第51話 新たな問題

「もうここを出ていくのか……さみしいのぅ」


 数日休ませてもらった後、俺は地母神に話を切り出す。


 地母神に話をせずにここを出ようかと思っていたが、さすがにそれは不義理になるかと思い、考え直した。


 お世話になった手前もあるし、何よりここ数日こちらで過ごすことで、皆とも仲良くなったのもある。


 ニックなんか特に溶け込むのが早くて、そのまま出るのは忍びないと目を潤ませたほどだ。


 それに今後は地上界が拠点となる。助力は受けれずとも、せめて天上界に俺の存在を言わないでほしい事、そして他の神が干渉しないようにお願いしようと思っていた。


「そういう日が来るとは思っていたが、いざ離れると言われると悲しいものよ。そうだ、ここを拠点にしては? そうすれば何かあった時にすぐに力を貸せるぞ」


「ありがたい話ではありますが、万が一の際にこちらに迷惑をかけてしまうこととなりますので。さすがに天上神が知ったら、取り返しのつかないことになりかねません」


 俺が生きていることを知り、そんな俺を地母神が匿っていたと知れば、天上神が地上界に攻め入ろうとするかもしれない。


 そんなことになれば多くのものが巻き込まれ、下手をすれば海底界からも天上神の援護と称して兵を送り込まれるかもしれない。


 俺のせいでそんな参事を起こすわけにはいかないからと、地母神の申し出を断ったのだが、なかなか納得してもらえない。


「あんな身勝手な男に屈してなるものか。あの男がこれ以上にソレイユに何かしようというのなら、妾とて考えがあるわ」


 鼻息荒く、地母神は息巻いている。


「地母神様、落ち着いてください。俺は争いをしたいわけではない。ルナリアを取り戻し、そして天空界の覇権を天上神から兄上に移す手伝いをしたいだけです」


 戦争などしたくはない。


 それで傷つくのは力を持たないものや心優しい者たちばかりだ。


「ですので俺が望むのは地上界にいる許可と、そして天上神へと俺たちの存在を報告しないこと、この二点です。あとは自分たちで何とかします」


「何とかするなどと、どうするつもりだ? 天上神は性根は腐っておるがその実力は本物だ。そしてルナリアを取り戻すなど、海底界に行く手立てはそう多くはない。いかにして動くつもりかえ?」


 探るように見つめられ、逡巡する。


 馬鹿にする、というよりは心配してのことだろう。


(そりゃあ気になるよな)


「まずは力を手に入れたいと思います。恥ずかしながら天上神から借りていた力が無くなり、今は以前のように動くことが出来ておりませんので」


「何?」


 地母神が立ち上がって俺の側に来る。


 そして肩に手を置き、苦々しい表情をした。


「あの男に貸された力以上に盗られてしまったようだな……小狡い男だ」


「そうなのですか?」


「最後に会った時よりも減っているな。最初に気が付くべきであった」


 そのような事までわかるのか。


 力に貸し借りは最高神しか出来ないと聞いているが、一体どのような仕組みなのだろうか。


「そうだ、力を得るために地上にて外敵を倒す許可を得たいのです」


 今の俺が力を得るにはその方法しかない。


「わかった、しかしけして無理はしないように」


 快く快諾してもらえてよかったのだが、他にも気になることがあったのを思い出す。


「ハディスか。まさかソレイユがその名を知っているとはな」


 地母神は当然のように知っているようだ。さすがに地上界で起きていることを知らないわけがないか。


「地上に落とされてすぐに遭遇したものが、その言葉を言っておりました。その後も別なところで遭遇しており、そちらもそうだと話していて。あの者達は一体何なのでしょう。受ける印象は外敵に近いのに、知能も力もまるで違う。あれらは外敵の上位種でしょうか」


 感じたままを話すが地母神は眉間にしわを寄せるばかりだ。


「あれらはとても手ごわい。遭遇した時は戦う事なく妾に報告をしてくれ、くれぐれも対峙しないようにな」


 詳しい説明はなく、欲しい情報は得られない。


(すでに二体倒しているのだが……)


「確かに厄介なものでしたが、あれらを倒せば力になる。出来ればあれらを討伐し、力を得たいと思っています」


「……そうか」


 いつもは快活に話をしてくれる地母神なのだが、この件については歯切れが悪い。


(あれらには何か秘密でもあるのだろうか)


 しかし今の様子を見る限り教えてくれそうにはない。


「地上界の神も被害を被っておりました。倒すことで地上界に貢献できますし、俺は力を得ることが出来る。どちらにとっても益になる事だと思います」


「他の神たちを助けてくれた事はありがたい、だが妾としてはソレイユに万が一の事があるのではと心配なのだ。だから戦闘は避けてくれぬか?」


「簡単に負けるほど鈍ってはおりません、それに誰かが困っているというのに見捨てることは出来ませんから」


 そうは言うものの心配なようだ。


「何もそうまでして急いで力を得る必要はないのではないか? ルナリアという娘を助けたいのはわかるが、落ち着いておくれ。妾も出来る限り力を貸す。そうだ、妾が海底界へと働きかける。だからそれまでここで待っていておくれ」


 急な話だ。


 先程までは渋々ながらもここを出ていく事を承諾していたのに、今は何とかここを出ないようにと説得にかかっている。


 ハディスの話が出てからだ。


(やはりあれらの存在は何か秘密があるのか?)


 そういえば何度も地上界には来ていたのにあれらの話は一度も聞いたことがなかった。


 普通の外敵については討伐要請があったのに、ハディスについては一度もなかった。


 昔の俺の力であれば楽に倒せたのに、なぜ何も言われなかったのか……


 言いたくない、隠したいという事だけはわかる。


「地母神様が色々と考えてくれることはありがたいと思います。しかし、いつまでも甘えるわけにはいきませんし、ずっとここにいるつもりはありませんから」


 納得してもらおうと話をしていたらノックの音が響く。


「何じゃ?」


 今この部屋には俺と地母神、そしてお茶を出したりなどをする神人しかいない。


 完璧なプライベートの場で、緊急時以外には誰も来ないようにと通達していたはずなのだが……


 入室してきたのは地母神の部下だ。


 何やら息せき切って慌てている。


「ご歓談中申し訳ございません」


「建前はいい、早く要件をお言い」


 地母神は俺との話を遮られたことに軽く苛立ちを覚えたようだが、部下の言葉に目を見開く。


「今報告が入ったばかりでまだ詳細はわからないのですが、地上界と海底界の神による交戦があったとの事です」


 只事ではないな。しかし何故そんな事が。


「原因は? なぜそのような事になったのじゃ」


「何やらの揉め事があったそうですが、地上界の神が先に手出しをしたとの事で……」


「何だと?! 一体誰じゃそんな事をしたのは」


 地母神の怒りの声に部下は震え上がる。


「森の守護神の一柱であるシェンヌと聞いています」


 聞き覚えのある名に俺も驚いてしまった。





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