長の目に落ち着いた雰囲気をまとわせている。

 七分袖のブラウスを着て、ロングスカートを履いていた。


 女性はベルを迎え入れ、柔らかな声で言った。


「初めまして、わたしはセピア。エボニーと同じく支援担当よ」


「初めまして〜ケロベロスですぅ。ベルって呼んでくださいっ」


 セピアはベルに優しく微笑みかけた。


「よろしくね、ベルちゃん。ここが、わたし達の拠点よ」


「そうだ、今日からは君もここで暮らすことになる」


 エボニーはセピアの隣に立つと、涼やかな微笑を浮かべた。


「少なくとも年は付き合うことになるんだ。仲良くやっていこう。とりあえずお茶でもれようか。奥の部屋にキッチンが──」


「ごめんなさいっ、ゆっくりはできないんですぅ。わたし、出かけないと〜」


「「え?」」


 ベルの意外な発言に、エボニーとセピアは顔を見合わせた。


「地上に来たばかりなのに・・・用事でもあるの?」


 セピアに尋ねられ、今度はベルが不思議そうな顔をした。


「用事って・・・だってぇ、わたしは実行担当としてここに来たんですよぉ?」


「そ、そうだけど、わたし達は実際には・・・」


 エボニーはそこまで言うと、居心地悪そうに視線を泳がせた。

 その煮え切らない態度を見て、ベルはほおをぷくっとふくらませた。



「むぅ〜! わたしは『討伐とうばつ計画』の実行担当としてぇ、リリスねえさんを討ち取りに来たんですぅっ!」



 そう宣言するやいなや、ベルはバッと右手を掲げた。

 のんびりした口調からは想像できない、素早い動きだった。


 次の瞬間、ベルの右手には刃渡り13センチ程のナイフが握られていた。

 ブレードの形状は、刃先近くの背が湾曲わんきょくしているクリップポイント。折りたたみ式ではなく、固定刃のようだ。

 頑丈そうなハンドル(持ち手)は真っ黒で、光沢こうたくを放っている。


 そして、ブレードには『Cerberus』と刻印が打たれていた。


「わたしは今夜中に、リリス姐さんをぶっ倒すんです!! ぜ〜ったいに!!」


 ベルの可愛い垂れ目には、禍々まがまがしいほど強烈な敵意が宿っていた。

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