伝説ニートのぬらりひょん!

ルテン

プロローグ 伝説の引きこもり

 「へへへ、わざわざ外出た甲斐があった……」


 ビニール袋の中身を見てニヤニヤする赤毛の少年は、フードを被ってそう呟いた。

 小袋サイズの中には、本日発売のたい焼きが香ばしい匂いを放っていた。


 マスカット味。

 美味しさを保証しかねそうなその味付けに、満遍の笑みを浮かべる彼の名は井崎 陽介。


 20歳引きこもり。


 陽介は駅のホームへと入り、電車を待とうとした。


 「あ……ラッキー。丁度来た」


 運の良いことに目の前に停車する電車に彼は乗り込もうとする。

 だが、その背後から遅れて走り込む女性が一人。


 「遅いっ!早く乗りなさいよ!」


 そう吐き捨てられて、後ろから肩が当てられて陽介はよろけてしまった。

 女性の方を見ると、鋭い目付きでこちらを見て威嚇してくる。


 陽介もフードを深く被って視線を切った。


 「まったく、呑気なものね……私は仕事だってのに」


 そうブツブツボヤく彼女から離れて椅子に座ろうとした。


 「……」


 座るスペースがない。

 誰しも腰を休めたいであろうこの状況下で、吊り革に縋るのは気が引けた。

 特に陽介は人との視線が合いそうなポジションを嫌う。


 だが、彼が椅子に座れない事など一度もなかった。


 「……スペース」


 そう呟くと、女子高生の隣にひと席分の座れる場所ができた。

 その事に周りの人間は一切気づかず、陽介は平然と座り込む。


 「……バクちゃん、たい焼き喜んでくれるかな」

 「おい、退きな姉ちゃん」


 ふと陽介の真正面、吊り革に掴まる先ほどの女性に何やら話しかける男性が一人。


 女性の目の前に何かを突きつけて、他の男たちも立ち上がり出した。

 それは奇しくも別車両を繋ぐ場所と、ホームへ降りる入り口の計6箇所。


 「全員、金を出せ!」

 「……っ!銀行、じゃなくてバス……じゃなくて、電車……強盗?」


 女性の目の前の男は銃を持っていた。

 加えて男は隣から順に銃を構え続けながら一人一人に財布を要求して行く。


 みんな焦ってカバンから財布を出して男の持つ麻袋に入れて行く。その順は折り返して、ついに洋介の番が回ってくる……はずだった。


 「おい女、財布を出せ!」

 「わ、私財布持ってない!スマホの定期しかないです!」

 「ああ!?訳のわかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ!」


 その言葉に乗員は「えぇ……」という表情をするが、どうやらこの強盗はスマホ決済を知らないらしい。

 何故か番手を外された陽介も思わずあんぐりするが、背後の女性が男に言い放った。


 「その子は学生よ。お金なんて持ってないわ」


 (何をやってるだこの人!撃たれるぞ……!)


 陽介は焦った表情で過去の教訓から彼女の率直な感想を浮かべる。


 陽介は知っていた。あの女性のように自分の弱みを見せずに生きて、帰らぬ人となった大切な人。


 (あの人は、彼女に似て死に急ぎたいらしい)


 そう思って陽介はフードをまた深く被った。


 「この引き金は俺の気分次第だ。女、口の利き方がなってねぇようだな!」


 男はそう吐き捨てて、女性の右足を打った。同時に乗員は頭を守るかのように怯えて、悲鳴が轟いた。

 女性は跪き、足を抑えた。


 「俺はな、お前らみたいに人間らしく生きてる連中が大嫌いなんだよ……!一回だっ!たった一回の冤罪で俺らは、いつ人を殺すか分からねぇ犯罪者になった!」


 男はしゃがんで、女性の前髪を掴むと、頬に銃を押し当てる。


 「ならいっそ、捨てれるところまで捨ててやろうってなっ!」

 「……腹は空く、眠くなる、死にたくない。人間を捨てる事なんて出来ないわ……」

 「人間が犯罪者を語るんじゃねぇ。次は左にぶち込んで……おい女、お前なんで血が」


 瞬間、男が出口まで吹き飛んだ。


 「普段人間じゃない者と闘ってる。だから分かるの」


 包囲していた他の男に当たり、咄嗟に別の男が銃を構えた。だが、構えた銃は不思議な事に男の手から離れて女性の手元まで宙を舞った。


 「人間を相手にする時が一番苦しいのよっ!」

 「……!」


 陽介はその言葉に何かが胸の中で渦巻いた。


 だが、そんな事はつゆ知らずに女性は立ち上がって、男たちに立ち向かった。


 その姿はあまりにも可憐で、何か惹かれるものがあった。フード越しに逸らしたはずのその眼が確かに捉えたいと訴える。


 いつしか、フードは外れていた。


 「本当にっ……!バガバカ撃ちやがって……!」


 女性に放たれた銃弾は、何発か身体に当たるも弾が貫通する事はなく自前のスーツを貫く事はなかった。

 だが、反応を見るにダメージはある。


 そして、頭を打たれればそれこそだった。

 だが、そんなリスクよりもさらなるハイリスクが彼女の脳裏にはあった。


 「動くなっ!」


 それは、人質。

 女の子の顎に添えられたた手は、力強く捻ると同時にへし折れてしまう状況だった。

 ここまで銃を奪ってきた女性もこの状況には身体が止まった。


 「良い子だ、サディステック女!お前が避けても結果は同じ、どたまぶち抜くまで動くんじゃねぇぞ!」


 怯える女の子は、震えながら女性に目で訴えかけた。それは自分よがりながら当たり前の行動。

 これほどの力を持つ女性も、自分よがりならこの弾を避けて、この男を倒すだろう。


 だが何より彼女は微笑んでいた。


 「大丈夫」


 ——パァンッ!


 眉間に放たれた銃弾が女性の目の前で弾き飛ばされる。それが知覚されるコンマ数秒前。


 「馬鹿にしてた奴に、自分がなってた」


 男の背後に現れた陽介は、何処からともなく現れた襖に男を引き摺り込み、消した。同時に知覚される着弾点。


 女性が弾から庇った謎の化け物に驚くのとさらに同時に、背後から陽介に向かい放たれようとする銃弾。


 「喰っていいよ」


 その言葉とと共に、残りの男も姿を消した。そして消えた化け物、女性は唖然とフード姿の彼を眺めて思わず質問した。


 「あなたさっきの……!いつの間に……一体何者なのっ!」


 だが陽介は、謎の襖に入り込むと姿を消した。




 「災難だったな、西条君」

 「ええ、悪霊よりよっぽどタチが悪かったです、日下部さん」

 「で、そのタチの悪い連中は消息不明。遅刻の言い訳になると言うのかね?」


 執務室でそう問われる西条と呼ばれた女性は、腕を震わせながら日下部に視線を向けた。


 「なんだ?君ともあろう者が武者震いかね?」

 「いえ……それが……」


 西条は謎の襖と、化け物、そして少年の事を話した。それを聞いた日下部は目を見開くと、カーテンを閉めて椅子に座るように促した。


 「すまない、君の遅刻は正当だった」

 「と、言いますと?」

 「いいか……これは現在機密事項だ。今日みたことは全て口外厳禁、バラせば左遷だ」

 「承知しました」


 日下部は西条の返事に、胸元からタバコを出すとそれを吸い始めた。


 「襖に化け物……君が見た少年は『ぬらりひょん』と呼ばれる術師だ」

 「ぬらりひょん……」

 「ああ」


 ただ重い声で、日下部はタバコを消費した。煙に巻かれた執務室で、西条は聞き逃すまいと耳を傾ける。


 「五年前の埼玉と千葉の一部が消滅した『カゴメカゴメ事件』に狂わされた逸材だよ」

 「彼は術師を辞めたのですか?」

 「辞めた……と言うよりかは消えた。最愛の人を亡くし、時々哀愁を纏って術師を救う事もあるそうだ」


 その言葉に西条は違和感を覚えた。

 あの時の彼からは少なからず哀愁は感じなかった。彼の表情も、何処か微笑んでいたようにすら見えた。


 「彼は微笑んでいる様に感じました……味方、なのですか?」

 「……微笑んでいた?彼の顔を見たのか?」

 「ええ……少しだけ」


 日下部は少し驚くと、顎を摩ってとある一枚の紙を西条の前へと滑らせた。

 それを見た彼女は目を見開く。


 「我々は秘密裏に彼を術師の世界へと戻したいと思っている。だが一方で、あの化け物どもを操る力は、敵としての潜在能力もあるのだ」

 「懸賞金五億……!?」

 「煙を捕まえるようなものだ。当然だが、奴も人だ」


 謎の前振りに彼女は首を傾げて、日下部を見る。


 「この五年間、顔を出して現れたことはなかった。君ならこの五億、指にかけられると思わんかね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説ニートのぬらりひょん! ルテン @PPKZ

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