MPの代わりにIQを消費する世界で
しけもく
前編
戦場に大きな銅鑼の音が響き、それと同時に二色の光が天高く打ち上げられた。それをぼんやりと見上げながら、二人の男が会話をしていた。防具は最低限、ありがちなローブと如何にもな魔法の杖。二人は今しがた魔物達への初撃を終えた、魔術師団の一員であった。
「……あれは……なんの合図だ?」
「あれは確かアレだ。ほら、突撃的な感じの?」
「よく覚えてるな……よし、丁度腕が疼いてたところなんだ」
「見ろ、もう何人か突撃していったぞ。急がないと俺たちの見せ場まで取られてしまう」
ローブをたくしあげて腰元で結び、杖も放り投げ、二人は動きやすい格好へと移行する。まるで準備運動でもするかのように、鍛え抜かれていない細腕をぐるぐると回す二人。そんな二人の元へ、後方からやってきた何者かが声をかけた。
「待て、馬鹿か貴様らは」
身なりは上等で、片目には如何にも高級そうな
「誰ですか貴方は。随分偉そうな格好してるじゃないですか」
本来ならば首が飛んでもおかしくない、あまりにも不遜な態度であった。しかし男に問いかけられた師団長は、特に気にした様子もなく一般兵からの問いに答える。
「私は第二……魔術師団長?とかいうやつだ。恐らくは貴様らの上官だろう」
「へぇ……なかなか格好いい名前ですね」
「ふん、理解るか?」
彼が答えたのは役職であって名前ではない。しかし男にとってそのようなことはどうでもよく、そして褒められたことに気を良くしたのか、師団長もまた誇らしげにドヤるだけであった。戦場の後方とはいえ、本来ならば師団長がこんなところにいるはずもない。更に後方の天幕か、或いは高所で指揮を執っているはずである。しかしそのような当たり前に気づく者は、残念ながらここには居なかった。
「で、そのなんとか長とやらが一体何の用ですか。俺たちはこれから忙しいんだ。用があるなら手短に頼む」
「貴様ら、先程の合図を見なかったのか?」
「……?見たに決まっているでしょう」
「ならば聞こう。あれは何の合図だ。言ってみろ」
「何って……そりゃあ、突撃命令ですよ」
自信満々に男が答える。ちなみに、先の合図は本陣より下された『撤退』の命令である。最後方から全体の戦況を見ている軍師が下した、絶対遵守の命令である。戦闘が始まる前、軍に所属する全ての指揮官を集めて行われた作戦会議。そこでしっかりと説明された筈の命令である。当然ながら抗命は厳しく罰せられ、場合によっては死罪もあり得る。
そしてそれは、戦闘開始前に末端の兵士まで落とし込まれている筈の共通認識だった。師団長の口調から察するに、つまりは馬鹿な一般兵を嗜める為にやってきた、といったところだろうか。
しかし───
「そうなのか……よし、ならば私も共に行くとするか。魔族共の汚い顔面に、私の鍛え抜かれたこの拳を叩きつけてやる。誰が最も多くの敵を倒せるか、勝負といこうじゃないか」
戦闘が開始された当初はしっかりと理解していたはずのそれは、初撃の広範囲魔法と共に彼の頭から綺麗さっぱり抜け落ちていた。
「面白い。その細腕で俺たちに勝つつもりで?」
「ふん。貴様らこそ、そんな細腕ではゴブリンの一匹も倒せそうにないが?」
「言いますねぇ……行くぞ!!魔術師の見せ場だ!気合入れろォ!!」
「っしゃああ!!突撃ィ!!」
気合の声と共に駆け出す三人。見れば、周囲にも彼らと同じ様子の兵達が多数居た。砂塵を巻き上げながら、魔物の群れへと突撃してゆく魔術師達。その姿は秩序立った軍事行動とは遠くかけ離れ、あたかも山賊か何かのようであった。
しかし、彼らの突撃はそう長く続かなかった。敵の姿が目と鼻の先にまで迫ったその時、彼らの視界は不意に暗転した。
「うぉぉぉ!?糞ッ!!落とし穴だと!?」
「くッ……魔族の分際で洒落た事を!!」
「ぐおッ!!待て貴様ら、私を踏むんじゃない!!」
そうして突撃していった魔術師達は、見えている落とし穴へと面白いように転がり落ちてゆく。到底一人では脱出できないような、大きな落とし穴であった。穴の反対側からは多数の魔族も落ちて来ており、彼らは皆落とし穴の中で戦闘を始めることとなった。
魔族は人間に比べて身体能力が高い。故に、彼らは皆一様に落とし穴の中でボコボコにされてしまう。鍛え抜かれた肉体を持つ近接部隊ですら手を焼く相手なのだ。魔術に傾倒した彼らでは、勝てるはずもなかった。
* * *
