第11話 御船美琴(side)*閲覧危険*

「……黒羽黒斗です。よろしく」


 彼と初めて会ったのは、私の五歳の誕生日会だ。

 私の親は外交官で、仕事柄、知らない人と挨拶するのは慣れっこだった。

 元気よく声を掛けたのを覚えている。


「よろしく。私は御船美琴!」

「う、うん」


 反対に黒斗はとても肩を狭めていた。

 物静かで、それでいて、とても小さかった。


 いざ誕生日が始まっても隅っこでジュースを飲んでいた。第一印象は、凄く静かな子。


 それから数年後、私たちは小学校で再び再会した。

 だけど彼は相変わらずで、私の事は覚えていたみたいだが、やっぱり気弱でオドオドしていた。


 そんなとき、私にとってつらい事件が起きた。


「や、やめてよ。返して!」

「御船、金持ちなんだろ? いいじゃん」


 私が持っていたアクセサリーが希少なものだとわかった男の子が、ただ欲しいという理由でそれを奪った。

 物が惜しかったんじゃなく、それは、お母さんからもらった大切な形見だった。


 必死に抵抗するも、強く押しのけられた力で倒れこみそうになる。


 だけど咄嗟に私を支えてくれたのは、黒斗だった。


「や、やめろよ!」

「なんだ、おまえ?」


 そのまま黒斗は、私の代わりに凄く殴られてしまった。

 だけどその手には、ずっとアクセサリーが握られたまま。彼は、決して離さなかった。


「なんだこいつ。いこうぜ!」

 

 驚いた私は、感謝よりも、理由が知りたかった。


「どうして、そこまでしてくれたの?」

「……このアクセサリーお母さんからもらったものでしょ。覚えてるよ」


 なんと黒斗は、私が誕生日でもらったのを覚えていたのだ。

 それは、彼と初めて会った日のこと。本当に嬉しかった。


 その日から私は、黒斗の後を追いかけるようになった。


「黒斗、遊ぼう?」

「ゲームする」

「黒斗、明日は?」

「ゲームする」

「黒斗、明後日は?」

「新作のゲームする」

「ぐすん……」

「明々後日は空いてるよ。遊ぶ?」

「遊ぶ!」


 順調に仲を深めていったが、ある時、私に絡んできていた虐めっ子たちが、黒斗を標的にしはじめた。


「はっ、馬鹿がよ。もう逆らうなよ」


 殴ったりけったり、最低だ。


「黒斗、だいじょうぶ!?」

「……ああ」

「ごめん。私のせいで……」

「いや……俺が弱いからだ」


 何度も黒斗は殴られ、そのたびに先生に言ったが、向こうの親が偉い人で、流されてしまう。


 そして私たちが小学校三年生に上がったとき、黒斗は海外へ行くことが決まって、転校することになった。

 噂ではいじめが原因と言われていた。そのときの虐めっ子たちの嬉しそうな顔は、よく覚えている。


 黒斗との連絡も途絶え、私たちは完全に話すことができなくなった。


 しかし中学生に上がったとき、黒斗は戻ってきた。

 虐めっ子たちは当然覚えていたらしく、黒斗にすぐちょっかいを出していた。


 私はやめさせようとした。しかし驚いたことに、黒斗はそいつらを片手で捻じ伏せた。

「うぎゃぁあっあああっああの」

「しつこいんだよ。おまえら」


 何が起きたかわからない。表面上はいつもと変わらないが、何かが大きく変わっていた。


 それからもいじめっ子は黒斗にちょっかいをかけ続けたが、全員返り討ちにあった。

 数週間後、誰も黒斗に手を出すことはなくなった。


 聞けば、海外で護身術を学んだと言っていた。本当にそれだけなんだろうか。

 それにしては、強すぎた。


「黒斗、なに見てるの?」

「ダンジョン配信、日本・・のはあまり知らないからね」


 海外に滞在中、ダンジョンに興味を持ったらしく、取りつかれるように見ていた。


 それから私も、彼と話題を合わせたくて配信を見始めた。

 いつのまにかダンジョンへも行っていると聞いて、どうして連れていってくれないのと頼んだが、恥ずかしいからと断られた。


 私は、【身体能力を強化する】というシンプルだがとても強い能力を十三歳で授かった。

 

「……黒斗といつかダンジョン行きたいな」


 私が強くなれば、私が有名になれば、私が格好良くなれば、黒斗が振り向いてくれるかもしれない。


 それがきっかけでダンジョンへ行くことにした。

 能力があっても初めは苦労したが、順調に強くなっていった。


 だけどもっと黒斗と仲良くなりたかった。

 そのきっかけがほしかった。


 だから、ブラックリングをプレゼントしようと思った。

 彼が欲しいといっていたことを覚えていたからだ。


 ただそれは希少性が高く、パーティーでも行ってみたがドロップはせず、誕生日が近づいていた私は1人で行くことにした。


 しかし大勢の魔物と遭遇、その時、助けてくれたのは「ブラック」さんだった。


 凄く強いと騒がれていたのは、噂で知っていた。

 出会ったとき、どこか黒斗に似ているなも思った。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 私はこれでもダンジョンには詳しいし、強いと思う。

 だけど、ブラックさんは、私があった誰よりも強かった。


「――すごい」


 まったく理解ができない、異次元の強さ。だけど私が求めていた強さがそこにあった。


 そして君内さんとも仲良くなった。


 ちょっと変な子だけど、面白くていい子だ。


 私は黒斗が好きだ。


 優しい性格で、自分の事よりも他人を優先するお人よしの彼が好きだ。


 だけどほんのちょっと、命を助けてくれた「ブラック」さんにも心が揺れ動いてしまった。


 ……なんか、ブレブレだなあ。


 三人のコラボが終わった後、急いで黒斗を見つけて、お祝いでブラックリングを手渡した。


「ありがとう、美琴! これ、欲しかったんだよ」

「えへへ」


 凄く……嬉しかった。

 

