第29話 ブラックとローザ

 体育館ほどの部屋、光を通さないほどの暗い場所を、1人の少女が必死に走っていた。

 心臓が破裂しそうになっても、ただひたすらに進む。


 障害物を乗り越え、敵を倒し、魔法を使いながら。


 しかし途中で倒れこむ。


 膝から血を流し、少女は怯えながら顔を上げた。

 制限時間が残り少ない。


 急がないと、急がないと。


 そのとき、横から手が伸びてくる。


『大丈夫だよ、ローザ。――行こう』

 

 男の子の姿はまるで、少女からは勇者のようだった。


  ◇


「ふうむ、これはどうかのう。黒斗殿」

「定番だけど、確かにありだねローザ」


 学校の遠足、近くの工場の見学が終わり、売店でキーホルダーを見ていた。

 

 剣が竜に巻き付いているイカした物だ。

 俺はほとんどコンプリートしているが、復刻版が出たらしい。


 見たこともない竜が巻き付いている。


「悩むブラック……」


 気づけば俺も口から籠れ出ていた。

 慌てて周囲を見るが、どうやら気づいていないらしい。


 ローザは一つの竜剣を手に取った。

 赤い玉を手に持っているやつだ。


 ちなみにこのキーホルダーの使い道は皆目わからない。


 一度だけ武器にして魔物を倒そうとしたが、一回の戦闘で壊れてしまった。ちなみに魔物は倒したが。


 一応使えることはわかったので、ダンジョンの時はポケットに忍び込ませている。

 配信で「なんかジャラジャラ聞こえない?」と一度言われたので、音を出さないようには気を付けているが。


「ぬおおおお、我が力をおおおおおおおおお――ジャララララ」

「お、お買い上げありがとうございます!?」


 結局ローザは売店の竜剣を全て購入していた。

 同級生たちから凄い目で見られていたが、気にしていないらしい。


 だが悪いなローザ。


 復刻版、竜のかぎ爪が漆黒になっているヴァージョンは俺が先に取っておいた。


 世の中は弱肉強食。


 俺たち・・・が、何度も言われたことだろ?


  ◇


「黒羽ってあんな強かったんだな」

「たまたまじゃね? まあでも能力の覚醒もあるかもしれないけど」

「御船とか君内さんとも仲良いみたいだし、突然どうしたんだろうな」


 俺が表舞台、学校で強さを隠さないと決めてから数週間、授業で好成績を収めていた。

 おかげでひそひそと話されるが、が以前と変わらずぼっちに近い。


 黒くてコソコソしていたやつが少し強くなったりしたところで、何も変わらないということだ。

 しかし――。


「よお黒羽、そのキーホルダーかっけえな」

「あ、ごんぞうくん。――いいでしょ?」

「俺もこの巨大な斧買おうかな」

「それ軽くておすすめだよ。家に20本はある」

「さすがだな……」


 ごんぞうくんとは仲良くなった。

 話しかけてくれることも増えたし、話しかけることも少しだけある。


 人と人のつながりは不思議だ。

 何かのきっかけで好転することもある。まあ、その逆もあるが。


 競い合うことは、正直嫌いじゃない。

 おそらく俺の心に根強いてるからだろう。


 だがローザは不安だ。


 彼女は表向き強く見えるが、実際はそうじゃない。


「ローザ、ちょっといいか?」

「む、どうした? 竜剣は一つもあげんぞ!?」


 ちょっとだけ抜け出し、公園の湖の近くまで歩く。

 ローザのポケットがジャラジャラとうるさいが、今は指摘しないでおこう。


「大丈夫か?」

「ど、どういうことじゃ」

「学校。――あんまり好きじゃないだろ。競い合ったりするの」

「そ、そんなことない! 我、戦うのが好きだ!」

「俺の前では無理するなよ。わかってるから」

「……ちょっとだけ辛いかもしれんのう」

「やっぱり」


 ローザは顔を下に向けて、口をへの字にしていた。

 俺は、鞄から黒いパンを取り出す。


「ほら、これ美味しいんだ。中に黒糖が入ってておやつ代わりになるんだよね」

「あ、ありがとう」

 

 そのまま静寂な時間を過ごす。

 ローザの口周りが黒くなっていくのを眺めながら、静かに声をかけた。


「あの時から考えると、早いもんだな」

「そうだのぅ。日本は平和でいいのう」

「まあ確かに。あの時、ローザと初めて会ったときは、毎日大変だったもんな」

「優秀な子供を集めて競い合わせ、最凶の一人を育てるなんて、普通じゃなかったのう」

「まあ、あれはあれで面白かったかも。今思えばだけど」


 すると、ローザからぐすんぐすんと聞こえはじめる。

 視線を向けると、目と鼻から水が垂れていた。


「どうしたんだ……」

「黒糖が美味しいのう……」

「それでは泣いてないだろ。――ほら、拭けよ」


 俺は、ハンカチを手渡す。

 最近、風華さんからよく新品をもらうのだ。

 たまに回収されるが、すぐ新しいのを譲ってくれる。

 よくわからないが、ありがたいので深くは聞いていない。


「あの頃とは違う。みんな楽しんで競い合ってる。平和だよ。だから、あまり気にするなよ」

「……うむ、わかったのだ。ありがとう――黒斗殿」

「普通でいいよ」

「――ありがとう、黒斗」


 初めて会った時のローザは弱虫で泣き虫だった。

 おそらくだが、中二病は自らを奮い立たせる為なんじゃなかろうか。


 ブラックシュヴァルツで、いい時間を過ごしてほしいところだ。


「そろそろ行こうかのう。二人の視線が怖いのでなあ」

「二人?」


 後ろを振り返る。誰もいないが、確かに視られている気がした。


「よくわからないけど、集合時間だしね」

「――黒斗殿、あの日の恩、忘れてはおらぬ。我は、一生其方に尽くすぞ」

「ありがとね」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る