化けの皮が剥がれて
その日の夜のこと。
私は寮のシャワールームでお風呂に入ってから、私とメリナのプライベートルームへと戻る。
メリナはなぜかいつも消灯ぎりぎりまでプライベートルームにおらず、どこに居るのか分からなかった。ベッドにスポンと入って体を横にする。消灯時間までまだあるけど、今日は早めに寝てしまおうか......
(もっといろんなこと話したいのになあ)
あの時のメリナはすごくかっこよかった。間違いなく本物の魔術師! という感じがする。スマートで凄みがあって......
「はあ」
溜息もつく。今日は大変だったのだ。ブリジットに絡まれて、精神的にもごりごり削れてしまった。それに、寮のみんなの様子も変だった。噂になっているんだろう。私がもめて、メリナが助けて、私が実は魔術が使えないということ。
どう思われるだろうか。嘘もついていたわけで、もうみんなに合わせる顔もない。
......
「あああーー!!」
あー考えるだにめんどくさい。
もうどうなってもいいや。やっぱりブリジットの言うことが正しい。結局魔術を使えない人が魔術校に入っても上手くいくわけ無いんだ。身の丈に合った目標というのが大切なんだろう。
「はあああ」
私は不貞腐れていた。不貞腐れすぎて枕を殴るなどする。おりゃおりゃおりゃ!!
虚しいだけ。
......
「コゼットちゃん?」
「え、どうしたの?」
扉越しに声が聞こえた。そのまま扉が開かれる。
ぎいっと、音が鳴って、寝巻き姿のルナちゃんがそこにいた。手にはお盆を持っていて、マグカップが2つと一個魔法瓶が置いてある。
「どうしたの?」
「マリさんからハーブティーもらってきた。一緒にのも?」
「うん」
わたしがいそいそとベッドに二人分座る場所を作ると、彼女もそこに腰掛けた。寝間着のルナちゃんは、なんだかびっくりするくらいかわいい。肩が触れるくらい近くに座ったから、変にどぎまぎしている。
ドキドキする心臓。そわそわする私。
そんな私をかけないで、一度立ち上がったルナちゃんは机に盆を置いて、二人分のお茶を用意する。ちゃぽちゃぽと魔法瓶からマグカップに注ぐと、マグカップから湯気が立った。
「はいこれ。熱いから気をつけて」
「わわ、ありがとう」
ハーブティーの入ったマグカップを受け取った。あっつい!
「......」
それにしても、このマグカップ、ルナちゃんの私物だよね......。普段これに口をつけてるんだ......
「大丈夫?」
「あ、え、うん。大丈夫だよ」
まごつくのも変な話なので、ええいままよ、とハーブティーを飲んだ。
ごくっと喉が鳴る。風流な飲み方ではない。
「ああ〜、なんかしみじみ美味い」
美味いというより旨いという感じがする。落ち着く味わい。自分の邪な感情もなんだか溶け落ちていく感じがするなあ。ようやく人らしくなった。
「お腹があったかいかも」
「なんか体を温めてくれるお茶らしいよ」
同じくお茶を啜っているルナちゃんが教えてくれた。こんなに早くに薬効があると、ゲームの薬草みたいっておもってしまう。きっと、先日のTRPGで出たアイテムの薬草もこんな感じなんだあと思う。
「後でマリさんにお礼を言いにいこうね」
「そうだね」
触手も触らせてもらってないので、いつか触らせてもらおう。水風船みたいな感じだといいな。でももう触らせてもらえないかも。私の信頼度って今地の底だから。
「......」
「......」
お互いに話すことがなく、ただ並んでお茶を飲んでいた。
お茶のおかげで、気まずくない。
もしかしてこれ、気を使われている、のかな。寮内でもいろいろ私のこと言われているだろうし。魔術が使えない、とか。喧嘩してた、など。
でもこんなに早くにみんなに知れ渡るとは、思いもよらなかった。......いや、きっと思ってたんだ。目を逸らしていただけで。
「ねえ、コゼットちゃん」
「どうしたの?」
「もしなんかあったら、ルナに相談してね?」
「うん」
「絶対、溜め込まないでね?」
「......うん。約束するよ」
本当に単純なんだけど、その言葉で傷ついていた心がぱっと明るくなった。
ルナちゃんはいい人過ぎる......ちょっと本当に泣きそうになってしまった。
そんなこんなで二人だけの時間を過ごしていると、
「あ! こぜっと・おんふれ!」
部屋の扉が開いて、ひょっこりとジンジャーちゃんが顔を出した。ぴょこぴょこ動きまわる活発な子だ。お風呂あがりなのか、頭から湯気が出てる......
「ていうか、髪濡れてるじゃん」
「さっきシャワーを浴びたので!」
髪が濡れてぺたんとまとまっていて、その束の先から水滴がぽつぽつ落ちていた。
ちょっと〜水滴落ちてるとメリナに怒られるんだけど......
