第四幕-2
幾ら考えを強制しても、心への命令は出来ない筈で。
なのに命令が上手くいき、捏造は常に成功している。
……確かに気になるな、その本。
「前永君の言う通り、やっぱり無理だと思うの。否定。考えたりネットで調べたりしたけど、そんな考えを受け入れた理由が理解出来なくて」
「成る程な。だから実際に試して、確かめてみるって訳か。……まぁ、俺も気になってはいるが」
「でしょう? だからね、何とか説得が出来ないかなって思うのだけど……」
気にはなるが、報道部へ捏造して下さいと頼むのは無理で。
けれど、このまま本の事をそういう物だと納得するのも無理だ。
でもなぁ……上手く説得出来る方法なんて……
本の内容を向こうが理解してない限り、そもそも変な人だと思われるのが先で。
……だったら、最初に本の話をすればいいんじゃないか?
「本町、そもそもの話だが、その本は有名なのか?」
「えっ? ……えっとね、割と昔の小説だけど有名なのは有名だよ。世界的。古典的名作と言ってもいい位には」
「だったらさ、最初に九八四を報道部の人に読ませればいいんじゃね? 結局はさ、本の中にいる人の考えを知りたいって事だろ? だったら、聞いてみるのが一番じゃないか?」
「確かに……それだったら頼みやすいし」
結局の所、本の内容を知らないから話がややこしくなるだけで。
事前に報道部の人へ話しておけば、捏造の事についても聞き出せる。
それで登場人物に共感が出来るかって言われたら微妙だけど……
少なくとも、捏造を頼むよりかは楽だ。
「決まりだな。本町、九八四は持ってるか? 報道部の人に貸す為に」
「あるよ、勿論。完璧。それに、既に著作権が切れてるから、話す時はスマホで該当の部分を見ながらとか出来るし」
「なら、行くとするか」
こうして大井町高校の中にある、報道部の部室へと向かい。
事情を説明してみると、思ったよりすんなりと通してくれた。
「これで二度目ね、二人と合うのは。一ヶ月ぶりかしら?」
「そんな所です。その、今日はお願いがありまして……」
「記事の訂正とか、そんな話は駄目だから。最近、随分と本町との仲がいいみたいだけど。相手が恋人だろうと駄目だからね」
「いや、付き合ってませんから」
出迎えてくれたのは、報道部の部長である上口文。
ポニーテールが特徴の、真面目で堅物、言葉もキツいと評判で。
生徒会の会長も担っている、とても厳しく忙しい人だ
わざわざ、話だけでも聞いてくれる事に感謝しないと。
「それで? 記事の事じゃないなら何?」
「えっとですね、上口さんは九八四って小説、読んだ事ありますか? 私、最近読んで実際に体験してみたいなと思いまして」
「……そういう事ね。私も教養として読んだ事はあるわ」
「本当ですか!? 良かったぁ~、話の出来る人がいるといいなって、ずっと思ってたんですよ」
「話の出来る人? 貴女、毎日の様に前永と話してるじゃない」
「現場の人間で、ですよ。小説。舞台となりそうな場所で、題材となる本を読んでる人はまるでいなくて……」
「……あんなディストピアの世界、私の報道部とは違うから。勘違いしないで」
多少、刺々しくはあるけど、何とか本町の話を聞いてくれて。
そのまま主人公の話とか、独裁者の作った制度の話になった。
何だかんだ、楽しく話せるのはいい感じだし喜ぶべきだと思うけど。
ほんの、ほんの少しだけ、他に本町と話せる人がいると思うと嫉妬してしまう。
……別に付き合ってる訳じゃないのに。
「という訳で、試しに私が工場に突撃した時の新聞を捏造してくれませんか? どこか外に出すって訳ではありませんから。秘蔵」
「あのねぇ……本が好きだという事は理解出来たけど、捏造は駄目に決まってるじゃない。それに……あの本、捏造が本質じゃないと思うの?」
「本質、じゃない?」
「考えてみなさいよ、おかしいじゃないの。主人公の様な人達が捏造してるの、何だと思う? 過去よ、過去を書き換えてるの」
「それは知ってますけど……どうして過去に注目したのですか?」
「書き換えるなら、最初から嘘を作ればいいの。党の歴史を書き換えるのではなく、歴史を作れば。でも、そうしなかった。……どうして過去に拘るの?」
上口の言葉に、俺達二人は黙ってしまい。
頭の中に浮かんだ疑問を、何とか解決しようと必死にもがく。
そうこうしている内に、彼女は時計を確認し。
「……そろそろ時間ね。もう少し話したかったけど、部活を優先させなくちゃいけないし」
「いえ、お時間頂きありがとうございました。……前永君、頼みがあるけど」
「何だ?」
「今日、泊まっていい? 二人でジックリ考えたいから」
見つめる目は真剣で、隣にいる上口が呆れる程に。
「不純異性交遊は駄目だからね、分かってる?」と横から口出しするが、別に付き合ってる訳じゃない。
何だかんだ、本町が一番、本の話が出来るのは俺ってだけだ。
「分かった、泊まりだな。……それじゃ、失礼しますね」
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