第15話 決別
「リーヴ様の妻にはなれません」
ルナリアは強く拒否をし、俺にしがみつく。
「何も今すぐとは言わない。まだ月の神として就任したばかりだろうから、少しばかりは猶予をくれてやろう」
「そう言う事ではありません」
体も声も震わせながら、ルナリアは懸命に自分の意見を述べる。
大勢の神がいる中、そして海底界の最高神である海王神に意見をするのだ。
それがどれ程緊張するもので、そして怖い事なのか、痛いほどわかる。
(ルナリアが勇気を出しているのだから、俺も頑張らないと)
決意し前に出ようとすると、兄に肩を掴まれ止められる。
「今は大人しくしていろ」
俺を心配してか、兄は小声で忠言してきた。
しかし俺が出ないとなれば、ルナリアは独りであの二神に立ち向かわなくてはならない。
それは駄目だ、下手をすればルナリアだって危険な目に合ってしまう。
「兄上、すみません。俺はルナリアを守りたい」
兄の制止を振り切って俺は海王神と、そして父の前に立った。
「ルナリアをリーヴのもとへと嫁がせる事は俺も反対です。本人が嫌がっていますし、今時友好や親愛の証として結婚する事など古いものです。昔よりも三界は仲良くなってきている。それならばそんな事をしなくても」
「ソレイユの目にはそう見えるか?」
海王神はにぃっと笑った。
「それは置いておくとしても反対の理由にはならないな。天空界の最高神の娘と海底界の最高神の息子が結婚するのは、吉兆以外あるまい」
「最高神の子だからと個の感情を蔑ろにして良い訳はないでしょう。俺はルナリアが不幸になどさせたくありません」
「不幸になるとは限らないだろう。案外良い夫婦になるかもしれないじゃないか」
人を食ったような笑みを浮かべたまま海王神は話を続ける。
折れる気はないのだろう。
「ソレイユ、もう止せ」
ついには父も口を挟めてきた。
「何故です。父上もルナリアを余所に行かせるのは嫌だと言っていたではありませんか。なのにそんな軽々しく海底界へと嫁がせるなどといっていいのですか?」
僅かに声に怒気が孕んでしまうが、仕方ないだろう。
このままルナリアを渡すわけにはいかない、俺も必死だ。
「むぅ……」
「ジニアス」
やや悩んだ素振りを見せた父に向かい、海底神が声を掛けてきた。
「本当にそれで良いのか、よく考えてみると良い」
父の眉間の皺が濃くなる。
(一体何の話なんだ?)
明らかに何か隠していて、父はその事で脅されているようだ。
「父上、ルナリアが大事なのでしょう。ならばこの話はなしにしていいのではないでしょうか」
「黙れソレイユ、お前に決定する力はない!」
父が怒りを露わにして俺の言を退けようとするが、そのような物言いで納得できるわけがない。
「ルナリア。お前はいずれ海底界に行き、ティダルの息子と結婚せよ」
簡潔ながらも有無を言わせぬ響きを持つ言葉。だがルナリアは首を横に振って拒否をする。
「嫌です、絶対に行きません」
ルナリアは目に涙を溜め、拒絶を示す。
「わたくしはずっとここにいたいのです」
「ルナリア……そうはいかないのだ。これは命令だ、逆らえばもう二度と天空界へと戻れなくなるぞ」
「何なら今から海底界に行くか。海は良いものだ、一度行けば考えも変わるだろう」
差し伸べられた手も取れず、ルナリアの顔がさっと白くなる。
この手を取りたくはないが、取れば戻ってこられる保証もない。
どうしようもなく、変える事の出来ない未来に絶望したのだろう。体が震えている。
このまま奪わせてたまるか。
「待っ……」
「そろそろ黙ろうか、ソレイユ」
海王神が声音も変えず、ただ一言そう言い放った。
その一言だけであったのに、俺の体に重くまとわりつくものが発生し、床に押し付けられる。
「がっ?!」
大量の水が急に発生したようだ。
その水圧で俺の体は一気に地に伏せられ、肺の中の空気が一気に押し出された。
(油断した!)
まさか予兆もなく力を使われるとは。
呼吸もままならず、苦しい。
何もないところに水を生み出すとはさすがの力だ。
何とか水の圧から逃げようともがくが、思うように体が動かせない。
「強くなったとはいえまだまだだな。俺様には遠く及ばない」
苦しい、息が出来ず朦朧としてくる。
こんなにも力の差があるとは思っていなかった。
(くそ、くそっ!)
不意を突かれた事も大きいが、力の差を見誤ったこともでかい。
いざとなればルナリアを連れて逃げようかとも思ったのに。
意識を失いかけたその時に体がふと軽くなる。
気付けば俺の周りに揺蕩っていた水がなくなっていた。
「ソレイユに手を出さないで」
見ればルナリアが両手を出して、海王神を睨みつけている。
「良い力だな、さすが月の神と言ったところか」
「これ以上は許せない……」
「ルナリア、やめろ」
俺を庇ってそんな事を言っては駄目だ。それ以上言ったら、きっとルナリアが酷い目に合ってしまう。
「ソレイユはわたくしを庇ってくれた、いつだってどんな時だって。そんな彼を傷つけるのは許せない」
俺を呼び捨てにしている事で違和感を覚えたのだろう、父の顔に見る間に朱が差していく。
「ソレイユ。何があった、ルナリアとはどう言った関係だ」
今ここで何も言わなくても、どっちみちルナリアを奪われて終わるだろう。だがそれは彼女にとっての幸せな道ではない。
(ならばいっそ二人で逃げるか)
あたらなくても撹乱は出来るだろう、俺はルナリアの手を掴み、出来る限りの力で炎の渦を作り出した。
「む?!」
父たちの戸惑う声と、そして周囲の神や神人の悲鳴が響く。
「ルナリア、行こう」
ルナリアは驚いたものの、素直に身を委ねてくれる。
「あなたとなら」
(どこまで行けるかはわからないが、身を隠し、ひっそりと暮らせたら……)
そんな甘い考えはすぐさま砕かれる。
燃え盛る炎など物ともせず、父が立ち塞がったのだ。
「お前ごときの力で怯むわけがなかろう」
父の手が振るわれる。俺は咄嗟にルナリアを突き飛ばした。
「ソレイユ!」
いつの間にか炎をはすっかりと消え去っていた。
「ジニアスと俺様相手にこんなちゃちな炎で何とかしようと思うのは些か不遜ではないか」
相変わらずの声が耳に入ってくるが、そんな事に構ってはいられない。
父の動きは年齢など感じさせないんものだ。攻撃を躱しながら、俺は何とか反撃の糸口を掴もうと必死になる。
「よくここまで成長したものだ。しかし儂の邪魔をするなら用無しだ」
少し距離を取ったのだが、それが良くなかった。攻め続けていたら、また違ったかもしれないと悔やまれる。
「お前などこの世界に必要ない」
父が俺に向かって両手を翳すと体から力が抜けていく。
何だこれは?
「貸し与えていた力を返してもらおう。元々は儂の物だからな」
喪失感というか体が一瞬怠くなり、動けなくなる。
「ソレイユ!」
ルナリアは俺に向かい手を伸ばすが、父に阻まれ近づけない。
「儂の大事な娘に手を出した罰だ、覚悟をしろ」
その言葉に怒りが沸くが、動くことも声を出すこと出来ない。
(殺られる!)
そう思って眼前の父を見据えていたら、思わぬところから攻撃が繰り出された。
「ルシエルお兄様!」
(まさか、そんな……)
味方だと思っていた兄からの攻撃に、俺の頭は真っ白になった。
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