夢現ツ

スズキ

1.出会い

不思議な出会いだった。




「お姉さん」




 こんなふうに、見知らぬ男性に声をかけられるのなんて本当に若かった、女子高生というブランドを背負っていたあの頃ぶりだ。他にも街をせわしなく歩いている女性はいくらもいるというのに、よりにもよってこの男はわたしに真っすぐ、話しかけてきた。




「ちょっとだけ、僕に付き合ってくませんか?」


「どこにお付き合いするの」




 見たところ、大学生だろうか。背が高く細身のその男性は、ほかに目をくれることもなくわたしを見つめる。ぱっちり、というよりは、切れ長の、吸い込まれそうな黒。醸し出された雰囲気が、なんとなくこの世のものではないような、そんな感覚。惹き込まれそうになる。ただ物じゃない、っていうのはきっと、こういうのを言うのだろう。




「お姉さんじゃないとダメなんです。他の人じゃ絶対ダメ。ね、こっち。僕と一緒にきて」




 そう言って男はわたしの手を取った。浮足立つ。体だけでなく気持ちまでふわふわとして、まるで自分が自分でなくなったようだ。わたしはすっかり彼の独特なオーラに呑まれて、拒むこともできずにただ引かれるがままについていった。


 きっと年下であろう、名前も知らない男に。


 脳が、痺れている。まるで魔法にでもかかったかのよう。お酒を飲んだってこんな感覚にはなりえない。なんだ、これは。まるで夢の中、わたしはもしや白昼夢でも見ているのだろうか。とてつもなく甘美な痺れ。


 もう、どうにでもなればいいと思った。うまいこと働かない痺れ切った頭は、ただこの手の先の彼を求めている。一晩だけの遊びだとしても、おかしくなってしまうほどに自分を虜にした、こんなにも素敵な彼と結ばれるのであればそれは幸運じゃないか。




「座って。僕を見て」




 たどり着いたのはやはり、恋人同士が入るようなホテルだった。ベッドに腰かけて向かい合う。むせかえるような彼の持つ独特な甘い甘い香りに鼻腔まで刺激されて、ぼうっとする。瞳を見つめ返すともう、頭の中が媚薬にひたひたに浸されたかのように熱い。


 わたしは完全に呑まれてしまった。もう意識すら朦朧としている。くらくらする。


 ああ、もうだめだ。そう思った瞬間にわたしの肢体は揺れて、彼の方へと倒れ込んだ。華奢に見えていたが男性らしさのある硬い腕に支えられて、すっかり力が入らなくなったわたしはその中にすっぽりとおさまった。そうして、耳元に。




「僕に体、預けて」




 ちくり。


 左腕に走った甘い痛み。ぼんやりする意識の中で、彼がわたしのそこへ噛みついているのが見えた。そのちりちりとした感覚に、わたしはついに意識を手放した。

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