空白の時間

田谷波 赤

序章

第0話 

  *

「じゃぁ、またね、ゆー君!」


 私は、そう言って公園を去る。

 私に"ゆーくん"と呼ばれたその少年は


「またね!マーちゃん」


 と満面の笑みで手を振ってくれる。

 それに私は負けじと大きく手を振る。

 暫く手を振って、二人とも疲れてきて、後は帰るだけとなった。

 その様子を、不気味なくらいに真っ赤な夕日が私たちをじっくりと見ている。


 夕日が出たらさようなら。私たちの間ではそういうふうに決めていた。だから市が流す5時の音楽が流れる前に帰る時もあったし、それより少し遅くなる時もあった。同士の決め事だ。そんなもので良かった。

 

 私はトボトボと帰る。

 "ゆー君"とバイバイするのが寂しくて、"ゆー君"が入院して暫く会えなかった時は独りでよく泣いたものだ。

 でも、明日になれば……、またあの公園に行けば……、きっと会える。

 あの頃の私は無邪気にそう信じて、全く疑わなかった。


 何にしろ、私はいつもそう自分を元気づけて家に帰った。

 この日は少し走った。体に当たる向かい風が程よく涼しくって、気持ちが良い。


 走ったからいつもより少し早く家に着いた。「いつも」っていうのはこの頃っていう意味。暑い時期とこの時じゃ、明らかに帰る時間は違った。

 別に、それで怒られることもなかったし、誰からも何も言われなかった。

 この時の私はそれが普通だと思っていた。

 

 家の前では何度か見かけたことのある、"おじさん"がぺこぺことお父さんに頭を下げていた。

 お父さんはその"おじさん"を見下したように見て偉ぶっていた。


 暫く、二人は話していて"おじさん"は去っていった。それを見て、お父さんも中に入る。


 それが、姿だったのだと、後になって判った。

 

  *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る