魔法省から来た男
>先生視点
「かもめ先生、来客があるらしいですよ」
「ホントですか?」
「魔法省からですって。何したんですか? 一体」
「なにもないといいんですが、ありがとうございます。急ぎますね」
他の用務の先生からそう告げられて、新任教師たる私、かもめは、急いで応接室に向かった。
応接室のソファには、当たり前だけど先人が居た。馴染みのある顔だ。
「どうも」
私はその人に、会釈する。
浅黒い肌に、白い髭、白い髪。老齢な男。リヒターと名乗る大柄の男性で、私の直属の上司でもある。
漆黒の、仕立ての良いスーツを着ていて、そのスーツ越しでも分かる、筋肉質な体つき。魔術師特有の風格。視界の中にいるだけで、肌を刺すような、鋭い空気を感じる。それは魔力を帯びた、本物の強者のみが纏う気だ。
その人が、魔法省の官僚が乗る高級国産車から降りて、私とこうして学校の応接間にいる。
「どうも。お元気でしたか。かもめ様」
「リヒターさん。大礼服の魔術師が、様づけなんてやめて下さい」
「あなたのほうが格が上でしょう、16代目ウィザード」
............
この手合の軽口は、まともに受け取ってはいけない。
「元ウィザードですから。今は無冠の魔術師です」
私がたしなめると、リヒター氏は、はっはっはと笑った。
「怪我は大丈夫ですか?」
「おかげさまで。普段は魔力をセーブしていますが、時間を絞れば全盛期の頃と同じように魔術が使えます」
「そんな体になってもですか」
「なっ、むう......」
体の事を言われてムッとした。
私はふんだ! と思って、目をそらすが、応接室の一枚の大きな鏡の中の自分と目が合ってしまう。
ちんちくりんの背丈に、金色の長い髪、年齢に沿わない幼さの残る顔立ち......
今のこの少女じみた様相の私には、
これじゃあ子供だ。生徒たちにナメられてしまう。
そして目の前の男の声色も、どういうわけか少し子供向けになっている気がするのだ。ナメている。完全に。
「リヒターさんは今日は授業参観で?」
「いいえ、教師の方へ伺いに来たのです」
「さようですか」
そう言って彼は私の方を見つめた。
目的は私か。
「シプリスのお茶菓子を貰うついでに、書類を手渡しに来ました」
「書類を手渡し? メールやファックスじゃだめなのですか?」
「治安総局の捜査資料ですからね。そういうわけにはいかないのです」
ふーんそういうものなのか。私は茶色い小包を受け取ると、中を少しだけ確認する。中身はテロ組織の動向らしかった。まあ今のところ、この仔細は私には関係ない。いざとなった時、力を貸せという話だろう。
「教師生活はどうですか?」
「なかなか大変ですよ。新任だし、雑務が多くて。でも生徒たちが優秀で、なんとかなっています」
「それは結構」
彼は自分の顎を手でなぞると、神妙な面持ちで言う。
「そういえば、コゼット・オンフレさんはどうですか?」
「コゼットさんですか?」
突然出てきたその名前に驚く。名家出身のクロエさんや、優秀なメリナさんを差し置いて、その名が出てきたことに私は少々警戒した。その意図が、上手くつかめない。
「どうしてコゼットさんなのでしょう?」
私の問いに、彼は、ふふっと笑う。
「なに、私が彼女の推薦状を書いたのですから、様子が気になるだけですよ」
「なるほど、どうりで」
リヒター氏の優秀さは私も十分に知っているところだ。そんな彼があの推薦状を書いたというのは、合点の行く話。堅物だらけのウィストリア魔法省で、あの子の才能を拾い上げられたのは、ほとんど奇跡みたいなもんだと思ったが、なるほどね。
「コゼットさんは完全に魔眼を持て余していましたからね。あなたのような魔眼使いに良いアドバイスを貰えば、化けるのではないかと思うのですが」
「ええ、その目論見は大きく外れてないと思います。さすが、と言わざるを得ません」
