第2章 別荘地の殺人

第8話 会合への招待

「今日は、どうもありがとうございました」

 ここは、福島警察署の前。目の前では子犬刑事やらバンドのボーカルみたいな刑事やらと多くのあだ名を持つ櫻井さくらい刑事が頭を下げている。

「いえ、こちらこそ」

 私はそう言いながらも、どーせ暇だったしね、と内心思う。

 そう、私、浜元舞美はまもとまみはこの前の『前嶋総業課長殺害事件』の事情聴取に呼ばれた訳で、今それが終わったところだ。事情聴取と言ってもこの前の犯人を特定した手順と胡桃くるみの事案に至るまでのことを話しただけで大して疲れるものではなかった。

 櫻井刑事とは少し話してから別れる。子犬は暫く頭を私に下げていた。

 そーだ、そーだ、感謝したまえ櫻井君。私はお前に手柄をやってやったんだからな。その上、胡桃を危険な目に遭わせやがって……!

「田沢湖より深く反省しろってもんやで!」

「普通こういう時って「コルカ渓谷よりも深く反省しろ!」とか言うんじゃないですか?先輩」

「うわぁあ!いたのか中元!」

「はい!ただいま中元胡桃参上いたしました!ちょっと前に聴取自体は終わってたんですけど、先輩のことを待ってたんですよね!」

「ああ、そうか。で?そのコジカ渓谷とかいうのは何なんだ?」

「仔鹿じゃなくてコルカです。コ・ル・カ。ペルー南部の都市アレキパの北西約100キロメートルにある渓谷で、コルカ川が刻んだ深さ約3000メートルの谷と雄大な自然景観で知られます。先インカ期の遺跡があって、洞窟壁画や土器などが見つかっているそうですよ!

 世界で一番深い渓谷って言われてます!」

「へぇ、そうなんや。中元、そういうのに詳しいんやな。意外やわ」

「いえ、コルカ渓谷が一番深い渓谷だっていうこと以外はグーグル先生に頼みました!えへ」

 そう言って胡桃はスマフォの画面を示す。

 えへ、って。まぁ、可愛いからいいけれども!

「なんや、やっぱりか……」

「やっぱり、って何ですかぁ。悲しいですよ。へこみます」

 と、文字通りぐでーとする胡桃。

「ってことで、先輩お昼ご飯奢って下さい!」

「なんでそうなった⁈」

 と、言いながらも時計を見て仕方がないかとも思う。今は12時半を回ったところだ。普段ならアラサー女子、目一杯の天使の笑顔で「しゃぁないな。奢ったるわ!」と言うところだが、そうは言えない事情が今日の私にはある。

 今日の昼は、のだ。この前のお礼がしたいって!謝礼ならこの前充分過ぎるほどに弾んで貰ったのに!

 「もし、あれなら中元君も誘ってくれていいから」何て言っていたことから察するにあのスケベジジイの本命は胡桃!

 ああ、誤解を招くようだから言っておくが、決して自分が選ばれなくて悔しぃーとかそういう意味ではないから注意してくれ。胡桃も連れていったら自分の料理が何となく減る気がするからや。だから、決して……。いや、これくらいにしておこう。変に言えば苦しくなってくる。

「おーい、どうしたんですか?センパーイ?」

「ああ、ごめん。ちょっと意識が……」

 どうする私、こういう時、杉本美佐子ならどうするんや⁈

「実は、今日あの社長から、昼会合に、と言われててな……」

 そう、私が言い終わる前に胡桃は口を挟んでくる。

「キャー、先輩前嶋社長に昼食デートに誘われたんですかー!いいなぁ、いいなぁ。あの前嶋総業の社長ってだけじゃなくてイケメンですもんね、あの社長!でも気をつけて下さいよ。私の見立てだとあの美人秘書あたりが……」

「OK、それくらいに止めとこか。まだ、お昼やから。それにお子様にあんまり宜しくないやろ?」

 と、私は普通なら全く納得しなさそうな言い訳を展開する。が、それで納得するのが胡桃が胡桃である所以なのだ。

「あ、確かにそうですね。すいません。で?そのデート会合には私も行けるんですか?」

「うん、社長曰く、中元も来てええ、だと」

「やったー!ありがとうございます、先輩!」

 今にも踊り出しそうな勢いでそう言う胡桃。

「私、じゃなくて社長がね」

 私は冷静に指摘するが、どこ吹く風。

「でも、いいんですか?せっかくのデートだったのに私がお邪魔して……」

 しつこいぞ、胡桃。ってか、ホントにこいつは弁護士志望なのか?どうも頭がお花畑になっているような気がするんだが、気のせいか?

「ああ、別にいいんや」

「あー、先輩認めましたねー!」

 と、横でギャアギャア言っているが、テキトーに流しておくに限る。

 私は胡桃を乗せて、待ち合わせ場所の店まで車を走らせた。

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