squall

ゆでたま男

第1話

今朝、愛犬のラッキーが死んだ。

これで56回目だ、ラッキーを見送るのは。

窓には水滴がついている。雨だ。

ずっと雨だ。この雨は一日中やむことはない。

テレビをつける。

明日の天気予報は晴れの予報。

でも、僕の人生が晴れることはない。

だって、今日という一日を繰り返すのだから。

いろんな所に行ってみた。

24時間で行ける場所なら何処でも行ける。

でも、今日の午前0時になった時、僕はベッドで目を覚ます。そして、また同じ一日が始まる。

テレビをつける。

明日の天気予報は晴れの予報。

でも、僕の人生が晴れることはない。

だって、今日という一日を繰り返すのだから。

その日、僕は、駅の方へ行ってみた。

電車は、便利な乗り物だ。遠くまで連れていってくれる。ただ、線路があるかぎりという条件つきだが。

まだ降りたことのない駅で改札を出る。

平日でも、人は多く行き交っていた。

向かいのビルに、大きな画面があり、広告が流れている。

僕は足を止めた。

その視線の先に、一人の女性がいた。

別に知り合いというわけではない。

ただ、一目見た瞬間、何かしらの衝撃があった。いわゆる、雷に打たれたような。

今まで一度だってそんな経験はない。

髪は、肩につかないくらいの長さ。

丸くて大きな瞳。その瞳が、一瞬こちらを見た気がした。

いや、気のせいかもしれない。

いや、きっと気のせいだ。

男は、しばしば勘違いをする。

女性に触れられただけで、自分のことが好きなのではないのか。

優しい言葉をかけられただけで、大切に思われてるのでないか。

そこに、深い意味など、きっとない。

そんな時、自分に都合のよい解釈を出来る人が羨ましくなる。

これからも、彼女はずっとあの場所にいる。

何度だって、僕は、彼女に出会うことができる。でも、なぜだろうか。話しかける勇気がない。もし間違っても、どうせ白紙に戻るのに。

結局、彼女に話しかけることは、できなかった。

電車に揺られ、車窓を眺める。

この世界は、いつまで同じことを繰り返すのだろうか。誰もそのことに気がつかない。

知っているのは、僕だけだ。

明日こそ、話しかけてみよう。

胸の高鳴りを独り噛み締めた。


彼女は、僕を待っていた。

と、いうことにしよう。

距離を少しずつ詰めてみる。

「あの」

彼女は、驚いた様子でこっちを向いた。

「はい」

彼女の声は、とても可愛く、チェリービーンズの様だった。

「あの、すごい雨ですね」

「はい」

彼女は、にっこり微笑んだ。

「待ち合わせですか」

「いえ、少し、時間を潰してるだけです」

そのあと、少しの沈黙のあと、時計を気にして、傘をさした。軽く会釈をして彼女は、雨の中に消えていった。

僕は、しばらくその場に立ち尽くした。

相変わらず降り止むことのない雨の滴が、

地面を叩きつけている。

それから、僕は毎日同じ駅で降りた。

そして、毎日彼女に話しかけた。

普通なら、そんなことをしてくる男を面倒に思うに違いない。でも、彼女は違う。

いくら話しかけたとしても、今日が終われば、全て忘れてしまう。彼女の記憶に僕は残らない。

彼女に会うのは、これで7回目だ。

平行線というのは、どこまで行っても二つの直線が交わらないことを指す。

永遠に近づくことのない二つの線は、どこまでも果てしなく続くだけで、その先は、霞んで見えない。

「あの・・・」

僕は、うつ向いたまま話しかけた。

「はい?」

彼女は、いつもの様に微笑んだ。

ふと、ある種の罪悪感のようなものが込み上げてきた。丸で、彼女をだましているような。ただ、自分の身勝手な気持ちを押し付けているだけで、

「いや、何でもないです」

僕は、彼女を背にし、傘を開いた。

「あの、毎日、ここで会いますね」

背中に彼女の声がした。

「え?」

その瞬間、雨の音が頭の中から消えた。

時間がとまり、雨粒が空中で停止しているような錯覚さえおぼえた。

「昨日も、一昨日も、その前も」

僕は混乱を頭の中で整頓しようと、頑張ってみたが、答えは出なかった。

「何で知ってるんですか?」

「毎日を繰り返しているから」

「僕と同じだ」

「初めて会ったとき、もう一度会いたくて、また来て、そしたら、何度も会いたくなって、また来て」

「ぼ、僕も、会いたくて。どうしても会いたくて」

僕は次の言葉が見つからないまま、彼女と見つめあった。

「初めてだったんです、初めて出会った時が、この駅に来たの。声をかけられて、

本当は、すごく心臓がドキドキして、でも、どうせ今日が終われば、私のことなんて忘れてしまうって。そしたら、会う度に違うことを話しかけてくるから」

「あ、そうだったんだ。なんだ、もっとはやく言ってくれればいいのに」

「だって、結局この世界から抜け出せないならって。怖かったの、その先が」

その時、今までの騒がしさが嘘のように、辺りが静けさに包まれた。

そして、雨が止んだ。

僕は空を見上げる。

「あ、今日は止まないはずなのに」

雲が流れて、太陽が顔を出した。

「見て」

彼女は、空を指した。

綺麗な虹が浮かんでいる。

僕は笑い、彼女も笑った。

そして、太陽の下を歩き出した。

それ以来、同じ日を繰り返すことは、なくなった。

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