決戦!! 魔眼vs氷結
どうして!! どうして!! どうして!!!!
なんでメリナは自分より私のことを優先した!! 私じゃなくて、メリナが生き残ってたら、まだ勝ち目のある展開だったのに!!
私は巨大な氷塊の裏手に走って、なんとかクロエちゃんの魔の手から逃れた。
今は、考えてる暇はない。
一気に走りきらなきゃ、死ぬ。
「はっ、はっ、はあっ」
さっきの攻撃で、飛び散った残骸の裏手に隠れて、手を口に当てて必死に息を殺した。
全力疾走した直後に、息を止めるのは、本当に苦しくて、思わず手の隙間から呼吸が漏れる。心臓が、胸から飛び出しそう。
彼女の様子はというと、走って追いかけているわけでもなく、ゆっくりとした足並みで、虱潰しに距離を詰めてくる。クロエちゃんからすれば、急ぐ理由がないのだろう。
攻撃手段を持たず、彼女はなにが来ても安全、だから走って詰める必要がない。
じゃあこのままBサイトに走り抜けるのは? 即座に湧いて出た案を脳内で潰す。こんな状況で、Bサイトまで走って、クリスタルのロックを解除するなんて、無理だ。
だったら、勝つしかない。
でも、どうやって?
「魔術を扱えない人間が、魔術師に勝てないように、魔術を扱えない人間には、魔術師を導けない!!」
クロエちゃんの叫ぶ声が聞こえる。安い挑発だ。だけど、私の心をいたぶるのに、十分なパワーがある。
「出てこいコゼット!! それでも自分の主張を通すなら、出てきて勝負してこい!!!」
ズリッと足を引くと、足元でカロンと音がした。銀に光る金属の棒だ。
「やば」
「
すさまじい音と共にあたりが氷と共に吹き飛んだ。
やばいやばいやばい、一気に走って次の遮蔽物へと走る。幸い私のほうが速く、氷があたりを吹き飛ばしているので遮蔽物は多い。
「どうしてそんなところで隠れてるの、コゼット。もう降参しなよ」
「っあぶな!!!」
顔を出したところを狙い打たれて、打ち込まれた場所は、まるでロケットランチャーみたいに氷が一気に拡散する。辺りにキラキラと綺麗な破片がばらまかれて、白くて凍てつく煙が立つ。
「......仕留めたと思ったんだけどな」
「くうっ」
間一髪の回避だった。心臓がガンガン鳴って、自分の身の危険を知らせていた。
ぜえぜえと吐く息を整えて、考える。どうしよう、もうこのままじゃ勝てない。
どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする、どうする!!!!!!!
考えても何も出てこない。彼我の戦力差が圧倒的すぎて、私には何も思いつかない。
どうすればいい。もう、諦めるしか無いの?? 魔術の才能の差に、ひれ伏すしかないの?
思えば、作戦が失敗してから、私のせいでみんなが傷ついている。私はみんなで戦うとか言って、私という不足分をみんなに無理矢理支払わせることで補っただけだ。メリナも、ルナちゃんも、きっとジンジャーちゃんだって。ジンジャーちゃんを捨て駒のように扱って単騎突入させたのだから。私が、何もかも......
心臓が痛くて、胸を掻き毟りたいような気持ちになって、服の胸元を掴むと、異物感と共にチャラチャラ音がする。
「ネックレス......」
そうだ、ネックレス。私には、あの日託されたものがある。それだけじゃない、みんな私に繋いでくれたんだ。
それなのに、諦めようとした?
期待に応えろ、コゼットオンフレ!!
