嵐の中間試験
「じゃあそこまで、ペン置いて〜」
監督をやってるかもめ先生の声で、試験用の大部屋に居る人が、みんな一斉に手を止めた。先生は、前の席で背の高さが足りずに足をぷらぷらさせている。私達のテスト週間は佳境、教養系、魔術系の筆記最終日である。
紙を回収すると、私達は一斉に開放された。
よーし。
よしよしよしよしよし!!!
筆記は全部自信を持って回答できた。マリちゃんが作ってくれたテスト対策が、これはもうばっちりとハマった形だ。後はミスがないか祈るだけ。
「上手くいった?」
「うん」
メリナがホクホクしている私に話しかけてきた。思い返せばメリナは、最初は二人きりの時しか私と話さなかったのに、今や普通にみんなの前でも私と話すようになっている。成長だ。
「テストの具合はどう? どれくらい取れそう?」
「ほとんど満点だと思う。ただ......」
私が言葉を濁すから、メリナは私の服を掴んで、先の言葉を急かした。
「ただ......思ってたより簡単だった。これじゃあ筆記で差がつかないかも......」
私が心配しているところがそこだった。筆記で差が付いて貰わないと実技で捲られるから困る。ただでさえクロエちゃんは頭がいいのに......
「別にそんなに簡単じゃなかったよ。普通だった。多分コゼットが、実力をつけたからそう感じたんだと思うよ」
「そう、かな」
ならいいけど。希望的観測をして、筆記試験を終えた私達は寮に帰った。あとは、勝負の実技実習だ。私が避けてきた、初めての実技。
その夜。
「コゼット、夜中歩かない?」
私達は久しぶりに寮を抜けだして、夜の道を歩いた。
「コゼット、この先だよ」
「そうなの?」
川沿いを歩くと、色んな物が見える。ウィストリア・シプリス区の、近代的なスカイラインが、夜へと紛れているのを見た。
川はそのまま繋がって、この暗い湖へと注ぎ込んだ。その湖は、黒い絵の具を塗りたくったように黒々としていて、都市の光を受けて波だけが白く光っている。油絵みたいに。
草木は風の強弱にあわせて音を立てていて、私の服も、バタバタと靡いている。湖の上を通ったのか、天気が悪いのか、その風は湿っぽかった。
「湖だ!」
「広いね」
グリーンレイクという名前の湖だけど、全然緑じゃないことで有名だ。都市の湖だし、しょうがない部分もある。
「ちょっと冷えるね」
そう言って、メリナは私の手を繋いだ。
さらさらしていて、触れ合ってるところが暖かい。私もなんだかドキドキする。
「コゼット、来て」
「わわっ」
メリナは私をひっぱって、彼女の上着で私も一緒に包んでくれた。狭い、けど風が途切れて、気持ち暖かくなる。
「どう?」
「あったかい」
「良かった」
私達は二人で同じ上着を共有して、ゆっくりゆっくり湖の縁を歩いた。
湖に沿う舗道では、私達はなにも話さなかった。言葉ひとつじゃ足りなくて、話しても意味を全て伝えきれないけど、それでも心は通じ合っていた。二人だけの夜の道も、その微温的空気感も、黙って楽しむだけの余裕を、今は持っている。
「メリナ」
「ん?」
「いつもありがとう」
黙って歩いていた二人だけの道に、私がぽそっと口にする。
感謝の言葉は、いつだって口にしなきゃいけない気がして。
「うん」
メリナはそっと頷いて、また私の隣を歩いてくれた。
横目で見る彼女は、信じられないくらい綺麗だった。キメの細かい肌に、アンニュイで、天使みたいな造形して、一瞬で目を奪われる......
「綺麗......」
「ん? ああ、都市の明かりって、けっこういい雰囲気だよね」
そういうことじゃ、ないんだけどな。私が不貞腐れるのに、全然気づかないで、彼女は私の手をやさしく引っ張った。
「もう冷えるから帰ろうか?」
「うん」
それから私達はゆっくり、ゆっくりと帰り道を進む。一歩一歩、私達の足取りを確かめるみたいに。
****
翌日。
この日は実技実習の日だ。勝負の日でもあるし、私の成果発表の日でもある。私はぎゅっと弓袋を握って、更衣室へと向かった。
更衣室は真ん中に長椅子があって、壁際に鍵付きの大きいロッカーがずらっとならんでいる。モノが多くて、実際の空間の広さより手狭に感じた。
みんなおしゃべりしながら着替えていて、見ても怒られないと思うけど、なんとなく目を伏せてしまう。礼装と呼ばれる魔術師専用の衣服は、結構脱がなきゃ着られないようになっていて、それもまたいやらしかった。
「これが初めての実習?」
「......ひっ、うん。そうだね」
着替え最中のルナちゃんから話しかけられて、心臓が跳ね上がる。ルナちゃんはかわいい柄付きのスポブラをしていた。デフォルメされた恐竜の絵柄? かわいい......
共同生活だから、見られるのをあんまり気にしないのかな。私はなにも見てませんよ〜みたいな顔して話を合わせた。
「コゼットちゃんのブラかわいいね」
「えっ」
「がんばろ」
「......うん」
あ、翻弄されてる!!
