第四幕-3
その言葉を最後に部室を出て、二人で家に帰って。
一応、本町の親に電話はしたけれど、特に引き留められる事もなく。
相変わらず羅、複雑な家庭環境だと思う。
別に構わないけど、せめて娘が男の家に行く事を警戒して欲しい。
「あっ、そうだ。前永君はまだ、九八四は読んでないでしょ? 内容。買ってあげるから、スマホで読んでみれば?」
「いやいや、無理でしょ。俺はそんなに、本を読むのは速くないから」
「大丈夫、漫画版があるの。名作はね、誰もが読ませたがるから、分かり易いバージョンもある訳。便利」
「成る程……それだったら、すぐに読み終えるか」
「内容について話す時も、漫画版の方が便利だし。小説だとページが多いから、ここを見てって言うのも大変だし」
「それじゃ、頼むわ」
帰り道、歩きながら漫画版を購入してもらい。
読むのを楽しみにしながら、早歩きで家へと帰る。
道中、折角だからと一通りの粗筋を説明されそうになり。
「ちょっと待った、粗筋は駄目だ。こっちには漫画版があるし」
「えっ? でも、家で話し合うから事前に説明した方が……」
「気持ちは分かるけどさ、読む前に情報を入れたくないんだよ。どうせ読むなら、なるべく新鮮な感じで」
「でも、放送部の部室では横で聞いていたよね。話。なのにダメなの?」
「あの時は難しそうな本だから、ある程度は内容を知っておかなきゃ読めないなと。そう思ったんだよ。けどな、簡単に読めるなら話は別だ」
「成る程……つまり、ネタバレはダメって方なのね。意外。いつも話を聞いていたから、大丈夫だと思ってた」
「本町との話では、割と肝心の部分にまで踏み込まない部分も多かったからな。ほら、ミステリーの時とか」
「あれは最後のどんでん返しが凄かったから、先に語るのはちょっとな~と思って。秘蔵。でも、そんな感じなんだ」
「先に内容を知ってから、本を読むって人もいるけどな。俺はナシかな?」
「分かった、気を付けるね。……だったら序盤だけ、いい?」「仕方ないな……」
小説を語りたがるのは、まさに本町の人生と言ってもいい位で。
行動も小説に合わせてるし、正しく小説に生きてるなって感じがする。
学校では、同級生も先生も誰も入り込めてないけれど。
たった一人、自分だけは入れてるって考えると……
「いいもんだな、本って」
「興味湧いた? だったら楽しみだね、私が読んだ中でも面白さは段違いだったから」
「なら、楽しみにしてるよ。……晩御飯、どうする? 今日は話したいし、手軽なのがいいけど」
「コンビニでサンドイッチとか? あれ、元々は片手で食べられる様に作ったのが起源だって」
「決まり、寄って行くか。……もうそろそろだな」
期待が口から零れる程度に、話すのを楽しみにしてる自分がいる。
結局、何だかんだ好きなんだろう……本を共にする友人として。
最初の出会いは最悪だったけど、それでも出会えてよかったと思ってる。
……流石に先生が来る程、怒られる行動はごめんだが。
コンビニで夜食を買って、家に辿り着き。
鞄を下ろしてすぐ、九八四の漫画版を読み始めた。
横で本町が話しながらの読書は新鮮で、こんな読み方もあるのかって思った。
「……確かに嫌な世界だな、九八四の舞台は。毎日、党がカメラで監視してるんだろ? それも一時の例外もなく」
「でしょ? だから私も試してみようと思ったの。自分の生活をネットに、毎日の様に配信して」
「……それ、親に言ったのか」
「うん。話した直後、物凄い顔をされちゃった。嫌悪? 何て言うか、呆れ果ててるって感じの」
「で、怒られて止めたって訳か」
「違う。……やるなら余所でやれと言われた」
「……はっ?」
「止めはしなかったけどね、やっていいとは言われてないけど。……ただ、何故か嫌な気持ちになってね。残念? 離れてるって感じで」
両親が離婚して、母も娘から離れて。
距離は近いけれど、きっと心は遠くにあるんだなと思う。
母が別れを決意したのは、夫に暴力を振るわれたから仕方ないけど。
それからは本町の心に、母が向かおうとはせずにいて。
……だから、本が好きなんだろうな。
「それは……いや、いい。忘れてくれ。兎に角、流石に配信はしなくて良かったよ」
「プライバシーとか? 勝手に家の事を公開するのはダメそうだし。我慢。……でも、前永君なら大丈夫だと思う」
「……待て待て、更に話をややこしくするな。無しだよ、無し。俺にそんな趣味はない」
「え~? ただ、九八四の世界を体験してみたいってだけだよ? 信頼してるし、大丈夫かなって」
「だからって、万が一の事があるだろ? ほら、ネットで情報が流出したとかあるよな? 禁止だ、禁止」
「流石にダメかぁ……残念」
相変わらず、その無駄に凄い唐突さには恐れ入る。
家族との関係とか、本とか、そういうのを抜きにしても本町から離れない方がよさそうで。
……良かった、行動する前に話が出来て。
「ほら、続き読むぞ。監視はダメだが、他に体験出来る事があるかもしれないし」
「……確かに。それじゃあ頼むからね、前永君」
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