クビナシトレイン
天草can太郎
第1話 トレイン
耳に流れ込む音に耳を澄ます。どうやら少し寝ていたうちにラジオは、メンデルスゾーンの6つの前奏曲を流していた。ここのラジオ局は、選曲に流行りのK-popなんかよりもクラシックを流してくれる為、流行りに疎い私でも楽しんで聞くことが出来る。いや、流行りに疎いと言うよりも流行りが嫌いであるが。ミーハーな生き方はしたくないと常々思う。
耳にしていたイヤホンを外し、電車の揺れを感じる。目を開け、窓の外を見ると延々と広がる田んぼが一面に広がってる。夕日はもうすでに地平線を下ろうとしており、赤く田んぼを色付けていた。都会育ちの私は、あまり見覚えのない景色に寝起きの脳みそがついていけず、ただぼうーと視線を窓から車内へと移す。記憶では、6割の席が埋まっていたはずだが、今はガランとして、窓からの夕日と相まって哀愁が漂い、ガタン、ゴトンと音がよく響く。
ラジオ放送は、彼女が好きなものの一つである。携帯電話とテレビの無い私にとっては、新しく配信された音楽を聴くのも世間のニュースを見るのも一苦労である。そんな私にとって、ラジオは唯一情報入手の手段である。だがしかし、それにも限度があり、いつの間にか周りの話に着いていけずクラスでは浮いた存在になってしまった。どうせ浮くなら、狭い世間じゃなく、広い海でぷかぷかと浮きたいものだ。
携帯が有れば、今が何時でここがどのあたりを走ってるのかを調べることが出来たが、あいにく私は、その手段が無い。先月13歳になったばかりだが、今のスマホの普及率を考えると十分に持っていてもおかしくない。しかし、親の教育方針で家ではテレビも見られない。昨今は子供のスマホによる問題が後を絶たず、メリットが語られると同じくらいにデメリットも語られるが今回は、持っていないことへのデメリットが出た典型的な状況だ。スマホを持たせない事よりもどう使うかを教えるのが教育だろうにと日頃から思うが、仕方がない。
どうやら今更だが、乗る電車を間違えたらしい。久しぶりにU〇Jへと学校の行事で行き、その帰りに一人で電車に乗ったのが失敗だった。都会のホームは難しい。ホームの番号も確認し搭乗したはずだが、記憶違いだろうか。
ちなみに、乗ったホームが同じでも途中から、線路が北西の二方向に分かれる為、そこの注意が必要になる。今回は、その2分の1を外した結果であった。もともと、運が良いとは思って無かったが、行事の特別感が味方してくれないとは。
話は逸れるが、彼女は別段電車を使わない訳ではない。ネットが生活にない彼女にとっては、趣味である読書の質が生活の質を大きく左右する重要事項なのは明白だ。そのために、大型書店の最寄り駅までの道のりは熟知していた。だから、出来るだけ大きい規模のホームに降りた方が来る電車の数が多くなることも知っている。今回もこの経験を生かし、出来るだけ大きな駅に降りて情報を集める事が重要だとは思っていた。問題は、今の状況において、停車駅の規模が大きかどうかが全く分からない事だけである。
目が覚めて、5分が過ぎたころだろうか、電車が響く音で次に止まる駅へのアナウンスをした。その放送は、彼女の不安を煽るばかりだが数少ない情報源でもある。内容は、次の駅の名前とあと二駅で乗り換えが出来る駅に着くと言う話だった。アナウンスが終わると同時に電車の減速が始まり、身体が大きく揺れた。乗ってる人数に関係なく掛かる慣性の法則に苛立ちそうになるが、そんな暇もなく次の駅に着いた。
想像以上に小さい駅に、再度乗る電車を間違えたと認識させられた。扉が開くや否や、誰も居ないホームからさっさと出発したいとばかりに扉は閉まった。次の駅が読みにくい漢字であることだけが分かる。過ぎていく駅は、どうやら無人駅であちこちに埃が被っている。周りも田んぼであり、電車よりも車が移動手段として多いのかと勝手に推理した。少しでも気が紛らわす為である。
再び、窓に目を移すともう夕日のてっぺんだけが見えているだけである。それでも夜と比べて、明るいのだから光の回折には感謝しかない。やっぱり波長は長い方が良い。
そういえば、無人駅を見たのは、人生で二回目だったと気づいた。なかなか珍しい体験を今していると思うとワクワクしなくもない。外していたイヤホンを耳に付け、イヤホンから流れてきたベートーベンの月光に耳を澄ます。月が真上に来る前には家に着いておきたいものだ。
ほどなくして、電車は次の停車駅に着いた。こちらの駅もさっきと同様に少し寂れていて、人の気配が無い。降りる乗客も居ないらしく、扉が開いたばかりなのにすぐに閉まってしまう。どうやらこの電車は、ダイヤル通りの運航が出来ていないのかもしれない。だがしかし、電車の数が多い昨今では、ものの数分の遅れなど生じるのが当然なのかもしれない。むしろ、遅れに対して赦せるほどの器を培っていきたいと思う。世間を知らない分、偉そうなことは今のうち言っておこう。
三回目のアナウンスが流れ、ゆっくりと身を起こし、扉が開いたら出られる準備をしておく。彼女はバスにしろ電車にしろ、扉が開いてから席を立ち降りる派の住人である。扉が開く前に席を立ち何度、こけそうになったものか。
さっきの二駅とは打って変わって降りる人が多いのか扉は、すぐに閉まらなかった。足元に気を使い駅に降りた。隣の車両からは、二人のおじさんと高校生くらいの青年が降りていた。ホームは相変わらず寂れているが、利用客が昼間に多いのか待合室もあり印象が良い。変わらず、無人駅に違いないが駅の外に明かりが見え、小さな町があるようだ。少しの安心という収穫は、あったものの依然としてお家への帰り方が分からないままである。単純に来た線路を戻るために反対にあるホームで待てば帰れそうだが、反対のホームは電気が消えており、日が落ち切った今の状況において出来れば待ちたくないのが本音である。
駅は、切符だけでなくICももちろん対応していて、ICをタッチするパネルが出口に堂々と置かれている。入場は、昨日チャージしたばかりのICカードでしたため、彼女にとっては、駅の外も行動できる。お腹がすき始めていた、彼女にとって駅で待つよりも外で何かお腹を満たしておきたい。加えてU〇Jの帰りとあり、財布には中学の割に使わなかったお金がたくさん入っている。ほかの子がお土産で散財しているのを横目に何も買わなかったのが今となっては、有利に働いている気がする。
思い切って、彼女は駅の外に出ることにし、駅を後にした。割に合わない、お金を持つことで、気が大きくなってしまっていたのだろうか中学生らしい行動である。
勇気を出して、駅から出たのは良いものの、周りにコンビニなど見渡す限りなく、そのまま町の探検へと目的を変える。ふと、次の電車がいつ来るかの確認を忘れていたことに気づいたが、割合都会に住んでいた彼女にとって、電車は意外と本数があるものと思い込んでいるため、確認に戻ることはなかった。これが彼女の運命を大きく変える。
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