「魔眼......」
魔眼だったら、彼女の懐に入り込める可能性がある。私の魔眼はヴィジョンⅠで止まっていて、正式に開眼できていない。けど、魔眼が言われているとおりに強い力なら、なんとか戦えるはずだ。
「私なら出来る。今開かないと死ぬんだから!!」
私はここで、魔眼を開眼する以外にない!! 目に魔力を入れて注いで、私の視界は赤く染まる。視界がブレて、私だけの世界が展開される。
「――ヴィジョンⅡ、アクセプトっっ!!!!」
視界が歪む。
周りのものはモノクロに、魔力だけ色が付いて見える状態。意識すれば、その瞬間なんでもスローモーションにみえる。今までで、史上最高のパフォーマンスの魔眼だ。
でもその代償か、眼に激痛が走った。
「っっっあああ!!!」
痛みで声が漏れる。私の居場所がバレて、彼女は私に向かって魔術の矛先を向けた。
「ここでおしまいだね。コゼット」
「勝つさ、私は。クロエ......」
体の悲鳴を無視して立ち上がる。
彼女の魔弾が、目にも止まらない速さで突っ込んできた。もうこの距離だと、拡散する氷塊に巻き込まれることを回避できないだろう。
――だけど
私は足元に転がってる銀の鉄柱、メリナが使ってた針を拾い上げると、それを武器にして、彼女の魔弾を遠くへと弾き飛ばした。
「なっ!!」
クロエちゃんの驚く声が聞こえる。
巨人が使う裁縫針みたいな巨大な針だ。それに魔力を通し続けて、抗魔力状態を付与した。魔力の幕電でほのかに光り輝く。両手で持つと、コーンと軽い音がした。私は長くて真っ直ぐな針と共に、一直線にクロエちゃんのもとに突っ込む。
「まさか剣で弾くなんて!!」
「クロエっ!!!」
クロエちゃんの魔術は氷の魔術だ。
まるで踊るように舞ったかと思うと、いきなり魔弾の着弾点から氷を発生させる。
冷たい、彼女の魔術の特性なんだろう。魔弾はバレエのリボンのようにゆらゆらと揺らめく青い弧を描いて、恐ろしいほど速く向かってきた。
「うらあっっ!!!」
針を剣のように振り回した。
針に魔力を押し込み続けているので、振るとすこし空気が歪む。
これのおかげで魔弾は弾けるし、魔弾を弾けるなら先に進めるはず。あとは魔眼が正常に動いて、私の身体がついていければ、きっと。
アドレナリンまみれの体を弾いて、魔力込みで最高速度で動くしかない!!!
「そのまぐれが何度続くかな!!!!」
「来る!!!」
初弾、次弾、三、四!!!! タイミング良く弾き返すと、ずさあっと横に滑って彼女と真正面で対立する。
魔眼は間違いなく発動していて、その実力は間違いない。けれど、
「痛......」
「コゼット、その目、まさか......」
私の目を見たクロエちゃんが、はっと息を吸う。そういえば私の目はどう見えてるんだろう。先生の目を思い出す。あれくらい、綺麗だったらいいんだけど。
「そっか、魔眼か。だからこの学校に」
「......私は、この眼で選ばれてきた責務を果たす!!」
剣を持つ手に力が籠もる。
私は選ばれてきただけの人間だ。選ばれるのに、力がなく、どうしようもなく喘いできた。
それでも勝つしか無い、勝つしかないんだ!! みんなに助けてもらった分、全力でそれを返さないといけない!!
見ると、もうクロエちゃんには足の震えは多少収まって、反動が僅かに尾を引いているだけで、さっきほどは残ってないみたいだった。こっから先は、お互い本気のやり取り。
「来い、コゼット」
「言われなくてもッ!!」
ぎゅっと脚に力を込めて走る。一気に走った。むちゃくちゃなやり方で一気に距離を詰める。この距離なら、後三発も弾けば手の届く位置。
ガキンと剣と弾が咬み合って、硬く高い音が響く。
「あと二発ッ!!」
一気に剣を上に振りぬいて魔弾をもうひとつ弾き飛ばした。あと一発、これさえ飛ばせば......!!
