第2話

 森は爽やか 星は瞬き

 火は暖かく 心を照らす

 ぼくらはみんな友達だ

 生きているって美しい


 街道に沿って置かれたコトバイシが、歌を再生していた。

「これも君の歌かい」

「いや、これはぼくじゃないな。歌っているのはぼくだけど。作ったやつが風邪をひいてて、代わりにぼくが歌うことになったんだ」

 ぼくらは馬で街道を下っていた。お城を出てから約一ヵ月。もううんざりするほど、似たような歌ばかり聞かされてきた。自分で言うのもなんだけど。

「たしかに、こんな歌ばかり聞かされていたら、コトバムシも嫌になるかもね」

「おいおい、ウタイビトのコトバとは思えないな。皮肉を言っていると、コトバムシが青くなるよ」

 ヤヤはそう言ったが、ぼくらのまわりを飛び交っているコトバムシは、みんな赤い色をしていた。さっきの歌に満足して、お腹いっぱいになっているようだ。

「そうは言っても、君たち研究者の意見を参考にして作っているんだよ」

「それもそうか」

 パロル地方は、コトノハ国の西の端にある、豊かな穀倉地帯だ。夏に乾燥し、冬に雨が多く、小麦栽培に適している。

 この国の台所はこの地方が支えていると言っても過言ではないから、もしこんなところで神の罰が起きれば、たまったものではない。

 元々は独立した国だったけど、かつての戦争によってコトノハ国の領土となった。

 時の王さまはすぐにコトバムシをこの地方全土に放ち、地域の安定を図った。

 最初のうちはそれに反発する人が多く、コトバムシの大虐殺なんていう痛ましい事件まで起きたことがあった。

 でも、徐々にコトバムシの良さがこの地方の人たちにも理解されてきて、今では地方全域でコトバムシが元気よく飛び回っている。

 ただ、コトノハ国の支配を良しとしない人たちも、少数ながらいて、独立運動も起こっている。それが武力衝突にまで発展しないのは、コトバムシのおかげだ。

 小高い山の上に、ワルド城という出城が築かれていて、ここのてっぺんから見ると、コトバムシの色がよくわかるのだ。

 もし青くなっている地域があれば、すぐに警備隊が出かけていって、取り締まりをする。

 ぼくらは調査中、このワルド城を拠点とすることになる。

「お待ちしていました、ヤヤ殿。それから…」

「ウタイビトのトトです。調査に同行しています」

 ワルド城に着いたぼくらは、早速歓迎を受けた。会食の席が設けられ、パロル地方特産のコケモモや川魚を使った料理でもてなされる。

 だけどぼくは、それらをゆっくり味わっている暇はなかった。

「本物のウタイビトの方が来てくださるとは、これはこれは珍しい」

 なんて言われて、特に歓迎されてしまったからだ。おかげでぼくはいろんな人のもとへと引き回され、何回も歌うはめになった。

「この辺りは都から離れているため、娯楽が少ないのです。旅回りの芸人が寄ることはあるのですが、いかんせん田舎芸ですな。トト殿のような洗練された芸術にお目にかかることは滅多にありません」

「そりゃどうも」

 ぼくらの相手をしてくれているのは、ワルド城警備隊のイーディ隊長だ。ありがたがってくれるのは嬉しいけど、年がら年中歌に囲まれて生きているぼくとすれば、あんなもの三日も聞けば飽きてくる。

「それで、コトバムシの異常行動のことですけど」

 ヤヤが本題を切り出した。

「いつごろから始まったのでしょうか」

「我々が初めて確認したのは、ラング地方の騒動が一段落したあとです」

「やはりそうでしたか」

 ヤヤの顔色がくもった。ラング地方とパロル地方は隣り合っている。何か関係があるのだろうか。

「我々は最初、コトバムシの間で何か悪い病気がはやっているのかと思ったのです。それがこちらまでやってきたのかと」

「ぼくたち研究者の間でも、そういうことは話し合われていました」

「ですが、こんな噂を聞きました。コトバムシは、誰かに操られているのだと。大きなコトバムシに人がまたがって、黒化したコトバムシたちに指示を出している姿を見たというものが、住民の中にいるのです」

 何だって?人がコトバムシを操っている?

