シプリス魔術学校入学
今日は入学初日。右にお城みたいな石造りの校舎があり、左にもガラス窓のでかい校舎があり、ラグビーコートにオブジェに噴水、もう完全に迷った。迷いすぎてあちこち行って、建物の様子に詳しくなってしまった。さっきまで人がいっぱい居たはずなのに、人混みから離れてちょっと休んでいたらなんだか、周りから生徒が一斉に消えてていて肝が冷えた。
「痛......」
履きなれないローファーで、踵が痛い。学校指定だからみんな履いてくるものだと思ってたけど、なんか周りの人は全員スニーカーだ。騙された。最悪だ。
ここがどこかも分からないまま、ぽつんと地面に座っていると、一人の生徒が歩くのを見た。身のこなしが堂々としていて、多分上級生なんだ、と確信する。「あいつなんで一人でこんなとこいるんだろ?恥ずかしっ!」とか思われるのかな。
「......迷子なの?」
「え!」
さっきまで遠くを歩いていた生徒が、いつのまにか私の前に立っていた。私と同じ型のローファーが突然視界に写る。彼女は光を遮って、私の足元へと影を落とす。影を見ただけで美人さんなんだなって分かるのが不思議。
「綺麗な髪」
「......?」
前に立つ彼女の姿は、おもわず口に漏れてしまうくらい本当に綺麗だった。肩甲骨まであるダークな色の長髪で、整った目鼻立ち。鈴麗とした雰囲気に、それを証明するような、私とは違う、魔術の混じらない天然の青い目。そんな端正な顔立ちの彼女(名前がわからない)が口を開く。
「迷子?」
「......迷ってます」
上級生かな、もしかしたら私を助けてくれるかもしれない。ありがたや。彼女は思案してぽつんと言葉を漏らした。
「私も迷子なの」
ありがたくなかった。
「......一年生で、どこにいけばいいのか皆目見当もつかない」
「そんな〜」
「だから......一緒に行こ?」
「......うん」
おずおずと提案する彼女に頷くと、わたしたちは二人で歩くことになった。彼女はしっかりしてそうな見た目だけど、内心道に迷って心許なかったのかもしれない。頼りない、そうも思ったが、その実二人なら心強いじゃないか! 人の集まった教室の前とか、一人では通れない場所もあったし! お互いに新品の制服だ。そのシワのない背中を追いかける。友達になれたらいいなと思って、空白を避けるように彼女に話しかけた。
「いや〜お互い災難だね。新しく入った学校で、道に迷っちゃうだなんて! ね!」
「......」
「もうほんとに緊張するよね〜新しい場所って! 知らない場所の知らないルールって怖いしさ! 突然知らない大人が出てきて、いきなり怒鳴られるんじゃないかって思うと、ビクビクしっぱなしじゃない? そんなことない? ......そんなことないか!」
「......」
「広くて教室の移動とか大変かもな〜この学校! ねえ、どう思う?」
「......」
「......」
「......」
間が持たない。どうしよ〜、なにが悪いんだろう。私ってなにかしたかなあ。「やべー! いくら迷ってるからって話しかける相手間違った〜」って思われてるのかな。それくらい彼女は全く反応しなかった。というかなんとなく一緒に歩いているけど、そもそも私達の目的地って同じなんだろうか。もし同じなら、それって同じクラスってことになる。だって教室に向かっているから。でも違ったら私だけ目的地に辿りつけずに「じゃーねー!後はがんばって!」ということになるかもしれない。そうなれば心細くて死んでしまう。頭蓋骨だけになって、その場で死ぬんだ私は。妄想にとりつかれる私と、そよ風みたいな態度の彼女は、二人で西から東へと歩きまわって、どうにか職員さんがいる場所へとたどり着いた。
「......訊いて」
「え?」
「一年E組の教室の場所を訊いて」
あ、目的地同じだ。じゃあクラスメイトなんだ。ホッとした。久しぶりに彼女の声を聞いたからという理由もある。ほっとしたついでに私は職員さんのうちの一人に一年E組の場所を訊いた。
***
無事教室にたどり着いて、入寮の準備をしていた。
「コゼット」
ダークな髪の、線の細い美少女が私を呼ぶ。はいはいと言って、彼女の傍へと駆け寄った。一緒に迷った縁で、私と彼女はルームメイトになった。
「メリナ、どうしたの?」
「......部屋の掃除をしたいから、荷物をベッドの上にあげておいて」
ぽそぽそと彼女は話す。私達の寮はドミトリーと呼ばれ、でかい一軒家を改造して寮に仕立て上げている。寮生、つまりうちのクラスは合計八人で全員女子。共有スペースとプライベートルームがあり、二人一組でこのプライベートルームで寝起きする。
「勝手に上げといてくれてもいいのに」
「ごめん。不用意に触ると悪いかなって」
このダークな美少女はルームメイトたる私以外とは誰とも話さない。無口で、無愛想。それがメリナだった。基本的に私と話すのも苦手なんじゃないかと思う。でも私以外の人間と話すのはもっとむずかしいから、用事があるときは私をつついて動かして、事を済ますのが定跡だった。
私は入学早々彼女のパシリになっていたが、こんな美女のパシリなら別に構わなかった。人にはそれぞれ得意な領域があるだろうし。
「私、シャワー浴びてくるね」
そう言って、ネックレスを外して机に置いた。
「それ、オシャレなネックレスだね」
「うん。貰い物なの」
メリナのハスキーで少女的な声で言われると、つい嬉しくなった。これは大切な宝物。友達のメリナにそう言ってもらって思わず浮足立つ。
服を脱いで、脱衣所で鏡の前に立つ。鏡の中の私と目が合った。
長くてあまりうまく纏まっていないくすんだ色の髪。痩せてて細身の体。打撲跡があって、あまり綺麗じゃない。どこもかしこも未発達で、なにもかもが小さかった。こんなんだから、リズさんは私に見向きもしなかったのかな、なんて、そんなことを思ってしまう。リズさんは結局、私の物珍しさで側にいただけに過ぎないんだ、と自嘲して、不意にかち合う視線。私の目は、錆びた金属のように不自然な色をしている。大人がいうには特別な目。魔力を帯びた珍しい目。
私はずっとこれのおかげで特別扱いを受けてきたし、それを後ろめたくも思っていた。
「その目はきっと、君の役に立つ。今じゃなくても、いつかね」
昔、リズさんに言われた言葉。リズさんは私の目が好きで、見せてとせがんできたことが多かったな。もっと私を見て欲しかった。今になってようやく、自分の本心を自覚できた気がする。
「自分の特別さを、もっと信じてみたら?」
自分の特別さを信じるって、どうやって。私にはこんな目、上手く扱えないよ。
特別。
その言葉の持つ意味が、私には全然分からない。特別なんか望んでいないのに。
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