「......ッ!!!」
魔眼が捉えた魔弾は今まで弾き返したものとは違う。これはやばいと思って急にブレーキを踏んだが、加速した自分は急には止まれない。靴がずるっと音を立てて滑った。
「もう遅い。ホワイトカスケード!!」
ガシャンと轟音を立てて、氷の塊が一気に拡散した。その奥から、とがった氷柱の、びっしりと一面を埋める壁が、激しく空中に展開される。流れる滝が、一気に凍って、その動きを止めるかのような、幻想的で、壮大で、かつ残酷なまでに美しい魔術。
私は緊急回避を行って、氷の爆破の勢いのまま横に滑って転がった。
「うぐぅぅうっ!!」
魔眼がなければ死んでいた。装置の術壁感知が黄色を示している。
「煙幕っ!!!!!」
ジンジャーちゃんに貰った煙幕弾の魔道具を使って、魔力を最大ブーストして煙幕を展開する。自分の姿を消して、なんとか時間を稼いだ。
煙幕の中から外は当然見えず、煙幕のうちとそとをまたぐ状況では魔眼は役に立たない。容易には外に出られないし、諸刃の剣だが、煙幕弾を使わなければ完全に負けだった。一方で煙幕の中、近距離は魔眼の間合い。広い煙幕の中で、身の安全を確保してから体勢を整えた。
攻撃を受けて、受け身をとったが、もう次は受けれない。煙幕の先、氷塊の裏にはクロエちゃんがいる。一対一だ。あいも変わらず。
「くそっ、ここで負けるわけにはいかないッ!!!」
粗製の剣を手にとって改めてクロエちゃんと向き合う。
ゆっくりと後ずさりしながら、こちらの出方を見ている。煙幕から出た瞬間にすぐに撃ち抜けるようにしているんだろう。それなら......っ!!
「粉塵ッ!!!」
ドンッと音がして煙幕が吹き荒れる。
粉塵を前方に継ぎ足して炊いて、クロエちゃんへの道を作る。煙幕の中は魔眼の間合い、煙幕の外に出れば撃ちぬかれる。
だったら、煙幕を引き伸ばして相手を煙幕の中にひきずりこめばいい!!
「うらあああ!!!」
走ると彼女の姿が移る。私のほうが先に見つけたああ!!
思いっきり彼女に向けて剣を振った。
キーーーンと高い音が響く。
「近接攻撃ができるのは自分だけだと思った?」
「......くっ」
彼女の青白い剣と鍔迫り合いになった。氷の剣!! そんなものが......
彼女は剣を振って、私を遠くに飛ばした。彼女は手をおろして、びゅーんと氷の剣を伸ばす。伸縮自在の氷の剣だ。それは光をあびて、まぶしすぎるくらい白く、鮮やかに。
「......っ!!!」
それでも加速して彼女の間合いに入る。激しい白刃の乱打戦。剣戟が繰り返され、高い残響音が重なって周囲に残った。レイピアのような速攻をいなして、いなして、いなして!!!
激しく動きすぎて、もう周りに煙幕は霞程度も残っていない。それでも、
「このっ!!」
「うらああっ!!!!!」
クロエちゃんの術壁を思いっきり叩く!! 魔眼の見切りがある分こっちのほうが速い!!!
だが、彼女の術壁は氷を纏って、剣をがーっと滑らせて致命傷を避け続けていた。
剣が上手く入らない、でも......!!!
変則的だが、どこか気品のある彼女の剣筋を、速さによるゴリ押しで無理やりこじ開ける。彼女が素早く薙いだ剣を、一気に上方へと弾き返すと、
「んあっ!!」
私は空いたスペースに、真っ直ぐ蹴りを入れた。
クロエちゃんは思わず、後方へと弾き飛ばされるが、それを逃さずに幅を寄せ続けた。
「このぉ、コゼット!!」
「クロエーっ!!!」
それでも乱撃は続く。白刃の打ち合いは一層その速さを増して、私達はダンスを踊るみたいに、距離を図って足が交差した。
均衡の取れた、永遠とも一瞬とも取れる時間。クロエちゃんの攻撃は一撃でももらえば死ぬ、それに対してこんなに打ち込んでいるのに、全然倒れる気配がしない。このこのこのっ!!!!
