第10話 

『ちょっと長野の方に別の予定が入ったので、すいませんけど2人で先に南雲先生のところに行ってください。

 住所とかは追って連絡します』

「えー、じゃぁ、先輩と前嶋社長のラブラブを見れないじゃないですかぁー!」

 いつ私と社長がそんな感じだったんや?

 大阪発の『しなの』は残念ながら2016年3月で廃止になってしまったので新大阪から新幹線で名古屋へ。名古屋からは『しなの』で長野へ。

 胡桃とは新大阪で合流した。在来線に乗っているうちに着信した社長からのメールを見せたところ。

「駅弁はどうするんや?名古屋ではあんま時間ないし買うならここで買うか?」

「はい!ここで買って行きます!」

 なぜに胡桃は朝から元気があるんや?やっぱり若さかね?


 結局、私は六甲の何たら弁当—何やらおむすびやら色々入っている弁当—を、胡桃は蛸壺に入った弁当を買った。

「先輩!この蛸壺、可愛くないですか?」

 蛸壺型の容器をビニール袋から出して訊いてくる。

「まぁ、旅の道中で邪魔にさえならなかったらええかもしれんな」

「もう、なんでそんなこと言うんですかぁ!」

 と言ってもとから持っていた紙袋をグルンと回してきやがる。

 ゴン。

「おっ@#$」

 ちょっと待って、その紙袋何入ってんの?マジで痛いんやけど。

「ちょっと、先輩!おいていきますよ。どうしたんですか?

 ああ、膝が痛いんですかぁ?先輩も歳ですねぇ」

 胡桃よ元凶はお前じゃ。そして鬼かお前は!

 その後も、色々買ったりしてしまってたら結構良い時間になっていた。

 27番ホームに上がれば、「のぞみ76号、東京行き、停車駅は……」とアナウンスをしていた。

 なんか、朝から疲れたんやけど。

 そう、しんみり思う隣で胡桃は相変わらず、何が入っているか判らない紙袋をキャリーバックの上に置いてまるで初めて新幹線に乗る子供のようにはしゃいでいる。ちょっと、最近疑わしくなって来たので、注釈を入れれば、胡桃は弁護士を目指すパラリーガルである。到底そうは見えずともそうである。異論は認めん。


 新大阪から名古屋まではほんの50分で着くらしい。一時間足らずはあんのか、そう思ってはいたが、指定席に座ってホッとついているとすぐにあの奇怪な音楽と共に「次は名古屋」というアナウンス。

「もう、降りないといけないんですかぁ。もうちょい乗ってたかったなぁ〜」

 ここでバイバイして胡桃はそのまま東京まで行ってくれてもええんやで。いや、あかん。東京まで行ったら、『北陸新幹線・かがやき』で一応長野に行けるやんか。

 名古屋に着けば、『しなの』が出るまで13分しかない。

「え〜ん、荷物が重いです」

 とか至極当然のことを言い出す胡桃を引き摺りながら10番線に行く。

 今日が平日であることが関係しているのか、『しなの』の乗客はかなり少ない。大阪発着の『しなの』が廃止になったのも頷ける気がする。

 多治見に到着したくらいで、もう飽きて来たのか胡桃が

「先輩、そろそろ弁当食べましょうよ〜」

 と言うので、かなり早めの昼飯を食べることにした。

 冷えてはいても美味しいと感じさせるのには凄いなといつもながら思わされる。

「ああ、もう蛸さんが下に落ちてしまいましたぁ」

 胡桃は相変わらず煩い。私としてはゆっくりと電車の時間を過ごしておきたかったんだが、どうやらそうは問屋胡桃が許してくれないようだ。

「先輩、私、南雲岳丸先生のファンなんですけど、今回全冊持って来てしまいました。っていっても文庫が出てるものは単行本は家に置いて来ましたけど!私のオススメはこの『多すぎるアリバイ』で……」

 私の膝をたびたび打ち抜いた紙袋に入ってたのはこれかぁ!胡桃は紙袋の中から次々と本を出していき、前の座席に付いているテーブルの上に置いていく。置く度にテーブルがガタンガタンと揺れるのは見ているこっちが気が気でない。

 ってか、重量制限3kgってあるんやけど、マジで大丈夫なん?

「で、次にオススメなのは、デビュー作なんですけど、この『聖なる夜のプレゼント』ですね。これは……」

「発表された1990年にはミステリ界の有名な賞を総なめした所謂"新本格派"小説。東京で起きた殺人事件の切断死体が殺害推定時刻と同時刻に大阪に届けられた"サンタクロース事件"に探偵が挑む話……」

「え、え、え?知ってたんですか、先輩」

「うん、これでも大学時代はミス研に所属してたしな。昔は南雲先生のもよう読んだけど、途中からトリック重視のもんから社会派ミステリに変わってあんま読まんくなったわ。

 やから、『多すぎるアリバイ』は未読やった」

「ふ〜ん、そうですか……。ということはこの本の巻末に載ってる初版平成3年っていうのは誤字なんですね。フンフン」

 え?マジ?


 ここからは長野県のPRを兼ねて観光をしている姿をお送りしようかと思ったのですが、作者の方から「いい加減内容に入れ」と有難いお達しを喰らったので、割愛。

 

 ところは移って、奥軽井沢の別荘地。

 南雲岳丸先生の別荘(いや、普段から住んでいるらしいから本宅なのか)だと、社長からのメールにあった洋風の家のインターホンを鳴らすと「はい」と女の声で返事があった。確か、家政婦を普段から雇っているとか聞いたな。

「私の予想だと家政婦、兼愛人の声ですね」

 何が予想や。偏見以外の何もんでもない。

「南雲先生のこと慕っとるんとちゃうんか?」

「ええ、南雲のことは尊敬しますよ。でも南雲岳丸という人としては……」

 ふ〜ん、そういうもんなんか。私は南雲先生の作品、あまり好きとちゃうから特に何も思わんけどな。

 そんなことを思っている間に「どうぞ」と扉が開いた。

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