イセカイのスターゲイザー

デンジャーゾーン小林

第1章:異世界の扉が開く時

第1話:不時着

 探査船のコックピットは、これまで目にした星々の輝きで満たされていた。私、Pb-X114はプロキシマbを出発してから、未知の領域へと足を踏み入れる使命を担っていた。船内の静寂は、私の心の中の期待と不安で騒がしい。「井の中の蛙大海を知らず」という言葉が頭をよぎる。だが、今やその広大な海へと飛び込む瞬間が訪れていたのだ。


 ブラックホールの特異点が間近に迫り、その暗黒の渦はまるで時空を曲げ、すべてを呑み込もうとするかのように見えた。


「……予定通り、計算を開始してくれ」

 <あいよぉ>


 私の脳内に声が響く。脳内共生生物セファロイドのゼフからのものだ。そして、ゼフの操作を受け、脳内のシステム制御ナノチップが探査船のコンピューターに命令を送信する。


 探査船は、この無情な宇宙の奇跡を前にして、次元移動ディメンションジャンプのための緻密な計算を開始する。その時、予期せぬ警報音が船内を切り裂く。機械的な音声が、未知の宇宙船の接近を警告していた。


『未知の船舶を探知。船籍、不明』


 ブラックホールの特異点への接近は計画通りに進み、我々は別次元への門前に立っていた。しかし、未知の宇宙船の存在は計算外の変数だ。この宇宙のどこかに、まだ私たちが知らない文明が存在するのだろうか。

 それとも、例のという存在か。


 <こりゃマズいんでねぇの? レーダーの影を見るに……あぁクソ、クラスSシップだぜぃ。どこのトンチキ戦士階級だぁ?>

「……この宙域は私たちだけだったはずだが」


 汎用人工知能AGIが思考を読み取り、網膜に宙域の情報を投影する。


 ――宇宙暦1024年/12/19。宙域名:いて座Aシンギュラポイント。

 宙域滞在申請:1件。内容:探検家ヴォイドウォーカー階級所属、Pb-X114。目的:次元移動ディメンションジャンプ


 やはり、この宙域に私以外の者はいないはずだ。


 心臓が高鳴り、私は船のコントロールパネルに手を伸ばした。今までの訓練とは比較にならない現実の危機が、私の判断力を試している。外の宇宙は、思考の余地なく即座の行動を要求してきた。未知との遭遇、それは興奮と恐怖を同時に引き起こす。身体の機械化に伴い削がれたはずの本能や感情が、私の身体を駆け巡るのを感じる。

 しかし、私は選ばれた、探検家ヴォイドウォーカー。この瞬間のために何年も訓練を積んできたのだ。


 警報が鳴り響く中、私は冷静さを保ちつつ、ブラックホールの特異点を利用した次元間ジャンプの準備を整えた。


 <予定を変更するかぁ?>


 ゼフが問いかける。


「……いや、続行する。ジャンプを優先。未知の船に対する防御態勢も整えろ」

 <了解ぃ。防御態勢を整える>


 ゼフの冷静な対応に少し安堵する。一方で、探査船のシステムは、ジャンプに必要な最後の計算を完了させようとしていた。私はコントロールパネルの画面を凝視し、手が震えるのを感じた。


 その時、外部センサーが未知の船からの信号を捉えた。信号は、私たちのテクノロジーとは異なる未知のパターンで、解析することは困難だった。


『警告、警告。未確認船舶が接近。遮蔽装置クローキングデバイスを感知』


 外部センサーが捉えた未確認船舶の映像は、ぼやけた輪郭で画面を満たしている。遮蔽装置クローキングデバイスが起動されているため、その実際の形状は掴みどころがない。

 ただ一つ確かなことは、その未知の船舶が静かに、しかし確実に、我々の探査船に接近しているという事実だけだ。


 『警告! 警告! 武装システムの起動を確認!』


 システムが警告を発するのと同時に、探査船の周囲に異常なエネルギー波動が感知された。それは未知の船から放たれた攻撃の兆候だった。


 <クソッタレ>


 船体がゼフの悪態と共に震え、一瞬のうちに未知の船からの第一波攻撃が襲い掛かる。エネルギー光線が探査船のシールドを強打し、船内は一時的に耳をつんざく警報音で満たされた。