「いえいえ、古くから言われていることです。靴は靴屋に。魔眼のことは魔眼使いに教わるのが一番ですから。とりわけウィストリアでは、魔眼の情報にアクセスしづらいですし」
彼の言うように、ウィストリア外の魔眼の情報にアクセス出来る環境なら、彼女の心持ちも違っただろう。
彼女は自身が魔術を使えないことを気にしていたし、隠していたようだけど、学校も魔法省もそのことを折り込み済みだと知っていれば、あそこまで思いつめなくてよかったのではないかと思う。
新任教師の業務に忙殺されて、彼女へのケアが遅れた。密かに反省するところだ。
「それで、どうなのでしょうか、彼女は? その素質は、いつ芽を出すのでしょう?」
「そうですね......」
どう答えたものか。
ぱっと答えられなかったのは、私が教え方を迷っているから。教師とは、つくづくすさまじい職業だと思わされる。他人の人生を、平気で歪めてしまうし、それが生業となるのだから。
彼が聞いているのは、魔眼と、そのデメリットの話だろう。いつになったら開眼して、いつになったら人並みに魔術が使えるようになるかということ。
だが、私の見立てだと、目以上に興味深い素質があると思う。彼はそのことに気がついていない。
才能は、ある。
それもただの才能ではない。ぶっちぎりの才能だ。
でもそれを活かすには、尋常じゃない努力が必要で、それが積めない限りは、あったとて何の意味もない才能とも言える。
はっきりいって、彼女の歩もうとする道は修羅の道だ。
私は答えを出せずにいた。魔眼さえ開けば、なんとか普通の道だって、探しだして彼女に与えられるかもしれないし。その可能性があるなら、それでも.....
「せんせー?」
その時、するっと扉が空いて、生徒がこっちを覗きこむのが見えた。
「わ! コゼットさん? どうしたの?」
コゼットさんの顔がふわっと揺れる。
私が手招きすると、彼女は遠慮がちに応接間に入ってきた。
「あの、お話し中じゃありませんでしたか?」
「そうだけど、べつに大丈夫だよ」
そうですよねー?とリヒター氏に目配せした。彼は、目を細めてうんと頷く。一応渡された茶封筒をひっくり返しておいた。見られても特に問題はないと思うけど、建前は大事なので。
「その、先生、今すぐ話したいことがあって」
もじもじとしたコゼットさんが、遠慮がちに、けれど自信を感じさせる言い方で、衝撃的なことを口にした。
「先生が出した課題、もう全部解きました」
「え......」
私が出した課題って、あの時の?
先生がコゼットさんとほぼ同い年の頃、あれを解くのに私は一年かかったんですけど......
理解が追いついた時、激しく戦慄する。
「もう!? 全部!?」
「はい!!! すっごく大変だったんですけど、なんとか寝る間も惜しんで解き続けました!! そしたら突然びゅーって分かるようになって!! パズルを解くみたいで、すっごく面白かったです」
「ちなみに答えは?」
「1です」
大正解。複雑な暗号式から出てくる解答は、アラビア数字の1だ。それをこの子は、たった数日で解いてしまったのだ。渡した課題は現代魔術の初歩の初歩のテキストだけど、私みたいな、今では現代魔術のプロフェッショナルたる人達が、苦労して作り上げた知恵の結晶だ。
それは確かに、先人の通った道ではある。それでもその道を、圧倒的速さで走り抜けるのは、天才としか言いようがない。
私よりも、ずっと早く。
「遅かったですか?」
彼女はその瞳を揺らしながら、私の解答を恐れと共に待っていた。
私はかぶりを振って言った。
「違う、早すぎる。天才だ」
「て、天才!?」
「うん」
そんな私達のやり取りを、リヒターさんは、まるで孫同士の会話をみる、おじいちゃんみたいな柔らかな表情で見ていた。
「本当はね、これ、解けないだろうと思ってだした課題なの」
「え.........ええっ!?」
「もう少し考える時間が必要と思ったから。現代魔術の、まあ絶対に分からないだろう課題を出して、暫くの間は問題と向き合いながら考えていてもらおうかなって思って」
