魔術師たちのこと。この世界の約束を知って
浅川ふゆな
コゼットオンフレ、魔術師見習いの黎明
振り返ってみるとあれは初恋だったように思う。
リズと名乗る年上の、すらっと背の高いお姉さんで、髪がそこそこ長かった。年若いのに名のある魔術師で、忙しいのに私の世話をよく焼いてくれた。
私といえば、施設というところに通う魔術師見習いではあったものの、大したことはできないヘボだった。私には生まれつき特別なものを持っていて、大人はそれを手放したくないから、私を特別扱いしてくれるけど、はっきり言って自分には何の価値もない。
リズさんはそんな、どうしようもない私に笑いかける。
「ねえ、なんでそんな辛気臭い顔してんの」
「してますか?」
「してるよ、かわいくない」
彼女がラグに座るのを見て、私も席についた。私は施設を抜け出して、度々彼女の仮住まいへ通い詰めていた。お茶が私の目の前で注がれて、それに口をつける。あったかくて美味しい。彼女の手製の紅茶は、決して高くはないものの、本当に安心する味だった。思わず頬がほころぶ。
「コゼットちゃんは紅茶好きだもんね。美味しい?」
「......はい」
紅茶を淹れる手前はピカイチだけど、彼女は当初、魔術以外は何も出来ない人だった。
だから私は彼女の部屋を掃除したり、家事を手伝う名目でこの部屋に入り浸っていたわけだし、彼女も居場所のない私をこの部屋に招き入れてくれた。その時は、本当にだらしなくて、床も足の踏み場がないくらいだった。
「ねえ、そうだ。私ね、コゼットちゃんにプレゼントがあるの」
「私にですか?」
「そう。いつも家事頑張ってくれてるし、そのお礼」
「要りませんよ」
与えてお返しする関係は、返しきった瞬間に終わってしまうように思えて嫌だった。だから断った。
「私が、受け取ってほしいの」
彼女の目が真っ直ぐ私を貫いて、私はそれ以上なにも言えなくなる。黙って顔を見上げると、彼女は高級そうな質感の布を開いて、その中身を取り出した。
「ねえ、目瞑って」
「え」
「いいから」
彼女は目を瞑る私の首に手をかけると、紐の感触が皮膚に残る。それは重くて、しっかりした存在感があった。
「目を開けて」
「うん」
目を開くと、一瞬で目を奪われる。紐に繋がれた青い輝石が綺麗な金細工に包まれていた。ネックレスだ。本当に綺麗なネックレスが私の胸にかかっていた。
「なにこれ」
「なにって、ネックレス。気に入った?」
「綺麗、だけど......」
私は言い淀んだ。
「受け取れないですよ」
「どうして?」
「これ、きっと貴重なものですよね。私なんかじゃ、受け取れない」
思わず俯いて、ネックレスを外そうと手をかける。でも、彼女はそんな私の手を制して言った。
「ダメだよ、外したら」
「でも」
「渡したいから渡すって言ったじゃん。それに、コゼットちゃんは特別だよ。その目も、コゼットちゃん自身も」
彼女の真剣な視線が私を射すくめる。私はきっと、この顔に弱いんだ。リズさんは私の手を取ると、ぎゅっと手の内にネックレスを含んで握りしめる。
「いらなかったら、立派な魔術師になって返しに来て」
リズさんがくすくす笑う。抵抗する言葉を失って、ぽつりと頷くしかない。指でネックレスを転がした。本当に綺麗。私には、全然似合わないよ。
「ありがとう、リズさん」
彼女を抱きしめると、リズさんの匂いで胸が満たされた。私のこの思いは、未熟すぎて、それが親愛なのか、劣情なのか分からない。私達はそれからどちらともなく離れて笑い合う。そうして私達の日常が続いて――だけどそれは唐突に終わった。
「え......」
『空き家、テナント募集中』
私が通っていた小さな家は、いつの間にか空き家になっていた。
私がネックレスを受け取った数日後、彼女は私に何も言わずに消え去った。本当に信じられなかった。
「ああ、あああっ!!」
私はネックレスを握りしめる。このネックレスって、餞別だったんだ。きっと離れ離れになることが、彼女はずっと前から分かってたんだ。彼女と別れて、わんわん泣いた。息が出来ないくらい、激しく泣いてむせ返る。
なんで居なくなっちゃったんだろう。言ってくれれば、引き止めたのに。たとえ引き止められなくても、あなたと一緒に別れを悲しむことができるのに。それなのに、なんで。いつまでも、傍にいて欲しかった。私は、リズさん抜きでは生きていけない。
それから数ヶ月が経って、もう涙は流れずに、それでもポッカリと胸に穴が空いた気分でいた。
ベッドに寝転んでネックレスを頭上で掲げる。光を受けて、それは青く反射した。
上手く働かないこの脳みそで考える。このネックレスさえあれば、あの人にもう一度会えるかな。また会いたいな......
『立派な魔術師になって返しに来てよ』
彼女の優しい声が、思い出の中で反芻された。あの人に会いたい。私が立派な魔術師になれば、会ってくれるってことだよね。きっとそうだ。魔術師になったら、彼女に会う方法も見つかるはず。
揺れるネックレスを眺めながら、私は来る魔術学園入学に気持ちを向けていた。
ウィストリア地区、シプリス魔術高等学校。私、コゼット・オンフレ15歳は、この地区トップの魔術学校へと入学する。身の丈の合わない学校だけど、立派な魔術師への近道なら選ばない理由は無かった。
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