第39話 健気な前衛

 三層の魔物は数こそ多くないが、とても巨大な魔物だった。

 死の宣告も30秒と長い。基本的にこの数値は魔力量に関係していることが多い。

 ボスのときがまさにそれだ。


 今対峙しているのは、サイクロプスの亜種のような魔物だ。


 渋谷ダンジョンが崩壊していた時のと似ているが、その分身体にみっちりと魔力が詰まっている。


 だがその魔物を相手に、美琴は臆することなく前に進む。

 魔物の振りかぶるこん棒や、力任せの腕ふりを回避し、攻撃を仕掛けた。


 彼女の凄いところは、衝撃の瞬間だけに魔力を最大限向上させていることだ。

 それによって消費は少なく、脱力した身体のしなりから生み出される力はとんでもない。


「――ハァッ!」


 ”美琴ちゃんすげえ”

 ”前から思ってたけど空手?”

 ”いや、ちょっと違う”


「修斗だ。打撃と組み技をハイレベルなまでに練り上げた実践・・向きのな」


 彼女は幼い頃にいじめられていたことがある。

 それから習い事を始めたらしい。


 普通は空手や柔道が多いが、近くにあった修斗の門を叩いた。


 打撃、関節技、蹴り、ありとあらゆる攻撃が狭くともできるのは、まさにダンジョンでの究極の武器ともいえる。

 特に組技は知らなければ抜けられないと、実際の競技でも言われている。


 魔物に対して有効なのは、美琴の怪力能力があればこそだが。


 まあ俺も知ったのはこっちに戻って来てからだが。


 ”ほええ、ブラック何でも知ってるな”

 ”さすがギルドリーダー”

 ”生粋の前衛がいると安心感が違うよね”


 コメントの通り、俺たちギルドの前衛は美琴だ。

 恐れることなく前に進んで敵の攻撃パターンを暴き出してくれる。


 これほど心強いことはない。


 そのとき、サイクロプスの目玉に美琴が遠慮なく一撃を入れた。

 ぐしゃりと目玉がつぶれて、ギャアアアアアアアと叫ぶ。


 ”ぐ、ぐろい”

 ”これが命を刈り取る戦い”

 ”すげえな”


 俺も瞬時に駆け寄り、ブラックパンチで止めを刺した。


「流石だな」

「ありがとうございます。問題ない――え、ど、な、なんで!?」

「気にするな。たまには後ろでもいいんだぞ」


 俺は、漆黒のコートで少し汚れていた美琴の頬を拭いた。

 お気に入りだが、このくらいなんでもない。


 むしろ普段から頑張り屋さんすぎるのだ。

 申し訳なさそうに笑う美琴は、凄く可愛い。


「ブラックさんがいると甘えちゃうので。私も、守る側になりたいですからね」

「ふ、そうか」


 ”健気すぎ可愛い”

 ”美琴って幼馴染キャラ感あるよね”

 ”ほんと支えてくれてるよなあ”

 ”ブラックのことは大好きだけど、みんなが好きで配信みてる”

 ”同じく”


 視聴者さんたちも同じことを思ってくれているらしい。

 個人から始まったブラックだが、今はみんなブラックだ。


 最高ブラック、みんなブラック。ハッピーブラック。


「先へ進むぞブラックたち」

「どういうこと?」

「何の話ですか?」

「闇の軍団という事か、悪くない」


 そしてその時、とてつもなく大きな魔物が四体現れた。


 俺はすぐに駆けようとした。

 だが、美琴がウィンクする。


 仲間に任せる、それも――信頼か。


「――大打撃スーパーインパクト


 渾身の一撃を右端の魔物にお見舞い。そのままドミノ倒しのように魔物が倒れていく。

 そこに風華さんがとどめをさす。

 続いてローザが、闇の落とし穴といいながら手をかざし、地面に穴を作った。


 ”うおおおお、連携技”

 ”バランスいいよね”

 ”ブラックは

 ”ローザそんなこともできるのか”


 残りも問題なく駆逐した。

 そして後ろの地下への階段が姿を現す。


 俺は何でも1人でやってしまう癖がある。

 けどそれではダメだ。


 これから先、どんな敵が現れるのかわからない。


 仲間が必要だ。


「――黒斗、私を信用してくれてありがとう」


 通りすがり、配信では拾えない声で、美琴はさらりと俺にお礼を言ってくれた。

 ……か、かわいいブラック。


 ”なんかブラックの頬が赤い”

 ”どうしたブラック”

 ”ダメージ受けた?”


 しかし今はダンジョンの内部。

 気を引き締めろ。


 もうすぐボスだろう。

 そうでなくても、そろそろ視聴者も緊張しすぎて疲れているはず。


「さて、配信時間も長引いてきた。ボスまで一気にいくぞ」


 そして俺たちは前に進んだ。


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