彼女はショートカットで、いつも髪をまとめておでこを出してるけど、今はお風呂あがりだからか、前髪が降りている。こうして前髪が降りているのをみると正統派美人という感じがする。子役みたい。
なんだか今日はお客さんがよく来るなあ、なんて思ったり。
「ジンジャーちゃん、お茶飲む?マグカップ持ってこようか」
「いえ、大丈夫です」
彼女はきっぱり断った。
「お茶は好きではありません。葉っぱを煮だすというのがどうにも」
独特の感性だなあ。でもまあ葉っぱを煮だした液体だと思うと、普通のお茶でも突然得体のしれないもののように思えてくる。おいしいけどね。
「髪乾かしなよ」
「ええ〜どうせすぐ乾くじゃないですかあ」
「自然乾燥よくないよ。風邪引いちゃうし、髪がカビちゃうよ」
「ええー! カビるのは良くないです!」
胸の前でノー!のジェスチャーをする。カビるのは彼女的にもNGらしい。
「ほら、とにかく洗面台いこ?」
「え〜、やですよ〜」
私は嫌がるジンジャーちゃんの肩を掴んで強制連行の形をとる。このまま部屋が水滴だらけになるのは敵わない。
「じゃあ、私お茶を片付けてくるね」
「あ、うん! お茶ありがとう」
「じゃーねーおやすみー」
ルナちゃんに気を使わせてしまった。心の底がずーんとなる。それに、あとでマリさんにお礼言っておかないと、絶対。
それはともかく、今はジンジャーちゃんの髪だ。そういえば、なんでジンジャーちゃんは私の部屋に来たんだろう?
連行されてる彼女は髪を乾かすことにぶつくさ言っていた。
「ドライヤーしたくないです〜」
「どうして?」
「だって、なんか暇なんですもん。やることないし」
なんとなく分かる。洗面台とコモンルームは離れていて、テレビを見ながら、みたいなことは出来ないのだ。
「私が代わりに乾かしとくからアイス食べたり、スマホ見といていいよ」
「わーい!」
「あんまり甘やかさないでよ」
彼女のルームメイトのアガサちゃんが言った。アガサちゃんはお姉さん気質で、騒ぐジンジャーちゃんを冷たくあしらってるのをよく見る。ルームメイトとして相性がよくて、おてんばなジンジャーちゃんの手綱を握れるのは彼女しかいないと確信しているのだ。
私は洗面所の台の下からブラシとドライヤーを取り出すと、ジンジャーちゃんを椅子に座らせた。私はその後ろから彼女の髪の毛にドライヤーをかける。
「熱くない?」
「大丈夫です!!」
髪を広げて、熱くならないように満遍なく風を当てた。ヴォ......
彼女はあまり私の方を気に留めないで、スマホをぺたぺたスクロールしていた。
この子の髪は短く、毛が細い。触るとさらさらとしていて、乾くとふわふわしている。そこから時折シャンプーの甘い匂いがした。猫毛というのかな。すごく、かわいい。
「綺麗な髪の毛だね」
クサいセリフだけど、本心なので思わずポロッと口から漏れてしまう。慌てて口に手をあてるけど、それで言ってしまった言葉が戻るわけでもない。
「えへへ。ありがとうございます。あ、口説いてますか?」
「え、はあ? 口説いてませんけど」
そんな冗談を交えつつ会話をしていると、突然彼女の言葉が途切れた。どうしたんだろうと思うと、彼女はなんだか上の空。
彼女は足をぷらぷらさせていて、スマホから目を離して遠慮がちに鏡越しに私を見た。
「あの......」
「んー?」
「こぜっと・おんふれは魔術が使えないというのは本当なんですか? みんな噂してました。でもそんなことないですよね? でまかせですよね?」
時間が止まって、思わず息が上がった。
もう嘘はつけない。これは私の、罪の帰結だ。
「その噂は本当だよ」
「え」
「私は今まで、魔術を一度たりとも使ったことがない」
ドライヤーの大きな音に私の声が交じる。
「そうですか......ちょっとした確認のつもりだったのですが、まさか本当だなんて」
彼女は珍しく真面目な顔をして思案した。
「魔術校は魔術が使えないと何も出来ませんよ。もしかしたら、追い出されるかもしれない......こぜっと・おんふれ、これからどうするんですか?」
「どうしようね......」
「無計画すぎます! なんでこんな無茶なことしてるんですか!」
確かに。そのとおりすぎる。そりゃそうすぎて言葉が出ない。
私は、無計画のすっとこどっこいだ。
「なんだか私、こぜっと・おんふれのこと分かんなくなりました。なにが目的なんですか。どうなりたいんですか?」
立派な魔術師になる、というのはちょっと漠然としすぎていて回答にならないだろう。でも私は、生憎それ以外の答えを持ち合わせていない。笑われてしまう。
私が答えに窮していると、彼女はぽそりと言った。
「わたし、こぜっと・おんふれのこと好きですよ」
「.....え」
「話すと、あ、このひといい人なんだ!ってすぐわかりました。言葉の裏に努力の影があって」
さすがにびっくりした。
告白かとおもった。でも告白じゃないにしても、私には身に余る言葉だ。心がじわじわと暖かくなる。ほぼ告白みたいなもんでしょこれ。
「わたし、こぜっと・おんふれが退学退寮になったら、嫌です。許しませんからね」
私はドライヤーを終え、彼女の身柄を開放すると、彼女はぴょんと跳ねて私の元から離れた。
「ドライヤー、ありがとうございました」
「あ、うん。どういたしまして」
彼女は彼女なりにいろいろ考えて、私に伝えてくれたんだろう。ありがたい話だ。自分にはもったいないくらい。
そう、本当にもったいない話だ。
みんなに調子を合わせて、上っ面を取り繕って、私はみんなを騙しながら付き合ってきた。それなのに、私の心配をしてくれる人がいて、それは何にも代えがたいものだと信じている。私は人に恵まれていた。それなのに......
やさしくされて、逆にみっともない自分が浮き彫りになる。後悔は、どこまでも尽きない。
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