元より上手くいくなんて思っていなかった。何処かで聞いたような作戦で全てが上手くいく、そんな都合の良い未来を予想していたわけでは断じてなかった。
誰も思いつかないような、そんな奇抜な作戦なんてちっとも思いつかない。自分に出来る筈はないと、絶対にボロが出ると、最初からそう思っていた。
それでも、こんな筈じゃなかった。
「報告します!第二、第三魔術師団長戦死!!」
「クソったれ!!」
戦場を一望出来る小高い丘の上、
「理由は!?撤退の合図は出した筈だ!!」
「それが……魔物の群れに突撃を行い、こちらの仕掛けた落とし穴に転がり落ち、内部で魔族と殴り合いの末、一方的にボコボコにされたようです」
後悔先に立たずなどというが、まさに今がそうだった。
難しい作戦じゃない。説明もちゃんとした。作戦会議では全員が納得していたし、理解もしていた筈だ。こんな巫山戯た状況で、一体何をどうすればいいのか。何故自分はこんなクソ馬鹿どもを引き連れて、魔王とやらと戦わなければならないのだろうか。こんな不条理があるだろうか。果たしてこれは自分の所為なのだろうか?否、断じて否だ。そんな苛立ちと大量の不満が、彼の脳内をぐるぐると泳ぎ回っていた。
* * *
平均的な顔に、平均的な身長。目の覚めるような美男子でもなければ、誰もが振り向くスタイルを持っているわけでもない。成績は優秀だったが、それは要領の良さに起因するものだ。勉強が出来るというよりも、テストで点を取るのが上手かった、とでもいうべきだろうか。そんな何処にでも居る、ごく普通の学生だった。趣味といえば読書と、そしてゲームくらいのものだ。
中でもリアルタイムストラテジー、所謂RTSと呼ばれるジャンルのゲームが好きだった。ユニットに命令を与え、強化し、刻一刻と変化する盤面の中で勝ちを目指す。相手の手を読み、敵の位置を読み、展開を予想し、先手を打つ。そうそう全てが思惑通りにいくことなど無かったが、自分の手が上手くハマった時の喜びはなかなかのものだった。
仮に都合のいい展開がやって来たとしても、そんな時は決まって彼の頭の中から声が聞こえた。自分を外側から俯瞰して見つめる、もうひとりの自分が語りかけるのだ。『そんなわけがないだろう』、『そんな展開はあり得ない』、『都合の良いことばかり考えるな』と。否が応でも自分を現実へと引き戻す、そんな存在が自分の中にいるようで。そんな彼だからこそ、RTSゲームが得意だったのかも知れない。慎重に、疑り深く、常に最悪を想定し、それに備えて行動する。『そういうの』が自分には合っていた。
それは『神』を名乗る半裸の痴女が目の前に現れた時も、まるで変わることがなかった。おぼろげな記憶を辿れば、確か試験勉強を終えてベッドに入ったところだった筈だ。
気づけば彼は大量の花が咲く丘に立っていた。アルストロメリアという、豊富な色を持つ美しい花だ。
そうして数秒が経った頃。花に囲まれた丘で立ち尽くす
『はじめまして。私は……そう、神のような存在です。平たくいえば』
イカれた服装の痴女は、頭までイカれていた。自ら神を名乗るなど、どう考えたってまともな相手ではない。これが自分の脳内で作り出されたものだと思えば、頭を抱えたくなるというものだ。
『なんと不敬な少年ですか。やはり会いに来て正解でしたね』
どうやら心を読まれているらしかった。神らしいといえばらしいが、しかしここが
『あなたには夢が足りません。いい年の少年が、夢の一つも見ないでどうしますか』
余計なお世話だと思った。というより実際に言った。
世界中、否、日本だけに限定しても、夢もなくただ日々を無気力に生きている学生など、それこそ掃いて捨てるほど居るだろう。
『仰る通りです。ですがそんな若者の中でも、貴方が最も可愛げがありませんでした。生意気です。平たく言えば』
知ったことではない。可愛げがない自覚はあるが、しかしだからどうだというのだ。いきなり人の前に現れて、一体何が言いたいのだろうか。
この時点で、
『というわけで、貴方にはこことは異なる世界。つまりは異世界で夢を探してもらいます。小賢しい貴方が、何も考えずに楽しめる世界で。ちなみに、貴方に選択権はありませんので。強制です。平たく言えば』
ここまで言われて、
読書を趣味としている彼は、そのくらいのセオリーは知識として知っていた。そして意外にも、彼はファンタジー小説が嫌いではなかった。斜に構えているつもりなど毛頭ないが、しかし物事を真っ直ぐ素直に捉えられない
故に、
