拡張世界の英雄譚
無記名
第1話 灰色不滅のプリンセス
灰色の
人間で
少女と
ふと、少年が少女に問いかける。
「もし世界がもうすぐ終わってしまうとしたら、あなたは何をして過ごしますか?」
「なんじゃ・・・その問いは」
少女はわずらわしそうに答える。
「変わらぬよ。ここで
「なるほど。私も、いつもと同じように過ごすと思います。世界がどうなろうと、それだけは変わらないですね」
少年は、ホビットの集落に
つまらなそうに少女は息を吐いた。だからなんだ、と言わんばかりに。
「どうしておぬしはいつまでも、そこから動こうとせんのじゃ」
少年がこの城に来てからというもの、実に6回も太陽が昇り、月が沈んでいた。
それを見た少女は困惑し、また非常に
「その理由を、これからお話ししましょうか」
「ふん」
少女は、面倒な奴が来たと言わんばかりにけだるげな表情である。
彼女とは対照的に、少年はおだやかな笑みのままだった。
「これはあくまで推測なのですが、三つほど確認したいことがありまして」と少年は言う。
「何をじゃ」と少女は問う。
「まず、あなたが何十年もここで
「ほう。おぬしは
「75年前ですよね」
「ふむ、よく分かったのぅ」
意外そうに目を見開くヴァンパイアの少女。
「いままで
「そうでしょうね」
少年の発言にはなにか含むところがあるようだった。
「で、ここからが本題なのですが」
「ほう。なんじゃ」
「75年もの長い間、あなたがこの城にいる理由についてです」
少女は目を細めた。強く
「
「
「っ・・・!?なっ・・・」
「そして今に至るまで、それは叶っていない」
絶句する少女。そう、彼女がこの城に来てから一度たりとも、
「なぜそれを」
「さっきも言ったでしょう。単なる推測ですよ」
うろたえる少女を前に、少年は穏やかに微笑みながら、人差し指をくちびるに当てた。
「お、おぬしは何者なんじゃ」
「またそれはあとでお教えしましょう」
少年は人差し指をゆっくりと下におろし、手に持つステッキを握り直した。
「次に、各地で発生するヴァンパイアもどきについてです」
「もどき、とはなんじゃ。
無礼な、と少女は眉をひそめたが、少年は
「もどきですよ。出来の悪い
少年の発言に少女は驚き、大きく目を見開いた。
「よく分かったな。あやつらはヴァンパイアの出来損ない。人格を持たず、感情もない。ただの道具に過ぎん」
「ですよね。何体も狩っているうちに気付いたんです。彼らには意思が存在していないということ。そしてそのほとんどが、この城に向かって帰らなかった人たちであるということに」
「・・・そうじゃな。貴様の見立ては当たっておる。この世界で暴れまわっている出来損ないたちは、もとは拙が返り討ちにした亜人や人間どもじゃ」
少女は、ゆっくりとその事実を認めた。そこには、罰は甘んじて受ける、という決意が込められているように少年には感じられた。
「それを、どうして野放しに?」
少年の問いに
「すまぬ。拙には
「そういうことですか」
少女の
「では、あなたがこの城にこもるきっかけになったのは」
「やめろッ!!!」
突如として
「おっと、急ですね。いやぁ、それにしても遅い」
鋭く尖った
「ええい、
少女はしかめっ面で二撃目三撃目を放つが、やはり少年には届かない。
「当たりませんよ。どうあがいてもね」
「まだわからぬであろうがッ!」
それからさらにまた日が昇り、夜が明けるまで、凶悪な軌道を描く
「はぁ・・・はぁ・・・」
「あれ、もう疲れてしまいました?」
「おぬしは、バケモノか・・・?」
すでに
「ははっ、あなたにそう言われるなら光栄ですね」
「・・・殺してくれ。
少女は目を閉じて、疲れ切った老婆のように自らの死を迎え入れようとする。その様子を見た少年は
「ヴァンパイアの姫、エリザベート」
それがあなたの名前ですね。そう言い、少年はやさしさとあわれみを込めた、やわらかな
「
吸血鬼の姫エリザベートは力なくうなだれる。茨はシュルシュルと収縮し、大理石の床に弱々しく倒れた。
「いつまで、か。拙にも、わからん」
エリザベートは
「
積もり積もった悲しみが、涙として、言葉として、溢れ出す。エリザベートは大きく見開いたとめどなく涙を流し、それを拭いもせずに顔を上げ、少年を見て言った。
「
見た目は
「ヴァンパイアって基本的に不老不死なので、難しいですね」
「そうか・・・
吸血鬼を殺傷する方法はただ一つ。
「
「では、お主はなにをしにきた?」
少年は、ニヤッとイタズラっ子のような表情をして言った。
「あなたを、ここから連れ出しに来たんです」
「ふむ、拙の力が目当てか?おおかた、敵と戦えと言うのじゃろう」
出来損ないを量産化し、敵国を滅ぼす。これは何回か廃城を訪れた者たちが考える、最も良いエリザベートの『活用法』だった。またか、と彼女は落胆した。しかし少年が考えているのは、それとは少し違うことだった。
「いえ、あなたは私の故郷に来てもらいます」
「なんのためじゃ」
「いてくれるだけでいいんです」
「・・・?」
「想像してみてください。七五年ものあいだ動かなかった恐ろしい吸血の姫が、ある日急に、森でもっとも弱小な
「
「ええ。ですからあなたは、
「
「そうですね。なにか役立つ知識でもあれば、教えていただきたいですね」
「そんなもん、あるかのぅ・・・」
「基本的には自由に過ごしていただいて結構ですよ。何か欲しいものがあればこちらで用意しますし」
「・・・では、銀の短剣をくれ。
「わかりました。ではわたしの
「一日三回、新鮮な
「わかりました。付けましょう」
「まさか、生きてこの城から出る日が来るとはの」
「永かったですね。ご苦労様でした。あと少しの辛抱ですよ」
「死ぬな、とは言わないんじゃな」
「この狂った世界で、そんな
目の前のヴァンパイアハンターは、自分の気持ちを理解してくれている。エリザベートはなんとなくそう感じた。今までそんな亜人は一人もいなかったな、と思い返す。
「もちろん、生きて里にいてくださる気になったら、盛大に歓迎しますよ?」
そう付け加えながら、少年はエリザベートに右の手をさしのべ、玉座から立ち上がらせる。
「っ!」
「おっと」
弱りきったエリザベートの足はその小さな身体を支えることができず、ぐらりと前に倒れかける。少年はそれを
「私の名はエドワルドと言います。これからよろしくお願いしますね、姫様」
「なっ・・・!なにを」
そこからスムーズにお姫様だっこの体勢へと移行し、顔を真っ赤に染めてジタバタ暴れるエリザをなだめながら、エドワルドは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます