第三幕-4
「……まぁ、当たらない時もあるよ。いや、この場合なら当たる時か。それはそうと、弁当が面倒なら別に作らなくても」
「それはダメ。禁止。読んでいた本の臨場感を味わう為にも、罰はあった方がいいから」
「でも大変じゃない? 毎日、俺の分も弁当を作るのは。支払いだけで大丈夫だぞ」
「いいの、決めた事だし。それに弁当位、作るのは簡単だから。楽しいし」
……楽しいのは本町だけで、俺としては微妙なんだよなぁ。
教室で同級生に、弁当を渡されるのを見られて何と言われるか。
別に付き合ってる訳じゃないし、ただの友達って感じだけど。
告白に失敗している連中に見られたら、何と思われる事か。
「だったら、弁当は登校前に道で受け取るって形でいいか?」
「構わないけど……学校で受け渡しする方が楽じゃない? 面倒。私はいつも早めに登校するから、机に置いておくとか」
「何かこう……気になるんだよ、そういうの。どうと言う訳じゃないけどさ」
「そういう物、なのかな? 分かった、そうする」
不思議そうな顔をしながらでも、何とか納得してくれて。
お陰で同級生からの注目を浴びなくて済みそうで、ほっと心が落ち着いた。
……ホント、行動が速すぎるからな。
今でも同級生から、たまに付き合ってるのかと聞かれる事もあるし。
これ以上、余計な勘違いをさせる訳にはいかなかった。
「という訳で、晩飯は頼むぞ。何だかんだで夜は真っ暗だし、もう腹が減り過ぎて限界なんだ」
「あっ、確かに。それじゃ、なるべく早く作って来るから。楽しみにしててね」
「おう……危ねぇ」
危機的状況を回避した前永は、心の底から安心しきっていた。
それこそ、弁当の話が頭からすり落ちる程に。
今の内に問題に気付く事が出来れば、回避出来ていた筈で。
彼女が持って来る弁当の容器が、ピンク柄だって状況を。
明日の朝、登校直前という時間制限の中で気付く必要がある事を。
「お待たせ。どうかな、このレシピは私も作るの初めてだったけど」
「食べて見ないと分からないが、インスタントラーメンだろ? 塩ラーメンの。後から載せてるのは卵と葱だけだし……そんな変わるか?」
「それがね、違うらしいのよ。……当ててみる? 卵と葱以外で、何を加えているか?」
「変わったミステリーだな。……答えるのは一回だけか?」
「そう。あっ、調味料として入れた酒は除いてだよ。例外。第一、熱で飛ばしてるからアルコールは入ってないし。それ以外で他に何を入れてるか?」
「成る程な……んじゃ、食べて確かめるとしますか」
頂きますと手を合わせ、早速、探偵の様に犯人を探し出す。
現場は丼の中にある塩ラーメン、果たして何が入っているか。
「……おぉ、確かに違うな。何というか、スープが違う。んで……何を入れてるかだろ? 辣油とか?」
「それが答えって事でいい? 最終決定?」
「んーと、ちょっと待て。なんか違う気がするな。第一、それだったらスープに浮き出てるし。普段の味より濃くなってる訳ではないから……」
考えてる間も手は止まらず、気付けば空になっていて。
横に座っている本町は、まだ半分位しか食べていないというのに。
麺と絡める半熟の卵も、葱も、何かが加えられてるスープも美味しいけれど。
他に何を入れてるのかは分からず、どうにも思い付かないまま。
……味の元とか?
元々の味を邪魔しないで新たに味を加えるなら、旨味を簡単に加えられるヤツで。
元々のラーメンにも旨味はあるし、探し出すのは困難だろう。
……これなら、ミステリらしくあるな。
「分かった、味の元だ。それだろ? 簡単には見つけられず、当てるのが難しいし」
「成る程、成る程。考え方はいいね、面白いよ?まるでワトソン君みたいで……残念! 不正解!」
「……外れたか。で、答えは何なんだ?」
「ちょっと待ってね、もうすぐ食べ終わるから。急遽」
食べ終わる瞬間を、モヤモヤとした気持ちのまま迎え。
漸く顔を上げた本町の表情は、悪戯っ子の様に笑顔だった。
……うん、完全に騙されたな。
「正解は……何も入ってません! 残念! クイズの前に説明した物を除けば、何もです!」
「おい、ちょっと待て……薄々、そんな感じはしてたけどさ」
「あの本だって、どんでん返しが有名だからね。私も真似をしてみる事にしたの。……楽しい」
「こちらはまんまと騙された気分だよ。ったく……でも、本当に変わるもんだな」
「私も驚いたよ。お酒を入れるだけで、そこまで変わるとは思ってなかったから。丁度、あの本みたいに機会が来て良かったなって」
「そいつはどうも。……まぁ、いいもんだな。ミステリーってヤツも」
「確かに……ねぇ、折角、本を貸した所に悪いけどさ、ちょっと返してくれる? やっぱりあの本、もう一度読みたくて」
「別に構わないけど……謎解きは面白いけど、人物は共感出来ないと言ってたのにか?」
「もしかしたら、読み返したら面白いかもしれないし。いいかな?」「別にいいけど……」
面白くない本でも、時間が経って見方が変われば面白くなる……
前に本町がそう言っていたけど、まさに今の状況だと思う。
割と内容が気になるし、今度は借りずに買ってみようかな?
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次の日、早めに自宅へ戻ってまで作ってくれた弁当を前に焦りだし。
昼休み、ピンク柄の弁当を手で隠しながら食べ終わった。
……今度から、謎解きは最後の最後まで油断しない様にしよう。
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