「そんなっ!?」
「でも無駄だったね」
教師として、魔術師として、人として、一つの解答を出せたように思う。コゼットオンフレという名の才能に、はっきり言って分からされた。
私はリヒター氏に向かって告げる。
「コゼットさんは天才です。まだ駆け出したばかりの蕾ですが、これから必ず大きな花を咲かせるでしょう。それまでは、私が責任を持って育ててみせます」
私は、驚くコゼットさんの肩を抱いてそう強く宣言した。これが私の、「コゼットさんはどうですか?」の答えだ。才能にふれるのは怖い。それでも私は、彼女の未来を共に見たい。こんなものを見せられると、どうしたってそう考えてしまう。
彼はコゼットさんの持つテキストを見た時点で、私が何を教えようとしているか分かっただろう。そしてそれの意味することも。現代魔術が、どうして誰も習得しようとしないのかも、彼はその経験から分かっているはずだ。
「なるほど、承りました」
彼は、そう言うと、お茶菓子を全て平らげた後、応接室を後にした。
「魔眼に、現代魔術ですか。まるで誰かを見ているようですね」
そんな言葉を残して。
******
「すごいカッコいいお爺さんでしたね」
胸元をぎゅっと握りしめているコゼットさんが言った。癖なのかな? シャツに皺が寄ると思うんだけど。
「ああ、うん。リヒターさん。魔法省のお偉いさんだよ」
「そんな偉い人と話していたんですか!? それに、私のことまで」
「うん」
彼女には、どこまで言っていいか分からないので、ここらへんで濁しておいたほうが懸命だろう。私は、急いで別の話題を探す。......そうだ。
「前研究室で話してた時もそうだったけど、コゼットさんは胸のところを握りしめるよね。どうしてなの?」
さっき思った疑問をそのままぶつけた。
彼女は、あっというと、急いで手を自分の胸元から離す。案の定、シャツには皺が寄っていた。
「これはですねえ、その......」
コゼットさんは、遠慮がちに目を伏せると、意を決したように、私の方へと向き合う。
「その、ネックレスをしているんです。先生には、特別に見せますね」
そういって、シャツの隙間からするするっと紐を引っ張ると、金細工で魔石を隠した、かなり出来のいいアーティファクトが出現する。
「これって」
心拍数が上がる。背中に汗をかく。
このネックレスに、私は見覚えがある。見覚えなんかじゃない。ほとんど因縁みたいなものだ。この模様、この魔力。間違いない。でもなんで......
「先生、どうしたんですか?」
「......いや、これ、どこで手に入れたの?」
「これですか? 私を助けてくれた魔術師が渡してくれたんです。いつか立派な魔術師になれるようにって」
「その魔術師って?」
「リズさんって名前で、苗字は......わかりません」
リズは私にとって縁が深い、彼女に違いないだろう。ああ、あの子がコゼットさんに、これを引き渡したんだな。なるほど。そうか、なにもかも。考えれば、たしかに彼女らしい選択だ。だとしたら、私は......
「先生?」
「ん? どうしたの?」
「いや、大丈夫かなって」
コゼットさんが、私を心配そうに見つめていた。そんなに私はひどい顔をしてただろうか。
「いやただ......ちょっと、考え事」
「考え事?」
そう、ただの考え事。私は彼女の頭をガシガシと撫でると、彼女はわーっと声をあげた。
「最初にコゼットさんの才能を発掘したのは、私なんだと思っていたけど、先を越されてたなって話」
彼女は頭に「?」を浮かべて、分からなそうにしている。
まあ、それでいい。
今は分からなくていいんだ。彼女には彼女の人生がある。リズがそう願ったように、私もリズの遺志を継いで欲しい。でも、今はまだ、そのことを知らなくてもいい。
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