 指輪の刻印も輝いていて、凄く、凄く嬉しかった。


 帰り道、空を見上げながら、ホッと胸をなでおろす。


「これで、もう安心だ・・・・・。どこにいても、大丈夫」

「――こんにちは」


 その時、君内さんが現れた。

 どうやら電車に乗り遅れたらしい。


「ねえ、ルームシェアって興味ある?」

「え? た、楽しそうだなって思うけど」

「ふふふ、二人分、かあ」


 彼女はよくわからないけれど、黒斗のことが気に入っているらしい。


 しかし私は知っていた。


「ねえ、君内さん」

「ん? どうしたの美琴さ――」

「黒斗に渡したプレゼントのぬいぐるみ、入れ替えておいたよ」


 私の一言で、君内さんから笑顔が、消えた。


「……どういうこと?」

「魔力の性質を調べる魔法具が入ってた。何を調べようとしてたのかな?」

「ふうん、ただのいい子ちゃんだと思ってたけど――違うんだ」

「黒斗に手を出したら許さないよ」


 怪しいと思っていたが、やはり彼女は危険だ。

 私は、絶対に彼を守る。

 しかし君内さんは、ニヤリと笑った。


 そして驚くべきことを言い始めた。


「私も……指輪の刻印・・解除しておいたよ」

「……なんで」

「ブラックリング、別名、外れない呪いの寵愛リング。確か、位置情報とか色々わかるんだよね。あの時、あの刻印、私気づいたよ」


 ありえない。私は彼を心配していただけなのに。

 何があってもいいように、彼に誰も近づかないようにしようと思っていたのに。


「黒斗は私の幼馴染。それに結婚の約束もしてる。もうキスまでしてるの」

「それ、子供のときの話でしょ? 黒羽くんは、私、君近風華のことを気に入ってるよ」

「私の黒斗にこれ以上近づいたら許さないよ」

「それは私も同じよ――御船さん」


 すると君内さんは、手に光の剣を漲らせた。

 私も能力を使った。


 しかし決着はつかなかった。

 それから何度か戦ったけれど、彼女は――強かった。


 ある日、戦っている途中で、君内さんが笑った。


「あはは、うふふふ」

「何、壊れたの?」

「違うよ。ねえ、私たちって相性が良いと思わない?」

「相性?」

「私は黒羽くんが好き。そして、その脅威となる人は全員排除したいと思ってる――それは、あなたもでしょ?」

「そんなの当たり前でしょ? 黒斗は、私の結婚相手だもの」

「でも黒羽くん、今はダンジョンにしか興味ないのは知ってるでしょ?」

「……そうね」


 そう、それはわかっていた。

 黒斗の頭はダンジョンばかりで、私の入る余地がない。


「考えたの。先にS級になったほうが、彼を愛してもいい権利を獲得する。それにきっとそうなれば、黒羽くんは興味を持ってくれる。それまでは、共闘でどう?」

「……もし他に黒斗を狙う人が現れたら?」

「その時は手を組みましょう。私たちなら、誰も近づけないで済むだろうし。安全にね」

「ふふふ、あはは。――いいね。それならいいわ」

「改めてよろしく。――御船美琴さん」

「こちらこそ、君内風華さん」


 そして私たちは、手を組むことになった。

 確かに彼女の言うことは正しい。


 しかしS級になるためには多くのダンジョンを制覇しないといけない。

 彼女となら、そしてブラックさんとなら近道ができる。

 

 いずれ黒斗からも尊敬されるはず。


「それと美琴さん、一つ気になってることあるんだけど。ブラック様って、黒羽くんに似ていると思わない?」


 その言葉に、私は驚いた。

 まさか同じことを考えていたとは。

 

 だけど私は、首を横に振る。


「それはないよ。確かに似てるけど」

「え、どうして? あなたなら、私と同じ気持ちを抱いていると思ったんだけどな」

「確かに似てるけどありえないよ」

「そうなんだ。――どうして?」


 だって。ありえないもの。



『俺に『能力』さえあれば、いじめっ子あいつらなんかに負けないのに』

『そんなことない。黒斗はそのままでいい』



「黒斗は能力がないからね。ダンジョンが好きなのも、それが関係してるんだと思う。たまにダンジョンへいってるのも、動画のアシスタントをしていて、それが恥ずかしいから着いてくるなって言ってたし」

「そうなの? 確かに、調べてもでてこないなって思ってたんだよね。そういうことなんだあ」


 でも、海外から戻って来た後の黒斗、凄く強かった。


 まるで、【能力】があるみたいに。


 そう考えると、ブラックさんと同一人物の可能性が? いやなんでもいいか。


 私は、黒斗を守るだけだから。


「あ、そろそろブラック様とのダンジョン配信の時間だよ。美琴さん、私たちは仲間、だけどライバルってことで」

「そうだね。これからもよろしく」


 そして私たちは、手を握った。




 黒斗、待っててね。


 私がS級になって、誰からも尊敬されるようになって、もう二度と誰からもバカにされないようにしてあげる。


 最近、ダンジョンの研究が進んでいて、もしかしたら人間はいずれ死ななくなるかもしれないんだって。


 いいなあ。黒斗と一緒に、永遠の時間を過ごしたいな。




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