それでも私は押していて、今まさに、戦局はバランスを崩そうとしていた。
「..........っあ」
不意にクロエちゃんがよろめいた。いける、このままいけば勝てるんだ!!! 私は、剣を素早く翻して、彼女の術壁に打撃を与えんとするその瞬間、彼女の体からガシャンと音がするのを聞いた。
「あ………」
彼女は氷を纏った礼装で剣を受けると、そのまま私の襟を掴んで、言った。
「やっと捕まえたっ!!」
「っ!!」
「
信じられない程の勢いで、私の視界は青く染まる。
けたたましい轟音が、辺りを支配する。その魔術は、あまりにも綺麗で、巨大で、勇壮で、恐ろしく、想像不可能で、すなわち崇高の概念すら思わせるような、そんな一撃。
圧倒的力の差。
それを前に私は――――
地面が震えて、抉れて、そうして一始末の後。
辺りはクロエちゃんの魔術で真っ白だ。氷が太陽を返して、煙で光が乱反射している。
「まだだ......クロエ.........」
吹き飛ばされた私には、もう術壁はなく、彼女の氷が肉にまで食い込んでいる。
ぽたぽたと血が流れて、私の服をじっとりと濡らした。
「まだ、私の術壁は、割れてない」
どうだ、と胸を広げる。私がやったのは、サンドラちゃんと同じ手口。限界まで術壁を使って、魔術を生身で受けた。
私はサンドラちゃんみたいに、体をどうこうできないから、傷だらけ。
ランプはオレンジになっていて、風が吹くだけでも赤く光って音が鳴りそうだった。
「クロエ......クロエちゃん」
「コゼット、もう無理だよ。そんな体じゃ、私には勝てないから」
「......うううっ!!」
私は低く唸ることしか出来ない。でも、このまま終わってたまるか。
一歩進む度、ぐしょり、ぐしょりと音が鳴る。血濡れた靴と、血を吸った靴下が、水気を含んで大きな音を立てた。
一歩ずつ、クロエちゃんの元へと歩みを進める。さっきよりずっと、遥かに遅い。牛歩か、もしくは羊の歩みか。
「なんでそんなになってまで、戦うの? どうしてそんなに必死になるの!? 非魔術師じゃ、魔術師の術壁は破れないのに!!」
クロエちゃんの揺れる眼が問うてくる。
(苦しい、痛い、寒い......)
それでも応えなきゃ、嘘つきの私を、それでも信じてくれた人に。
期待してくれた人に。
助けてくれた人に。
私は、かけられた期待に、きちんとした形で報いたい。期待に答えるために、勝つ。
だから、みんなで勝つ。みんなで勝って、思いを繋いで見せる。そのために......私は............!!!
「コゼット......、もう来ないで。お願い、これ以上は」
「負けられない、負けたら、私は、」
「コゼット!!」
彼女は私を見て悲痛な表情を浮かべると、やがて自分の剣を握り直した。
もつれる足を引きずりながら、ようやくクロエちゃんの目の前までたどり着いて、私は剣を持ち上げた。
「コゼットっ!!」
クロエちゃんがでたらめに振るう剣は、あまり力が入っていないのもあって、簡単に弾き返せてしまった。クロエちゃんの太刀筋は全部見えていて、もう私に届くことはないだろう。
「っ!!」
私がクロエちゃんの首元に針をあてがうと、彼女は目を点にした。
あとちょっと、あとちょっとで、勝てるのに、全然力が入らない。
首筋に落とした剣は、ぴくりとも動かなくて、もうどうにもならなかった。
ああ、体が動かない。錆びたブリキの人形みたいに、体が言うことを聞かなかった。手がかじかんで、針が持てない。手を離すと、針にはべったりと血が付いていて、私の皮膚は剥がれて、肉が露出している。
「ごめんねコゼット」
体の震えが止まらない。苦しくて、たまらなかったけど、クロエちゃんに謝ってほしくなかった。
「うぶっ!!」
口から血がぶわっと吹き出した。口の中も、食道も、血が出てビリっと切れている。こんなところで諦めたくなくて、私は必死に抵抗するけど、手足と脳みそが上手く繋がってなくて、何も出来ない。
私は彼女の体へと倒れこみ、頭を彼女の胸につけて、血を吐いた。彼女の綺麗な、紋章付きの実習着に、血がべっとりと付く。私の意志に反して膝がガクッと折れて、その場に座り込んでしまった。
「......先生、コゼットさんの回収をお願いします。出血が激しいです」
『うん。今救護の人を呼んだよ。すぐ着くから、もう少しだけ、そのままでいてあげて』
「分かりました」
『それと、クロエさんにお願いしたいことがあるんだ――』
出血のショックと、疲労でその場で気を失った。クロエちゃんの腕の中、遠のく意識にトランシーバーがざざっとノイズを走らせて、クロエちゃんと先生の声が響いた。
「コゼット、あんたの勝ちだよ」
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