痴女の目的が今ひとつ判然としないのが気がかりではあったが、こういったお決まりの展開にちゃんとした理由などいらない。そういうものだと理解出来る程度には、彼は年相応の感覚を持ち合わせていた。
一方で、彼の頭の中では、絶えず警鐘が鳴り響いていた。こんな怪しすぎる状況を鵜呑みにするなと、もうひとりの自分が喚き立てる。この時の自分の浅はかな判断を、
ともあれ、こういった場合は何かしらの
『何も持たずに放り出すのは流石に可哀想ですからね。生意気な少年といえど、多少の餞は送りましょう』
そういって痴女は、
『貴方にはひとつだけ、とっておきの魔法を差し上げます。感謝してくださいね』
その言葉の直後、
* * *
そうしてこの世界に降り立った時、
曰く、
曰く、
馬鹿を言うな、と
また、そうして話を聞いていく中でひとつ、どうしても聞き流せない重大な問題が一つあったのだが───
ともあれ、そうして数カ月が経ち、この世界にも漸く馴染み始めた頃。
彼の眼前には無数の魔物と、そしてそれに対抗する兵達の姿。
如何にRTSゲームが好きだとしても、それが実際の戦争となればまるで勝手が違うということは百も承知だった。
RTSの経験が実際の戦争で活かせる?そんなことは絶対にあり得ない。そんな経験は何の役にも立ちはしない。ゲームとは、決められたルールの中で勝利条件の達成を目指すだけのものだ。決められたルールの中で、決められた範囲の指示を出せば、あとは勝手にキャラクターが動いてくれる。そこにキャラクター達の感情は無く、ただプログラムされている通りに動くだけだ。
過去の偉人や、或いは戦国時代に使用された作戦を利用する、そんな話もよく聞くようになった。けれどそれも同じことだ。当時の情勢や人の感情、兵の士気。そして周囲の環境や季節、天候。時代背景や食料事情。そういった重要な情報を無視して、ただ陣形を真似ただけの模倣が上手くいくことなどあり得ない。
だから、極々単純な事前準備を行った。彼は戦争など経験したことのない、全くの素人である。こうして異世界に召喚されたからといって、突如戦上手になるなどという都合の良い展開は存在しないのだ。そんな素人が魔物と戦うとなれば、敵を罠に嵌めるくらいしか手が思いつかなかった。
当然ながら、罠を作る技術や知識など持ち合わせていない。ゲームであれば『罠』というアイテムを設置するだけでいいのだから。薄ぼんやりと頭の中にある、怪しすぎる記憶を頼りに罠を制作するなど論外だ。最悪味方を殺す結果になりかねない。
だから穴を掘った。魔物がいくらでも入るような、大きな大きな穴を掘った。敵が現れるであろうと予測される森から、ぐるりと砦を囲うように。これなら専門知識など何も要らない。誰にでも出来る、誰にでも思いつく原始的で簡単な罠だ。
そうして魔物が落とし穴に落ちたら、後は魔法師団による攻撃で敵を削る。全ては倒せなくても、数を減らすことが出来ればそれでいい。少しでもダメージを与え、動きを鈍らせることが出来れば御の字。その程度の考えだった。あとは剣士達が近接戦闘に持ち込めば、恐らくは戦えるのではないか。知らんけど。
この世界にも知恵者はごまんと居るだろうに。
『導くもの』とやらがどれだけ期待されているのかは知らないが、わざわざ素人の自分に指揮を執らせる意味を見いだせなかった。しかし、そうしろと言われた以上はそうするしかなかった。帰る当てなど、他にはなかったのだから。
それがこの惨状だった。
見通しが甘かった。ここまでだとは思っていなかった。
戦場を一望できる丘の上、
彼女は目の前の惨状にも動じること無く、視線を向けてきた
そんな美しい王女と、そして目の前に広がる馬鹿げた惨状を交互に見比べ、
城で目を覚ましたあと、鑑定魔法とやらで見てもらった
しかしこの魔法の最大の問題は、そのダサ過ぎる名前でも、使い勝手の悪さでも無かった。
「……王女殿下」
唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。そうして
「はい?なんでしょうか、
「……この世界って、どういう世界でしたっけ……?」
「あら?もうお忘れですか?」
「いえ、一応……そう、一応の確認です」
「そうでしたか!確かに、こういう戦況だからこそ確認は大事ですよね!では……コホン。この世界はですね───」
そうして王女は告げる。
「ここは、魔力の代わりに
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