第一章 第6話 荒野からの脱出①

 ◇◇◇【アンジェリカ・オリュンピアス】視点◇◇◇




 「・・・貴方は何方(どなた)ですか・・・?」




 眼の前に居る30歳くらいと思われる男性に向けて、私はやや朦朧としている頭を振りながら尋ねた。 


 すると、男性はにこやかに私に笑い掛けると、安堵した様子を見せて、




 「気づかれた様ですな! 私は【ヴァン・ヴォルフィード】と申すもので、生業は商人をして居りました。


 この先の交易都市を目指して居りましたが、街道で山賊に襲われまして、馬車に積んでいた荷物と金目の物を、全て奪われてしまいました。


 着る物のみを許されて、荒野に追い払われてしまい、仕方無く歩いて交易都市を目指して居りましたが、荒野に広がる縦横無尽に存在するクレバスに、難儀して居りました。


 そんな中、馬の嘶きを聞いて人が居る事が判りまして、急いでクレバスを登り駆けつけて見ると、何と倒れ伏しているお嬢様方が見えましたので、取るものも取り敢えずやって来た次第です」




 そう答えてくれたヴァン・ヴォルフィード殿は、非常に魅力的で人好きのする笑みを見せて、視線を壊れていた筈の馬車に向けて、倒れていた妹達を馬車の荷台に運んでくれたらしい。


 馬車をどうやら直してくれたらしく、車軸に応急処置した上でその中のベッドに妹達を寝かせてくれていた。




 「・・・誠に有り難い! 蜥蜴型魔獣に襲われて馬車が壊れてしまい、どうしようかと思っていた所だ。


 処で、馬車を壊し私を押さえつけていた、大型の蜥蜴型魔獣はどうしたのだろう?


 どう考えても、逃げようが無い状態だったので、半ば諦めかけていたのだが・・・」




 「嗚呼、その魔獣達なら・・・」




 そうヴァン・ヴォルフィード殿は言うと、視線を20メートル先の窪地に向けた。


 その窪地に、ヴァン・ヴォルフィード殿と私は連れ立って向かい、2匹の大型の蜥蜴型魔獣がお互いを喰らい合って絶命しているのが確認出来た。




 つまり、私を襲っていた大型の蜥蜴型魔獣は他の大型の蜥蜴型魔獣と、餌としての私を奪い合いをして、愚かにも双方共倒れしてしまったと云う訳だ・・・


 とすると、私が気絶する前に見た光景の、空から凄まじい速度でやって来て、私を救ってくれた全身銀色の”神様”と思(おぼ)しき存在は、夢だったのだろうか・・・?




 そう考えていると、ヴァン・ヴォルフィード殿は私に注意を喚起してくれる。




 「此の様に、この荒野には夥しい数の危険な”魔獣”が跋扈しているようです。


 一刻も早く安全な交易都市に向かいましょう」




 そう、早期の出立を促してくれたので、私も此処の危険性を思い出し、直ちに愛馬の【テルー】を呼び寄せて騎乗し、馬車の方は申し訳ないがヴァン・ヴォルフィード殿に任せる事にする。


 ヴァン・ヴォルフィード殿は当初、乗り慣れていないタイプの馬車だったのか、かなり四苦八苦して御者台に乗り込み、馬を御すのにも手間取っていたのだが、暫くすると慣れたのか非常に手慣れた感じに馬を御し始めた。


 大分余裕が出て来たので、お互いの事情を話す事にしたのだが、当然追われている身としては、正直な事情を話す訳には行かない。


 なので申し訳ないが、私は貴族のお嬢様達を護衛する騎士で、街道を商人のキャラバン隊と一緒に交易都市を目指していたが、大規模な野盗達に商人のキャラバン隊が襲われて、必死に逃げていたところ、道に迷い荒野で夜を明かしてしまう羽目になり、朝になって大型の蜥蜴型魔獣に襲われていた、と説明した。


 その際に名前は、両親や妹達そして親しい間柄の人が私を呼ぶ愛称、【アンジー】とさせてもらった。




 「【アンジー】殿ですか・・・、では私の事も【ヴァン】とお呼びいただけないでしょうか?


 正直なところ、あまり気取った話し方には慣れていないんですよ!」




 「・・・判りました、それでは【ヴァン】殿。


 交易都市に無事辿り着く為に、助け合って行動しませんか?」




 「こちらこそ、一切の持ち物を強奪された身としては、大変助かりますのでよろしくお願いいたします」




 そんな会話をして、荒野でも比較的に緩やかな勾配の場所を、選びながら魔獣等に襲われない様に、警戒しながら馬を進める・・・。




 そんな道行きをしていると、はぐれてしまった親衛隊の面々が思い出さられ、涙が溢れて来る・・・。


 突然黙ってしまい、会話が途切れてしまった事に、違和感を感じられた【ヴァン】殿は、何かを察したらしく私と同様に黙ってくれた。




 (・・・これから私はどうすれば良いのかしら?


 当面は交易都市に向かい食料品を補給するしかないけど、警戒している王国軍を掻い潜って街道を通るのはほぼ不可能だし、街中に入るには鑑札が必要だから何らかの形で食料品だけでも補給しないと・・・)




 と云う中々妙案が出そうもない思いを抱きながら、私達は荒野に広がる土煙混じりの空を見上げるのだった・・・。

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