【打切】高飛車占星術師と私の異世界事件簿
チン・コロッテ@少しの間潜ります
第1話 星を詠むもの
朱色に塗られた五段式の楼閣が密集し建ち並ぶこの街の名は異世界都市〈
時刻は七時。夕食刻。
楼閣の間にかけられた橙色の提灯の下を多くの人が練り歩いていた。人々は藍の腹掛けに
そんな街中の飯屋に彼女はいた。
必死に大鍋を振り、料理を作る彼女は
「張華ーっ!それが出来たら、これをいつもの"アイツ"のところに頼むよ!」
張華の所と少し離れたところにあるもう一つの竈で手際良く料理を作り、今大きな器にそれを雑に盛り付けた黒髪の四十歳の女将、
張華は自分の調理を終えて皿に盛ると、それをカウンターに乗せて、注文者を呼び付けて食事を持って行かせた。お客は代わりにカウンターにお金を置いて、料理を片手に座席に戻った。
「まいどー」
お客に叫んだ後で張華は蘭々が盛った皿に蓋をして、木製の岡持ちにしまった。そして、着物を羽織ると岡持ちを持って店内を駆け抜ける。それに気付いた常連のふくよかなちょび髭が張華に向かって笑いながら叫ぶ。
「おっ、
「安心してください。毎日伝えていますから」
「そうか!そりゃあ、愉快愉快。あははは」
張華はこれからこの街で"一番嫌われている男"に会いに行く。気の進まない体をして、町はずれにあるこの街で一番高い楼閣に向かった。
繁華街の楼閣の集合地域を抜けると木製の質素な住宅街になり、そこを抜けて更に行くと町外れに小高い丘があった。
そこに十階層にもなる黒い楼閣が建っている。燈籠があるので暗闇という訳ではないが、人気が無く、黒い外壁も相まって薄気味悪さが漂う。
石燈籠はいくつもあり、それが無秩序に並べられていて、廃れた墓場の墓標のように見える。全てが風化し苔むしていた。
張華が愚痴る。
「ほんと、悪趣味」
張華は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、石燈籠の間を縫うように歩き、黒楼閣の玄関前にやってきた。
すると、張華がノックするよりも前にギィと石で出来た重い扉が開かれて、二十代後半だろうか大人の色気の漂う美女が現れた。
その美女が張華に微笑みかける。白無垢のようなものを纏う彼女が手を掲げ、張華を楼閣の中に誘った。
「さぁ、どうぞ。張華さま。
「はいはい。お待ちどうさまです。あっ、私入りませんよ。置いて行くと伝えてください」
「うふふ。張華さまそんなこと仰らないでください。主人様が楽しみに待っていますから」
「はぁ…。それが嫌なんですよ」
「うふふ。しかし、困りました。お金も主人様の部屋にしかないのです」
「はぁ…。いっつもこれだ…」
結局張華は嫌々ながらも、美女に導かれるまま楼閣の頂上階にやってきた。階段を登り終えると、天井はなく、壁だけの露天の部屋にベッドが一つ置いてあり、そこに上裸で長髪の男が寝そべっていた。彼はベッドに横たわりながら熱心に星の位置を紙に書き起こしていた。色白で、夜空のような藍色の髪色をした細身の二十代後半の男。
その男が告げる。
「蝶。ご苦労」
すると、張華の後ろにいた出迎えの美女が蝶の姿に戻り、ひらひらと飛んで部屋に置かれた木の枝にとまった。張華がそれを不服そうに見終えた後で、男が楽しそうに張華に話しかけた。
「随分遅かったじゃないか、ポ。空腹で死ぬかと思ったぞ?」
「へいへい。なら、是非とも当店のご利用はご遠慮ください」
「ふふっ、そうはいかんさ。蘭々の料理がこの街で一番美味い。一度食えば他のところでは食えなくなるさ」
「はぁー…。そりゃ、どうも。それより、出前の注文も出迎えも"式神"とやらにやらせずに、自分でやりなさいよ。この引きこもり野郎」
「くっくっくっ。ポ、お前には分からんだろうが、オレの時間はとても貴重なのだ。お前みたいな凡人の尺度で見てはいけない」
「はいはい。どうせ星を見ながら寝てるだけの癖に。じゃ、ここに拉麺置いときますから。お金もらってきますね」
「あぁ、余るほどある。好きなだけ持って行くがいい」
張華は拉麺を置いてから、床に投げ置かれた大金から拉麺代と出前代だけ拾い上げると、階段に向かった。男は張華のその様子をこっそりと観察していたが、張華が欲をかかずに小銭を拾うのを見て、少しだけ微笑んだ。男は張華のそういう素朴な所を気に入っていた。
張華は階段の一歩目を踏み出したとき、思い出したように立ち止まった。
「…ところで、今気づいたんだけど、もしかして私のこと時々"ポ"って呼んでる?」
「おぉー、さすがじゃないか」
男は感嘆の声をあげて心底驚いてみせた。
「へへっ」
張華は照れながら鼻を掻いた。一方で男は拍手をして張華にその感動を伝える。
「素晴らしい。全く素晴らしい。未だ見た事ないほど素晴らしい……鈍さだ」