ルナちゃんは私がルナちゃんのブラから目を逸らしたのが分かったんだ。
ただそのからかいは多分私の緊張を紛らわすためなんだろう。それほど目に見えるほど緊張している。私は魔術が使えないからみんなの足手まといになる.......という考えがずっとちらついて離れない。
「その袋、なにが入ってるの?」
「弓と矢だよ」
「へえ、かっこいいね!」
ルナちゃんがきらきらした目でこっちを見た。期待に答えられるかわからないけど、コソコソ練習してたから、いいところ見せたい。ルナちゃんの前では、自然とかっこつけたくなってしまう。
そうこうしている内に私達は着替えを済ませ、演習場へと集合した。いつもの八人だからそんなに集合という感じでもない。
「......コゼット」
「ん?」
メリナが私のジャージをちょんちょんと引っ張った。でも特に用事はないようだ。心細いのかな?
「メリナ、かわいいね。礼装似合ってる」
「......コゼットのほうがかわいいよ」
そんなことはないと思うけど、言われて嬉しかった。メリナの実習用の礼装は、ちょっと大きめで、メリナは真面目だから、チャックを首元まできゅっと閉めていて、そこもかわいい。みんな正式な服以外にも、各種武装を施しており、ローブや魔道書やぬいぐるみを持ち込んでいる。メリナも、腰にサーベルみたいものをいっぱい差して、手に指輪みたいなのをしていた。これも魔道具なのかな。
「来たよ〜」
かもめ先生が来た。今日の実習監督。
「じゃあ今から始めますから。みんなチーム分けの表は見たかな? 赤と青で別れてね」
実技試験の結果の出し方は先生が持つ紙に書いている評価ポイントを満たすことだ。その内容を知ることは出来ないけど、なんとなく書かれてそうなことは分かる。加えて、チームが勝つと、かなり大きな
クロエちゃんが負けて、私が勝つ。それが絶対の条件。このチーム分けさえも、私達の勝負の分水嶺だった。
筆記テスト直前に配られた、実習のチーム分けは以下の通り。
・青チーム コゼット メリナ ルナ ジンジャー
・赤チーム アガサ クロエ マリ サンドラ
私とクロエちゃんは、プロットアーマーよろしくふた手に別れた。
「ぐえーっ、赤が良かったです〜」
ぺかーっとおでこが光るジンジャーちゃんも青だ。
「青が不満?」
「だってこぜっとおんふれは魔術使えないじゃないですか」
「ぐぬぬ〜」
何も言えない......歯に衣着せない言い方が傷に染みる。
「でも弓あるから!!」
「使えるんですか〜?それ」
「実戦は今回が初めてだけど」
「じゃあ無理ですよ」
確かに。にべもない。
私達がわーぎゃー言い合ってる間、赤チームは粛々と情報交換をしている。あっちは強そうな人が揃ってていい。サンドラちゃんは情報屋だし、情報屋ってこういうとき強いなあ。
「じゃあルールを説明するから一旦集まって」
先生が手を叩いて、みんな先生のもとへと集まった。
「四対四のチーム戦、拠点の防衛側と攻撃側に分かれる攻城戦形式だよ!」
赤が守り、青が攻めだ。守りは防衛拠点で待機していて、攻めは襲撃する。襲撃ポイントは防衛拠点の中に二つあり、任意に選択して制限時間以内ならいつでも襲撃可能。
一方防衛側は侵入者に対して好きな形で待つことが出来る。
「つまりどっちが有利なの?」
「攻撃側かな。数の優位を保てるから」
「確かに」
メリナがこそっと耳打ちしてくれた。防衛は2つの地点を守るために人を分けないといけない。だから四人行動できる攻め側が強い、という理屈だろう。じゃあ青が強いってこと!? いえーーい!!
「だけどその前提がひっくり返ると先待ちの防衛がめっぽう強いかも」
ルナちゃんが私とメリナちゃんの会話に加わった。ジンジャーちゃんもシュバッと会話に混ざる。
「それってどうなったらひっくり返るんです?」
「相手に事前に動きを感知されたら数の優位がなくなる」
「確かに」
2:2で守ってたところが、先に感知されると、向こうを守ってた人が寄ってきて、数の利がなくなるということだろう。
赤チームで感知系魔術を使えそうな人......
「サンドラ・レオニがそうなんじゃない? あいつこそこそ聞き耳立ててるし」
メリナの言い方が厳しい......魔術師は基本秘密主義、探りを入れるような立ち振舞をするとそれを疎ましく思うところもあるのだろう。単純に仲が良くないというのもある。
先生が機を見て話し始める。
「拠点にはでっかい剥き出しのクリスタルがあるよ。攻撃側は拠点のクリスタルをとったらそのまま脱出してね。クリスタルにはそれ自体に封印がされてて、封印の解錠に五分間かかるようにしてある。封印を解かないと持ち出せないので注意! 防衛側はクリスタル周辺とクリスタルそのものに魔術を仕掛けるのは反則だから気をつけて」
細かいルールを伝えて各チームの代表に地図を手渡す。青は私が受け取って、メリナに横流ししておいた。
「後これ」
かもめ先生が持っていたダンボール箱を開けると、中にはガシャガシャと機械が入っていた。
「なんですかこれ」
「これは術壁の測定器。術壁が弱くなるとランプが緑から赤になる奴」
「へえ」
この黒い測定器は、ランプが赤になると警報が鳴り、その時点でその人への攻撃は禁止する、身の安全を守るための安全弁だ。術壁の強度が正常なら緑、半分行くと黄色、元の四分の一以下の強度になると赤に光ると書いてあった。
「警報が鳴ったらその人はリタイアだから、その場から動かず何もしないように。後から私が回収するから」
「「はーい」」
「じゃあ青は攻撃地点に移って、赤は防衛地点で待機」
「はーい」
「みんな安全に気をつけてねー」
かもめ先生はぷらぷらと手を振っていた。私の手にも力が入る。
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