突然の縁談

 キャリーケースを抱えて数年ぶりに自室へ足を踏み入れる。ピンクと白を基調にしたメルヘンチックな部屋は変わってはいない、どうやら恵菜がここを出ていく前とそっくりそのまま、手をつけずに置いておいてくれたらしい。放置されていた勉強机も、少し色の褪せたピンクのカーペットも、部屋主がいないのに埃も髪の毛も落ちていなかった。きっと母が掃除をしてくれたのだろう。実家に対しては複雑な思いがあるが、帰る日を待ち侘びて清潔にしてくれていたのだと思うと、自分はやはり親不孝者だなぁとしみじみ思ってしまって。


 ややしんみりとした気持ちで荷解きを始めた時だった。襖の向こうから母の声がして、開けていいかと問われる。返事をすると、記憶よりも少し歳をとった母がにこにこと笑って部屋に入ってきた。

 

「恵菜、ちょっと今いいかねぇ」

「え?何?」


 母は元来、言いたいことは割りかしズバズバと言うタイプである。その母が珍しくにこにこと曖昧な笑みを浮かべたまま何かを言い淀んでいるのを見て、恵菜は嫌な予感に駆られた。


「お腹すいたでしょう、お昼ご飯、恵菜の好きなものたんと用意したでね」

「え、あ、ありがとう……」

「そいでねぇ、今日はせっかく恵菜が帰ってくる日だもんでね、お客さんを呼んどるのよ」

「は?」


 悪い予感がいよいよ現実に迫ってきた気がして、顔が引き攣ってしまう。この歯切れの悪い口調からして、まさか、その客というのは。


「先方さんも恵菜に会いたがっとってねぇ、恵菜の写真を見せたらえらい別嬪だって喜んどったって。あんたより四つくらい歳上だけど、なかなか男前だったし、悪い条件じゃないと思うからねぇ、顔合わせだけでも」

「え、待って、ちょっと待ってよ、え?それお見合いしろってことだよね?聞いてないってそれ、こんな騙し討ちみたいな……!」

「騙し討ちって!なぁに人聞きの悪いこと言いよるの、いっぺん会うだけでしょう、気に入らんかったらお断りすればいいんだから」

「そういう問題じゃないって!」


 やられた。完全にやられた。恵菜は己の油断が招いた最悪の状況に頭を抱える。絶対にこれ、最初から見合いをさせるつもりで自分を帰省させたに違いない。こんな田舎で見合いなんかする気ない、今日のところは断ってと言い募るものの、母も往生際悪く食い下がった。


「帰ってもらってって、無理だわもう。京極さんさっき着いて、居間であんたのこと待っとるのよ」

「は?いるのもう!?ありえない本当なにそれ!ていうか京極さんって誰!」


 泣こうが喚こうがすでに退路が絶たれていることに気付かされ、もう恵菜はうなだれるしかなかった。帰省して一時間弱ですでに疲労感でぐったりしている恵菜に母が慰めにもならない情報を付け足す。


「ほら、関西の方のねぇ、九煌寺いうお寺知っとる?うちとは比べものにならんくらい格式の高いお寺さんでねぇ。そこの次男なのよ。京極さん言うてねぇ、しかも聞くとこによると、ものすごい力を持っとる霊媒師さんみたいで」

「霊媒師!?うさんくさ!」


 霊媒師と聞くとなんとも胡乱な肩書きに思えてしまい、思わず失礼極まりない感想が口から出てしまう。いや、マッチングアプリでなんたらコンサルタントやらなんたらソムリエやら、何をしているかよく分からない肩書きの人間と会ったことがあるが、霊媒師は群を抜いていた。


「何を言いよるのこの子は、確かにピンキリじゃけどねぇ、京極さんは本物よ、除霊の依頼が多すぎて2年は待つんだとか」

「なんでそんな人が見合いなんか……」

「まぁ細かいことはいいでしょう、気になることがあるなら直接聞いてみればいいんだから。あんまり待たせたら悪いし、早くいらっしゃいな」


 今さら断ろうにもすでに待っている人間を帰らせるなんて、さすがに申し訳ない。恵菜は諦めて、顔を合わせるだけは合わせてみようと思い直した。寺の次男なんて初めから選択肢には無いが、まぁ一応会ったというだけで相手の面子は保たれるだろう。恵菜はため息をついて居間へ向かった。

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