張華が呆れたようにため息を吐く。男が笑いながら続ける。
「ぷっ。まるで亀の如き鈍さ」
「はぁー…。そんなことだと思った。アンタが人を褒めるわけないもの」
「くくっ。よくわかっているじゃないか」
「で?"ポ"ってどういう意味?」
男はニヤリと笑ってから、張華に楽し気に答えた。
「くっくっくっ。お前が聞いたのだ、怒るなよ」
「いいよ」
「ポンコツのポだ。だが、お前ごときに、オレの貴重な時間を、それも四文字分もあげるのは贅沢過ぎるからな。"ポ"。この一文字にすることにしたのだ。どうだ?面白いだろ?くっくっくっ…」
瞬間、張華は床に置いておいた拉麺を男に向かって投げた。あつがる男の悲鳴が聞こえる中、すっきりした顔で張華は楼閣を駆け降りた。玄関を出る頃、男が張華に向かって叫んだ。
「夜道に気を付けろ!」
「うふふ、良い気味だ。いつも嫌味ばっかり言うからだい!追ってこれるものなら追ってみなさい。ざまぁみろ、引きこもりヤロー」
男の捨て台詞を聞けたのが嬉しくて、張華は笑顔で帰路に着いた。
その道中、夜道に一人の男が待っていた。最初「ひっ」と悲鳴を張華だったが、その姿が何度かお店で見たことある無言の陰気な客の姿だと気付き、胸を撫で下ろして、数メートル先に佇む彼に話しかけた。
「わぁ、びっくりしました。いつもご利用いた——」
「僕を騙したなっ!」
「へっ?」
男は大声で張華に叫んだ。張華は事態を飲み込めずに苦笑いを浮かべて首を傾げた。男はその怒りに染まり切った顔をゆっくりとあげた。ゲジゲジ眉毛に血走った目、への字に縛った口。彼は張華に一方的に怒鳴り散らした。
「今、男の家に行っていただろ!あの、イケメンクソヤローの家に!アイツのせいで僕は何度嫌な目にあったことか!いつもいつも邪魔ばかりしやがって!張華ちゃんはそんな悪い子じゃないと思っていたのに!あんな奴のこと絶対嫌いな、いい子だと思っていたのに!思っていたのにぃ!」
「いや、でま——」
「黙れ黙れ黙れ!僕のこと騙しやがって女豹め!女狐、キツツキ、かっぱ巻き!ダンカン、カンカン、トンチンカン!張華ちゃんなんて、殺してやる殺してやる殺してやるーっ!」
そう言うと男は懐から刃物を取り出して、張華に向かって駆け出した。理解出来ず固まる張華に、無常にも男の刃が迫る。
男の刃が張華に向かい振り上げられたその時。
「だから、『夜道に気を付けろ』と言ったのだ」
張華の後ろから、あの聞き慣れた嫌味な奴の笑う声がして、刃物を持った男と張華の間に半透明の"光の膜"が割って入った。刃はそれに遮られて止まり、刃物男が混乱する。そして、次の瞬間には、刃物男のいる地面が急に盛り上がり始め、そこから"光の柱"が湧き上がった。
光の柱は刃物男を突き上げると、勢いそのままにヒーローものの悪役よろしく、刃物男を空の彼方へと吹き飛ばした。
「覚えてろよー!」
キラリーン
それからすぐに、張華の背後にいる男がぷぷっと噴き出した。
「くくくっ。やはり、ことごとく"ポ"と言える。さっき言ってやっただろう?夜道に気を付けろと。念の為に来てみれば、全く……。どうやら阿呆の"ポ"には、理解出来なかったらしい」
張華が腐った料理を食べたときのような嫌な顔をしながら振り返ると、遠くに"奴"の姿があった。
長髪を風に揺蕩わせながら、黒い外套に身を包んだ黒楼閣に住む"あの男"が、星空を指さして語り出す。
「占星術。それは"星の精"の詩を聴き、未来を知る術。又、"星の精"の力を借り、森羅万象の
「はぁー…」
「せっかく占星で"忠告"してやったというのに。無駄にするからいつまでも"ポ"なのだ。忠告してやるだけでも、普通の客なら百万ジェニー請求するところだぞ。しかし、今回は"ポ"の阿呆さに免じて、特別に
あの長髪の男が笑う。張華がとても嫌そうな顔をしながら男に返す。
「はいはい、阿呆ですよ。相変わらずのクソヤローだけど…、取り敢えずは助けてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。ふっ、勘違いするなよ。お前を助けたのは、蘭々の料理が届かなくなるのは困るからだ。お前にはそれ以上の価値はない」
男が嫌味を言い、張華が呆れてため息を吐く。
彼は——。
この街で"一番嫌われている男"。
そしてこの街で"一番信頼されている男"。
彼の預言は必中し、彼の目はあらゆる事象を見透す。
彼は、占星術の栄えるこの街〈
この街で彼を知らない者はおらず、彼を揶揄しない者はいない。
人格に優れず、術に優れる彼の名は——。
占星術師、
これは、料理人見習いの
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