『インパクトダメージを確認。シールド出力70パーセント。継続的な攻撃に耐え兼ねる状況です』


 汎用人工知能AGIの報告により、緊張が一層高まる。私は船のコントロールパネル上で迅速に操作を行い、可能な限りシールドの強度を上げようと試みた。しかし、未知の船の攻撃は予想以上に強力で、私たちの防御態勢を次第に追い込んでいく。


「……このままでは、シールドが剥がされるぞ」

 <あいあい。アクティブ防護システムをきど……うぉっ!>


 ゼフの言葉が途切れる中、突如として探査船は強烈な衝撃を受けた。未知の船からの攻撃が直撃し、船内は一時的に真っ暗になる。電子機器がショートし、いくつかのパネルからは火花が散った。


 私は一瞬、永遠の暗闇を感じた。しかし、暗闇の中で私たちの使命を思い出す。未知を探求するためにここまで来たのだ。この一時的な逆境に負けてはならない。


 『緊急回避マニューバ、実行可能。ジャンプまで時間を稼げます』


 汎用人工知能AGIの提案に従い、私は残されたコントロールを駆使して緊急回避を試みる。船は未知の船の攻撃範囲を抜け出すため、急激な加速と旋回を繰り返した。


 一刻一刻と迫るジャンプのタイミング。未知の船の攻撃をかわしながら、私たちは次元間ジャンプへの最後のカウントダウンを開始した。


 カウントダウンが残り1秒を示すと同時に、探査船の内部が激しい揺れに見舞われた。未知の船からの連続攻撃が、ついに我々の防御システムの限界を超えたのだ。

 一瞬のうちに、主要なシステムが次々とダウンし、船内は再びの暗闇に包まれた。


「……ゼフ、システムを再起動しろ!」

 <わりぃわりぃ。小脳のほうに落っこちまった>


 私の命令に応じ、ゼフの存在感が再び脳内に戻る。彼の努力と、船内の残されたバックアップシステムのおかげで、探査船の主要システムが一つずつオンラインに戻り始めた。照明が徐々に点灯し、コントロールパネルの画面が再び光を放つ。


 そして、システムが完全に復旧した瞬間、AGIから予期せぬ警告が発せられた。


『警告! 警告! 大気圏突入の危険性が検知されました。即座にコースの修正を行ってください』


 この警告は、我々が想像もしていなかった状況へと突入していることを示していた。次元ジャンプのプロセス中に、何らかの誤算が発生し、我々は未知の惑星の大気圏へと引き寄せられていたのだ。


「……これはどういうことだ? ゼフ、現在位置を確認できるか?」


 <位置確認中……うーむむむむ。ここは予測していたどのコースとも異なるなぁ。ジャンプ軌道が乱れたせいだぜぃ>


 大気圏への突入が間近に迫り、探査船の内部は激しい振動で揺れ動く。未知の船からの攻撃により深刻なダメージを受けた我々の船は、このままでは大気圏突入の衝撃で船体が崩壊することが避けられないだろう。


『警告! 大気圏突入による船体崩壊の危険性が検知されました。緊急回避措置が必要です』

「……私の悪い予感はすぐ当たる」

『探査船のコックピットブロックのみを厳重なシールドで守り、切り離すことが最善の策です』


「……それしかないのか。了解した。手続きを開始」


 私の指示を受け、汎用人工知能AGIは直ちにコックピットブロック切り離しの準備を進める。システムは、コックピット周囲のシールドを強化し、残りの船体からの分離を開始した。外部の景色が一瞬で変わり、コックピットブロックは激しい振動と共に船体から切り離される。


 切り離しの瞬間、コックピットは大気圏に突入する速度で急降下を始める。厳重なシールドが衝撃の大部分を吸収してくれるが、それでも衝撃は強烈だった。私は激しい振動に耐えながら、必死にコントロールパネルにしがみつく。


「……悪態の言語データをインストールしておくべきだった!!」


 言葉を終えると共に、衝撃がさらに増大し、私の意識は暗闇に飲み込まれた。

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