「それは、この地方にある独立を目指す動きと関連したものでしょうか」

「それはまだわかりません。ですがおっしゃるとおり、ここパロル地方には独立を望む勢力があります。また、ご存知だと思いますが、コトノハ国の国民すべてがコトバムシ政策に賛成しているわけではございません。その主だったものは外国に逃れておりましたが、最近になってラング地方に戻ってきたという噂も聞きます。そのう、コトバムシがいなくなったとかで」

 イーディ隊長は声をひそめた。

「ご存知でしたか」

「このことを知っているのは、上官だけですが」

「彼らが独立派を焚きつけているのでしょうか」

「そこまではまだ、なんとも言えません。ですが、例のラング地方のコトバムシの黒化が発生する前に、彼らが戻ってきたという、別の話もあります」

「彼らが裏で糸を引いていると」

「ちょっと待ってよ、ヤヤ」

 ぼくはいてもたってもいられなくなって、話に割り込んでいった。

「コトバムシを黒化させて、どうするんだい?家畜も作物も食い荒らされてしまうんでしょ。パロル地方でもし神の罰が起こったらどんなことになるか、考えてもごらんよ。仮に誰かが裏で糸を引いているとしても、その本人だって無事ではいられないはずだ」

「ご心配はもっともです。幸いにして、そこまで大規模なものは起きていません。ですが、もしかすると…」

 イーディ隊長は言いよどんだ。

「もしかすると?」

「本当に、コトバムシをコントロールする手段があるのかもしれません」


 宴会のあと、ぼくらは用意された部屋で旅の疲れを癒していた。

「まったく、信じられないよ」

 と、ぼくは言った。

「ねえ、ヤヤ。君はどう思う?さっきイーディ隊長が言ったこと」

「誰かがコトバムシを操っているということかい」

「そうだよ。ぼくは何かの見間違いだと思うな。コトバムシは神が創った虫だ。いつも気まぐれにその辺を飛んでいて、人に懐こうとはしない。だからこそ、ぼくらはコトバムシを畏れ、大事にしてきた。もしコトバムシを自由にコントロールできるとすれば、あんなにうんざりするような歌を毎日作る必要はないんだ」

「意外だね。ウタイビトの君がそんなふうに考えていたなんて。君もコトバムシ政策には反対なのかな」

 ぼくは思わず部屋の中を見回してしまった。もちろん、ぼくたち以外には誰もいなかったけど。反コトバムシ主義者だと思われたら、牢屋に入れられてしまう。

「冗談言うなよ」

「悪かった」

 でも、ひと月もの間、旅をしてきて、ぼくの中でも少し考え方が変わったのかもしれない。

 お城にいた頃は、毎日その日の歌作りに追われて、コトバについてじっくり考えを巡らす機会もなかったのだ。

 仕事を離れて、コトバイシから流れる自分の歌をたびたび聞かされて、客観的に自分を見つめることができるようになったのだと思う。

「ねえ、ヤヤ。君は言ったよね。ぼくらはコトバムシの顔色をうかがいながら暮らしていると。ぼくにもそれがわかるような気がしてきたよ。ぼくらはコトバムシが赤くなるかどうかで、コトバ使いを決めている。それって、コトバをコントロールしているようで、実際はコトバにコントロールされているんじゃないだろうか。コトバムシに頼る生活を続けてきたせいで、自分でコトバを選ぶことができなくなってしまったんじゃないかな」

「おっと、立場が逆転しちゃったね。でも、意地悪なこと言うけど、コトバムシなしで、はたしてぼくらは正しくコトバをコントロールできるんだろうか。うっかり人を傷つけるコトバを口にしてしまうかもしれないよ」

「そうなるだろうね。でも、なんていうか、あくまでぼくの歌の話だよ。ちょっと軽すぎるんじゃないかと思えてきたんだよ。君たち研究者が指示したコトバを使えば、受け入れられるってわかっているけど、もっとこう、そんなにすぐにコトバにしなくてもいいんじゃないかな。じっくりと長い時間をかけて、コトバを練り上げたっていいんじゃないかって。心の奥から出てきたコトバを使ったっていいんじゃないかと」

「それは歌だけの話?」

「どうかな。歌だけじゃないけど、歌ならコトバにしやすいんじゃないかな」

「もし、そうやって君が歌を作ったとして、コトバムシが真っ青になったら、どうする?君はみんなから批判されるよ。牢屋に入れられちゃうかもしれない」

「それは…、怖いな。コトバって、怖いな。今までそんなこと思ったことなかったけど。じっくり考えて、やっと出てきたコトバが受け入れられるかどうかわからないって、怖いね」

「でもコトバって、そういうものじゃないかな。だからこそ、初代コトノハ王が使っていたというコトバは、失われてしまったのかもしれないね。必ず相手が受け入れてくれるコトバなんて、それはもうコトバじゃないのかも」

 失われたコトバ。この響きにロマンを感じて、ぼくは旅の同行を願い出たわけだけど。

「もう、寝よう。明日も早いんだ。調査に出かけるからね。君もついてくるだろう」

「うん、おやすみ」

「おやすみ、トト」

 気になることがありすぎて眠れないかと思ったけど、ぼくはいつのまにか寝入っていた。さすがに長旅で疲れていたようだ。

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