第2話 超人気美少女配信者

 ダンジョンは迷路のようになっていることが多い。

 分かれ道なんて当たり前、四つの道が並んでいるときもある。


 今まさに、俺の前には六つの道があった。


 風華さんの声は聞こえず、配信は相変わらずブレブレ。


 急いで地面に手を翳し【あみだくじ】を詠唱した。


 俺の手から黒い糸が飛び出し、数秒もかからず伸びていく。

 すぐに五本が消えて、一本だけ残る。


「――そっちか」


 その間にも、通知の音だけが響く。読み上げBOTを使ったので、コメントだけが無機質に響いた。


 ”風華ちゃん、まじやばい”

 ”誰か助けてくれ”

 ”悲鳴がこわい”

 ”これ、A級災害指定されてる――グリジュツだ”

 

 グリジュツは、俺も聞いたことがある。A級はモンスターにつけられる討伐難易度だ。ウシのような風貌だが、二足歩行でデカい。

 

 道中、あぶれた魔物が俺の行く手を挟んだ。


 どいつもこいつもそれなりに強い魔力を保有している。


 しかし、俺には関係ない。


「――邪魔だ」


 呪力を漲らせた右手で弾き飛ばす。その瞬間、呪いを付与している。


 数秒後、全員が一斉に地面に倒れる音が響いた。


 そして俺はようやく、視界の先に君内風華を見つけた。


 スマホがピカピカ光って、地面に倒れている。

 

 てっきり逃げているだけなのと思ったが、彼女は金色の髪を揺らしながら、必死に戦っていた。


 ダンジョンボスは人型の魔物で、見た目はまるで騎士だ。

 禍々しい魔力を放っている。


「――くっ!」


 風華さんの光魔法は、俺と違って綺麗だ。魔力砲も明るく、色々な派生能力もあるのだろう。

 能力は進化する。いずれ彼女は、光のような速さで敵を倒していくに違いない。


 俺と違って、もっと日の出を浴びていくはずだ。


 だがそのとき、グリジュツの剣が、風華さんを捉えかけた。


「――きゃああぁあ。……え?」

「――大丈夫か?」


 俺は、咄嗟に彼女を抱えて飛んだ。

 呪力を漲らせておくことで身体能力を強化できる。


 普通に友達として話すと恥ずかしいが、【ブラック】としてなら大丈夫だ。


 ちょっと偉そうになってしまうが……。


「あなたは……」

「喋るな。――怪我を治す」


 そして俺は、【反転の印】を詠唱した。

 これは癒しではなく呪い。元の状態に戻すという呪いだ。


 すると痣が消えて、みるみるうちに白い肌に戻っていく。

 

 ピッチピチやな……。


 というか、近くでみると凄い綺麗だ。

 目鼻立ちが整っているし、まつ毛も長い。


「これで問題ないだろう」

「すごい……こんなことが」


 そしてグリジュツは、叫び、騒いだ。

 この場所は広いが、それでも声がよく響く。


 同時に手下を召喚した。

 いたるところから闇の転移窓が開き、そこから更に部下が湧き出て来る。


 ダンジョンボスは本来、大勢で倒すものだ。

 まあ、俺は友達がいないので一人でしか戦ったことはないが。


「ごめんなさい、私のせいで……」

「気にするな。よくあることだ」

「私も……手伝います」

「そこで座ってろ。足手まといだ」


 待っててねっていいたかったのに、なんか冷たくなっちゃった……。


 まあでも、ブラックとしては正解だろう。


 そして俺は駆けた。

 人前で戦うなんて久しぶりだ。つい気合が入ってしまう。


 攻撃を回避し、呪いを付与。呪いを付与。呪いを付与。

 部下たちの頭の上に数字がカウントダウン。


 そして、ダンジョンボスにも付与した。

 

 雑魚と違ってボスの秒数は1000と表示された。

 このまま逃げて0になるだけで俺の勝ちだが、それよりもっと効率が良い事を知っている。


「ギャッギャッギャッ!」

「――うるせえな」


 呪力を漲らせた拳でダメージを与えると、数字が一気に減った。

 これは、俺が偶然発見したものだ。


 ダメージを与えると、カウントダウンが早くなる。

 

 次に部下たちが襲ってきたので殴りつけると、一気に0となってはじけ飛んだ。


「……え」


 俺の後ろでは、風華が啞然としていた。

 

 ああ……やっぱり俺の魔法って地味だよな。


 ただ秒数を与えて殴るだけだし。


 こうなんで光魔法みたいにならなかったのかな……


 そのまま部下たちを軒並み倒し、最後にボスを強く殴りつけた。


 そして振り返る。

 

「終わった」

「え、ど、どういうことですか? あ――ボスが!」


 後ろで、ボスが大きく剣を振りかぶったのだろう。

 風を感じる。


 だが――。


「大丈夫、もう死んでるよ」


 俺の頭の上、剣スレスレで攻撃がピタリと止まり。そのまま砕け散る。

 

 一年間も一人で配信してたのだ。秒数の数え方は完璧になってしまった。


「怪我はないか?」

「あ、はい……お強いんですね。あなたは一体?」

「ブラックだ。それより……大丈夫か?」


 俺が尋ねたのは、ダンジョンでのドロップの問題のことだ。

 横から現れて殴るのはマナー違反とされている。


 風華さんなら苦労しても倒せただろう。余計なことをしたかもしれない。


 もしかすると配信を盛り上げる為にわざとやっていた可能性すらある。

 今更になって怯えてきた。


 そのとき、風華さんは意味ありげな顔で俺を見ていた。

 マズイ、やはり横殴りを怒られ――。


「……ブラックさんどこかでお会いしたことありませんか?」

「何の話だ?」


 よくわからなかったが、どうやら大丈夫だったらしい。

 そして俺は、地面に落ちているスマホを手渡した。

 

 その瞬間、通知音が響きまくっている。


 そうか、まだ配信中だ。


 ここからすぐ離れないと、突然現れた黒いストーカーだと思われてしまう。


「ダンジョンボスは倒した。あの階段から逃げるといい。俺は先に行く――じゃあな」

「あ、ありがとうございます!!」


 あーあ、余計なことやったかも。

 配信でまた地味とか言われてるんだろうなあ。


 見たいけど、見たくない。


 今日は何も考えずにゆっくり寝よう。


  ◇


「……ねえ、視聴者みんな今のみた?」


 ダンジョンの外に出た後、風華は、呆然と配信画面を見つめた。

 すると、先ほどまでとは比にならないコメントが流れていく。


 ”何あのカッコイイ人!?”

 ”ボスを一撃!? てか、一人で倒したよね!?”

 ”ブラックって名乗ってたな。配信者かな? にしても強すぎ……”

 ”見たこともない魔法だったね。風華ちゃん無事でよかった”

 ”かっこよすぎだろブラック。俺の風華ちゃんを守ってくれてありがとう”

 ”あれ、風華ちゃん頬赤くない?” 

 ”本当だ。赤い”

 ”もしかして……俺の風華ちゃんが!?”


「……かっこよかったなあ」


 その日、その時、ブラックこと黒羽黒人は知らなかった。


 ダンジョン配信が始まって以来の同時接続者数三百万人を記録していたこと。


 そして、そのトップクラスの頬が、紅潮していたことに。

 

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